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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
七章【過去を見るは昏き瞳】
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159話『美少女マナちゃんの旅路』

 宿から逃げ出したイリスとマナは街中を闊歩していた。いつのまにかマナは杖を持ってままイリスの肩にまで上り、肩車の形となってイリスが彼女を運ぶ状態だ。

 人で賑わう街の通りで、イリスは頭上を見上げてマナへと問いかける。


「それで、どうしたら料理が上達するのですか?」

「まぁ、まずは街の中を歩いてよ、行きたいところがあるから。ホラ、あっちあっち」


 一緒に逃げたら料理上達の方法を教えてくれると言ったから付いてきたイリスだが、尋ねてみてもマナははぐらかして杖で方向を指し示すだけ。

 質問に答えてくれないことにイリスは不満そうに眉を寄せたものの、今は大人しくナビゲーションに従って足を進めた。

 マナに示された方向は特に賑わっている商店の立ち並んだエリアだ。通りを歩いていると、道端でこちらに気付いた店員のおじさんが声をかけてくる。


「おやマナちゃん、今日は綺麗な娘さんに付き合ってもらってるのかい?」

「やっほーい。いいでしょ、新しい下僕だよ」

「下僕!? 違いますよ、私は靖治さん以外の人に付く気はありません!」


 いわれのない肩書きにイリスが口を尖らせて反発すると、マナはイリスの頭によりかかりながら意地悪そうにニンマリ笑って見下ろした。


「ふーん、そっかそっかじゃあ友達ね、決まり」

「ハイ、それなら! ……あれ?」


 なんだか上手く誘導された気がしてイリスが首をかしげるのを、店員のおじさんが見てクスクスと笑っている。


「マナちゃん、友達が増えてよかったな」

「うん。じゃあねおじさん、健康に気をつけて」

「はいよ」

「んー……?」


 マナを乗せたイリスは、首を傾げながらも再び歩き始める。


「いつのまにか友達ということになってますけど、付き合いもまだ浅いのにそれで良いんでしょうか?」

「いーのいーの、そんなもんで」


 イマイチ経緯は腑に落ちなかったが、イリスのまあそれで良いかと思う。そうするとなぜだか表情と胸の奥が明るくなってきた気がした。


「友達……古い響きですね」

「イリスちゃんにとって友達は初めてじゃない?」

「ハイ、マナさんで二人目です」


 そういえば、かつて自我を獲得する前に知り合った月読という少女も、自分のことを友達と呼んでくれていた。

 友達が増えるのは悪くない気分だ、何だか見えるような広がった気分になる。

 何かが繋がるような感覚を満喫していると、道行く先々で色んな人がマナへと話しかけてきた。


「おっ、マナちゃんじゃねえか。おまんじゅういるかい? サービスしとくよ」

「ワーイ、おじさんサンクス~」

「マナちゃん、昨日はありがとうね。おかげで飼い猫が見つかったよ、まさか屋根から降りられなくなってたなんて」

「うん、これからもちょくちょく気をつけてあげてね」

「あー、マナちゃん肩車してもらってるー。子供っぽーい!」

「いい大人は童心を忘れないものなのだよ、ふふふーん」


 肩車されたマナはおまんじゅうを食べながら、様々な人と明るく話してみんなを笑顔にさせている。

 マナがこの街に来てそう日数は経っていないはずだが、こんなにも人と仲良く話せるということは、それだけ彼女の性格が好ましいものなのだろう。

 可憐な少女が交友の輪を作る様子に、イリスは感心して声を漏らした。


「マナさんお人気ですねぇー」

「美少女可愛いマナちゃんはどこへ行ってもモテてしまうのだ、貢ぎ物が大変美味しい」


 マナ自身もみんなとの会話を楽しんでいるようだ。そこに人の有り様をまざまざと見せつけれているようで、イリスは人の可能性を感じられて釣られて笑顔になる。


「活気のある村なんですね、みんな健康的な笑顔です!」

「イリスちゃんは数日滞在しててこの街のことよく知らないの?」

「ハイ。ここに来てからずっと宿でお手伝いと料理の練習をしてましたから。マナさんは詳しいんですか?」


 元から仲間以外との関係構築にあまり興味がなかったのもあるし、イリスはひたすら宿でメイド足らんと修業を続けていたのだ。

 それと正反対に、旅人でありながら多くの人と知り合っていたマナは、まんじゅうをかじりながら遠い目をして呟く。


「ウチ、こうやって人の住んでる場所を歩き回るのが好きなのよねー。自分の役目なんて気にしない暢気な住人を見てるとホッとする」


 その言葉に、何故かイリスは物悲しさの片鱗を感じた気がした。

 わずかに儚げな雰囲気を見せたマナに少し驚いていると、二人は人通りの多い道を抜けて、住宅が並ぶ場所へとやってきていた。


「あっ、ここで降ろして。あそこ」


 まんじゅうを食べきったマナがそう声を上げると、いそいそとイリスの肩から降りて自分で小走りで駆け出した。

 青い法衣をバタバタとはためかせるマナが駆け寄った先にあったのは、簡素な竹の柵で庭を囲った古びた日本家屋だった。

 屋敷の前に立つと、芳しい木の匂いがそよ風にのって漂ってくる。


「古風なお屋敷ですね。もしやここに料理上達の手がかりが!?」

「いんや、ウチが遊びに来ただけー」

「えぇー!?」


 秘密の在り処にはそれっぽい場所に期待に胸を膨らませるイリスだが、またもや肩透かしを食らわされ、もどかしそうな顔で不満を露わに声を荒げる。


「早く教えて下さいよー!」

「まぁまぁ、焦ったって定められた事柄は逃げやしないのよ。人生急がば回れだってじいじも言ってる」


 そう言いながらマナは「とつげきー」と言って杖を振り回しながら、屋敷の庭へと飛び込んでいってしまった。

 自分勝手なマナに振り回され、イリスは肩を落として溜息を突きながらも、どうしてか口の端が吊り上がっていた。


「もう、子供って本当に元気ですね」


 迷惑ではあるのだが、こうしてマナを見ていると古い記憶が刺激される。

 最初に散らかったマナの部屋を素通りせず気にかけたのも、思えば昔を思い出したからかもしれない。

 靖治のためにもメイドとして実力向上は急務だが、今しばしはこの少女と付き合っていてもいいだろう、そう思いながらマナに続いてイリスも庭へ駆け出した。


 敷地に入ると、庭に面した縁側には一人の老婆が座布団に正座して座っており、その隣にはゆりかごに寝かせられた小さな赤ん坊がいた。

 老婆はマナを見つけると、しわくちゃの顔を笑わせて古びた声を聞かせてくれる。


「あらぁ、マナちゃん来たんかいねぇ?」

「おッス。おばあちゃん元気してたー?」

「そりゃぁもう。孫も今日も元気だよぉ、遊んでやっておくれ」


 マナは老婆に挨拶すると、すぐに赤ん坊にかけよって傍に置かれていた猫じゃらしを握ると、ゆりかごの上で揺らし始めた。

 赤ん坊と遊ぶマナの姿をイリスが眺めていると、老婆が話しかけてきた。


「そっちのメイドさんは、マナちゃんのお友達かね?」

「あっ、ハイそうです!」

「うふふ、元気な子だねぇ。マナちゃん飴あげるよ、こっちきんしゃい」

「わーい、おばあちゃん大好きー」

「マナちゃんは、いい子だねぇ」


 老婆から瓶詰めされていた飴を手渡され、マナは早速丸い魅惑の宝石を口に放り込んで、口いっぱいに広がる甘さに頬を緩ませる。


「ウマウマ」

「はい、メイドのお嬢さんも、どうぞぉ」

「でも私、実はロボットで……」


 次いで渡されそうになったイリスが、つい味がわからないことを理由に遠慮しようとする。

 しかし背中に飛びついたマナが、イリスの耳元に囁いてきた。


「貰っときなよ。この人にとって贈り物をしたって事実が大切なんだよ」

「はぁ……」


 よくわからないかったが、そうしたほうが良いということでイリスは差し出された飴玉を指でつまみ上げ口に含む。

 唾液に似せた分泌液に飴が溶け始め、甘さの数値を認識しながら、イリスは若干戸惑いつつも老婆へと頭を下げた。


「あの、ありがとうございます」

「いーのよいーのよ」


 飴を受け取ってもらえた老婆は嬉しそうに笑いかけてきて、イリスはなんだか良いことをした気になって表情を和らげた。

 そうしているあいだに再びマナは赤ん坊あいてに猫じゃらしを振り回していて、赤ん坊の小さな手が揺れ動くふさふさを追って振り回されるのを、ぼんやりとした眼で眺めていた。


「赤ん坊は良いよねー、無垢だし、何も知らずにいれてさ」


 琥珀色の眼は、終始哀れみを帯びていた。その哀愁が向けられているのは無知な人々か、それとも別の何かだろうか。


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