15話『魔人の脅威』
「あんたに恨みはないが、契約なんでね」
昨日出会ったこの世話焼きな少女が、なぜ敵対してくるのか、そんなことはどうでもいい。
イリスにとって重要なのは、今、目の前に、新たな難敵が立ちふさがってくるということだけだ。
炎の魔人を従えるアリサと睨み合っていると、その向こうからミズホスが巨体を跳躍させて飛び越えてきた。
「ワシのことも見んかい!!」
飛び込みざまに殴りかけてくるミズホスの攻撃をイリスは慌てず避け、反撃に転じようとしてところでアリサの魔人が本体から離れてイリスへと近づいてきて拳を振るってきた。
イリスは攻撃を打ち切り、回避に徹する。
「遠距離でまで操れるとは……隙がないですね」
先程の攻撃を受けて、イリスの腕がギシギシと嫌な音を立てている、連続で受けては拙い。
魔人を翻弄すべく、イリスは戦艦の上を跳ね回った。
アリサは攻撃が外れるなり、すぐに魔人を引き戻して様子を伺う。それを見てアリサへと接近しようとするイリスだが、そこに今度はミズホスが殴りかかってきたので飛び退く。
「――ならば!」
イリスは艦首へ向けて後退しながら敵から一度目を離し、後方の設備へと視線を向け、眼球から光無線通信で発信した。
命令を受けて甲板の一角がバカリと開き、内部から二種の武装が飛び出してきた。
「パワードアーマー用、70mmのガトリングガンと強化型パルスキャノンです!」
それはどちらも砲口からグリップまでが2メートル弱はある、個人が扱うには巨大すぎる代物だった。
イリスが二つの武器を手にして動力部を作動させると、左手に握られた厳ついガトリングガンの六つの砲身が回転し始め、右手のパルスキャノンが持つ単砲身の銃口からは青白い光が漏れ出していく。
侵入者に向けた脅威に、アリサがマントをはためかせて前に出た。
「どいてろミズホス!」
アリサの操る魔人が彼女の背後から腕を回すと、腕部が巨大化して防壁を作った。
銃口からはそれぞれが毎秒40発はある実弾とエネルギー弾が吐き出され、雨のように押し迫り、突き穿とうとする。
しかしそのいずれもが魔人の壁を突破できず、炎熱の腕の中で溶けて消えていった。
「火力が足りない……ならば!」
イリスは一度銃撃を止めると、右手のパルスキャノンを振りかぶって、銃本体をぶん投げた。
魔人に近づいた時点で弾倉をガトリングで打ち抜き、貯蔵したエネルギーを爆発させる。バリバリバリと雷が弾けるような音と電撃が周囲に広がった。
だが至近距離でエネルギーの放射を受けても魔人は微動だにしない。イリスは小刻みにガトリングを打ち続けて相手を釘付けにすると、さらなる兵装を呼び出した。
新しく甲板から飛び出たのは、太い銃身にジェネレーターを内蔵した、全長が3メートルはある巨大な銃。
イリスはガトリングを手放してそれに飛びつくと、重たい銃を両手で持ち上げて、真っ直ぐに狙いを定めた。
「試作型の荷電粒子砲、これならどうです!!?」
砲身の下部でジェネレーターが唸りを上げ、粒子加速器に電撃が走る。
明らかに今までの比ではない火力を前に、アリサは決して怯まなかった。
「舐めんなぁ! やれアグニ!!」
吠え立つ直後、トリガーは引かれた。
銃口から飛び出た粒子は亜光速。紫色の軌跡を残す粒子の先端部分を、本来なら人間の肉眼で捉えることは絶対に不可能だ。
だがアリサの眼の周囲には血管が浮かび上がり、極限にまで圧縮した時間を彼女の無意識は確かに捉えていた。
彼女の世界から音が消える。血の巡りで赤く染まる視界から、飛来する光線がまるでゆっくりと飛んでくるような感覚で眺めており、それに対してアリサの魔人が拳を正確に打ち込んだ。
すべてを明確に知覚していたわけではない、ここまで集中できるのは弾丸が飛び込んでくる一瞬だけだ。
しかし魔人の拳は粒子を中心に捉え、紫のビームは無数に引き裂かれてアリサたちの後方へと流れていき、大気中にかき消えた。
「荷電粒子のビームを砕いた!?」
「ぐっ……やってくれんじゃないの」
流石にアリサも消耗したのか、目元を押さえて足を止めた。酷使した脳が悲鳴を上げ、危険なほど跳ね上がる心臓が胸を内側から叩く。
額から汗を垂らすアリサのダメージはイリスにも見て取れたが、荷電粒子砲は今の一発でオシャカだ。同じものはこの戦艦内には用意していない。
鉄クズと化した銃を放り捨てると、それを見たミズホスが鬼のような形相で前に出てきた。
「品切れか!? なら今度こそブチのめしてやるぞこんガキャァ!!」
――やはり、これしかない。
そう思考するイリスは、右腕の外殻を開き、内部に収納された三本のシリンダーを展開した。
ミズホスの攻撃を避けながらエネルギーチャージを開始し、シリンダーに光が集っていくのを見て、立ち直ったアリサは鼻を鳴らした。
「ふん、なるほど、奥の手があるってわけね。いいわよ、使わせてあげるわよ」
アリサはあえて魔人をそばに寄せて攻撃はせず、甲板上を走って距離を保ちながら様子見に徹した。
その甘さにイリスは驚愕と悪い予感を覚えながらも、現状の最善手であるフォースバンカーのチャージを優先した。
「そのうっとうしい光を止めんかあ!!」
輝きにトラウマのあるミズホスが、身体を丸めて体当たりを仕掛けてくる。
イリスはこの攻撃をギリギリまで引きつけると、紙一重のところで飛び越えて、彼に背を向けたまま右腕を構える。
「シリンダー№1から3、エネルギーチャージ70-40-30!」
半端にチャージされた数値を謳い上げ、シリンダーの周囲からバチバチと紫電を響かせる。
右腕に集まるのはただの粒子ではない。彼女自身も解析しきれない、まったく未知のエネルギーだ。その破壊力は、万全に機能したならば先の荷電粒子砲も凌駕するはず。
それぞれのシリンダーには、若いナンバーから順に『Brave』『Friendship』『Love』と刻印されている。イリス本人の精神状態によりシリンダーの稼働率が変わるらしい。
右腕にはブレンドされたエネルギーが、淡いオレンジ色の光を灯し始めた。この分なら発動は問題ない。
狙いはミズホスよりも、まずは魔人を従える少女――
「――来い!!」
勇敢に待ち構えるアリサに対して、ミズホスの猛攻を潜り抜けたイリスが、右腕を構えながら突進した。
「フォースバンカー!!」
「ぶん殴れ! アグニ!!」
粒子を充填したイリスの拳と、炎熱を込めた魔神アグニの巨大な拳が真正面から打ち合わされる。
機械と異能の二つのエネルギーは隕石でも落ちたような重い響きを渡らせて、二者の周囲が歪んで見える。
サイズ差のある二つの拳は拮抗したのち――イリスの拳が押し返され、展開されたシリンダーが衝撃に負けてバラバラに砕け散った。
「――――!」
部品が飛び散る中でイリスは目を見張り、右腕の損傷部を左手で庇いながら引き下がった。
力場に守られていた拳はかろうじて無事なものの、重要なパーツは吹き飛ばされおり、下腕部はフレームだけ残ったがらんどうになって、向こう側が覗き見れる状態になっている。
動作効率は極めて低下、必殺技どころかまともに殴ることも難しい。
「クク、あたしの勝ちね」
ズキズキする頭を押さえながら嘲笑するアリサに対し、イリスは奥歯を噛みしめる。
イリスの背後で、勝利を確信したミズホスが盛大な笑い声を上げた。
「くっはっはっは!!! もうちょっとだ! いきなりこんな世界に連れてこられて早十年! ようやく運が向いてきた! 誰もワシらのことを知らねえ、頼れるやつなんていねえ、その状態でクソみてえな苦労しながらなんとか生きてきたがそれも今日までだ!!」
いつも不機嫌そうな彼が、今日ばかりは心底嬉しそうに喉を震わす。
「オーサカの情勢が傾いた今、この戦艦がありゃあ他の奴らを黙らせられる! ワシの時代だぁ!」
敵に挟まれ、窮地に陥ったイリス。
その様子を病院の屋上から見守っていた靖治は、芳しくなさそうな事態に難しい顔をしていた。
「ヤバそうだなぁ、そろそろ逃げる覚悟くらいはしたほうが良いかもね」
とは言え彼にできることがある訳でもなし、心の準備だけ済ませたらあとはイリスを信じて見守ろうとしていた。
だが下を見下ろしていた靖治は、上から妙な重圧がのしかかってきたのを感じた。
「……ん? なんだ?」
靖治が顔を上に向けるのと同様に、砂漠で戦っていたトカゲ人間たちも上空を見上げ、次々に呆然とした声を出す。
「お、おい……あれ見ろ……」
「な……あ……」
異変は戦艦に立つアリサも感じ取り、空を見て舌打ちを鳴らす。
「チッ……面倒なのが」
彼ら彼女らの目に浮かぶのは、青空に不気味なほどの煌めきを持って揺らめく極彩色のカーテン。
「オーロラだ……オーロラが出たぞ」
「オレたちをここに連れてきた光だ」
それは千年前に起こった大異変の続き。
世界を隔てる境界線が崩れる予兆。
異世界から新たな漂流者を告げる凶兆のオーロラが、敵と味方の垣根を超えて、その異様な輝きを誇示していた。




