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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
七章【過去を見るは昏き瞳】
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171話『秘密じゃないけど秘密なスパイス』

 前回において、最初は「一緒に温泉に入って恥じらうイリス」を書いたのですが「やっぱイリスにそういうの早い!!」ということで、後から数行ほど書き直しちゃいました。すみません。

 こういうのよくないとは思うんですけどね、納得行かなくて。

「――さてイリスちゃん、最後のレクチャーを始めるよ」

「ハイ!」


 イリスが少しだけ開花した翌日。お昼のピークが過ぎた後の暇な時間を見て、岩おばさんは再びイリスを調理場へと招待した。

 元気と覚悟いっぱいで拳を握るイリスを前にして、岩おばさんがゴツゴツした体でドーンと胸を張って声を響かす。


「アタシから最後に贈るのは心構えだよ!」

「むむ、難しそうですね……!」

「ワハハ、そんな緊張するこたないさ」


 眉を寄せて心の前に身構えるイリスに、岩おばさんは緊張をほぐす用に笑いかける。


「イリスちゃんは、料理する時にはどんなことを考えてるんだい?」

「どんなことですか……そうですね、みなさんの健康を考えてバランスのいい料理をできるように!」

「うんうん、それも大事さね」


 素晴らしい心がけだと、岩おばさんはうなずいた。


「そこにちょっと足すんだよイリスちゃんの欲をね」


 それはとてもタイムリーな話で、イリスは虹色の瞳を驚きで大きく開かせる。


「イリスちゃんは、セイジくんが喜ぶと嬉しいかい?」

「ハイ!」

「ならそんなセイジくんが、今より少しだけ自分のことを好きになってくれたとしたら?」

「靖治さんが、私を……?」


 イリスが未知の領域に戸惑いながら、けれども興味深そうに耳を傾ける様子を、岩おばさんは温かい視線で見ながら穏やかに言葉を続けた。


「おばさんはメシ食べないから受け売りだけどね、男のハートを掴むならまず胃袋からって格言があるくらいだよ。美味しい料理を作って満足してもらえれば、セイジくんはイリスちゃんに惚れ直しちゃうかもだよ?」


 茶目っ気を込めて語りながらも、岩おばさんは誠心誠意真剣に、イリスを信じて語りかける。


「セイジくんに喜んで欲しい、そして同時にそのことで自分をもうちょっと好きになって欲しい、そんな欲を忍ばせる。健康的な料理から、ほんのちょっぴり味付け濃くしたりして、料理を通して気を引くんだ」


 それは従来の看護ロボットとして動くイリスにとっては未知数だが、人なら当たり前に誰でも持ってる感情の一つだ。

 報われたい、好かれたい、大切な人から自分への笑顔を向けて欲しい。

 だがこれを教えるのは、岩おばさんにとって躊躇することだった。欲望のあまり道を踏み外せば、先にあるのは不幸な結末だ。

 それでもイリスなら大丈夫だと、素敵な物を創っていけると、そのことを信じてこれを教える。


「でもほんのちょっぴりだよ、これは隠し味さ。味付けは多すぎると破綻してしまう、それと同じだよ。食べた人の満足と幸福に、ちょっとだけ自分の欲を込めるのさ。ただ美味しいと言われることばかりを求めても健康を害するからね。欲望はスパイスさ、上手くコントロールしなよ」


 最後に忠告を混ぜて、最後の講師を締めくくった。

 実際の料理の基本はもうすでに教えている、あとはイリスがそれをどんな心で使いこなすかだ。

 岩おばさんは一歩下がって、イリスの前に厨房を明け渡した。


「さあ、やってみな」


 イリスはしばし呆然と立ったままでいた。そういうやり方もあるのかと、意識しなかったところから電撃が飛んできたような感じだ。

 あまりイリスは靖治から好かれようと考えたことはなかった、とにかく自分の使命を果たすために突っ走ってきた。

 しかし自分にはそんな可能性もあるんだと気がついて、目の前に用意された調理の場が輝かしい未来を示しているように見える。


「――よし」


 イリスは胸に秘めた情熱から呟くと、長手袋を脱いで白銀の指を伸ばした。

 食材のじゃがいもを手に取り、芽を取るように包丁を入れる。一つ一つの工程を丁寧にこなして行き、いよいよ味付けというところで俄然慎重になった。

 人間のような味覚を理解できずにいるイリスだが、それでも何度も何度も味見をして、どうすれば靖治さんが喜んでくれるだろう、どんな味なら靖治さんは私を好きになってくれるだろうと、一途に心を傾けながら味を整える。

 元看護ロボの身としては本当はここで手を止めて薄味にとどめるべきだけれど、そこで少しだけ自分の欲望に従って、彼の気を引くための味を足す。


 この感覚は不思議だ。何だかワクワクするしドキドキもする。

 彼のために、自分のために、使命も欲望も全部ひっくるめて、すべてを手に入れて全開の笑顔で誇れるような、そんな素敵な未来を目指して動く。まるで指先に火が灯ったかのように力が沸いている。

 あぁ、自分はロボットだけどこんなこともできるんだと、実際にやってみて驚きだった。


「――――出来ました」


 岩おばさんに見守られながら、イリスは時間を掛けて一品の料理をこしらえた。今はどちらかといえばおやつの時間くらいだが、これくらいなら食べられるだろう。

 お盆に載せて、緊張に喉を鳴らしながら食堂で待つ靖治へと届ける。靖治はアリサとナハトとともに話しながら待っていたけれど、まず一番に彼に食べて欲しかった。


「靖治さん、これを食べて下さい」


 期待と不安が入り混じった真剣な顔で一人分の食事を持ってきたイリスに、アリサとナハトは何かを感じ取って口を挟まなかった。

 靖治はただ、いつものように悠然としてこれを受け入れてくれた。


「うん、わかったよ」


 箸を手に取った靖治の前に用意されていたのはお椀いっぱいの白米と、大きめの器に盛られた肉じゃがだった。

 正に靖治が生きていた時代から続く定番料理だ。親しみのある光景に靖治は薄く笑う。

 白米の方は岩おばさんが大衆用に炊いたものだろう。ならばまずイリスが作ってくれた肉じゃがに箸を伸ばす。

 イリスが緊張に瞳を見開く前で、靖治はおもむろに肉じゃがを頬張って、ゆっくりと咀嚼して味わった。


「おっ、美味しい」


 何気なくつぶやかれた言葉に、眺めていたアリサとナハトも釣られて口を小さく開いた。

 称賛を聞いたイリスが虹の瞳を煌めかせるのを見ながら、靖治は料理を頬張ってニンマリと満足そうな声を上げる。


「おほほほほ、うまいねこりゃ。いい感じに味が濃くて、白いご飯とよく合うよ」

「こいつ変な笑いしやがって」

「だって美味しいもん、変な声も出るよ」


 アリサに苦笑されながらも、靖治は夢中で食べ続ける。

 それまで歓びに打ち震えていたイリスも、ようやく反応が追いついて前のめりで訪ねてくる。


「本当ですか!?」

「うん、もちろんさ」


 靖治が頷くと、イリスの顔にパアッと笑顔の花が開かれた。

 それを指を咥えて眺めていたナハトが、イリスの手料理を独り占めする靖治に切なげな声を上げた。


「セイジさんばかりずるいですわ。イリスさん、わたくしたちの分はありませんか?」

「は、ハイ! ただいま!」

「あたしもお願いねー。見てたらお腹へってきたわ」


 アリサからもせっつかれバタバタと足音を立てながら忙しなく厨房へ向かうイリスを、カウンターに立った岩おばさんが温かい目で見つめていた。

 すぐさまイリスの肉じゃががアリサとナハトにも振る舞われ、二人もまた美味しさに顔をほころばせた。


「あらまぁ、本当に美味しいですわね」

「おー、あたしこういう味付け結構好みだわ」

「美味しいよねー」

「そ、そのう、正直そこまで健康的なものでもないので、あまり褒められては……」

「おっ、照れてやがんのこいつー」


 いつもは素直なイリスであるが今回は初めて自分の欲求に従って行動したため、今までにない羞恥心を感じたようで、手に持ったお盆で少し赤くなった顔を隠し声を細くする。

 初々しい反応にアリサはニヤニヤとからかってくるし、ナハトもつい口が滑る。


「果たして誰のために作った料理なのやら」

「えへへ……元看護ロボとしてはいけないことですが、健康的なものより靖治さんに喜んでもらうものを作りまして」

「でしょうねー」


 珍しい恥じらいに周りのみんながにこやかに笑うのを見て、イリスはますます恥じ入りながらも嬉しさも同時に覚えて、赤い顔で一緒になって笑っていた。


「靖治さん。私はこんなこともできるんですよ?」


 何かをねだる子供のように首を傾げて尋ねてくるイリスに、靖治は微笑みで返した。


「うん、君は素敵だよイリス」

「えへへー……」


 褒めてもらえたイリスが照れくさそうに笑う姿を、アリサとナハトもまた微笑ましいものを見る目で見つめていた。

 美味い美味いと出された料理をかきこんであっという間に平らげた靖治は、手を合わせて「ごちそうさま」と言うとすぐさま立ち上がる。


「よし、実は僕もイリスに食べてもらいたいものがあるんだ」

「私にですか? そのう、あまり感想を言えるかはわかりませんが……」

「いいからいいから、試しにね」


 まだ未熟な味覚に控えめな言葉を言うイリスを席に座らせて、靖治は自分の分の食器を重ねてそのまま奥の厨房へと飛び込んでいった。


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