14話『バトル開始!』
黒煙を上げる戦艦を前にして、アリサはマントを翻してその姿を露わにしていた。
大きな手枷でも着られる袖のないダボついた服に、通気性の良いミニスカート、頑丈さを優先したブーツ。
そして赤熱の魔人を操るにふさわしい、燃え盛る炎のような紅蓮のツインテールが、マントと共に風でたなびく。
その姿を、イリスは戦艦のカメラを介して確認していた。
「アレは、昨日の――」
疑問を遮ってイリスの脳内に戦艦のシステムが警報を響かせた。
――空間防壁一部損壊、ジェネレーター出力低下、防壁修復まで600秒。
船体傾斜左舷25度、重力制御装置作動、復原まで24秒。
装甲板融解、第二エリアで火災発生、付近の無人機8機で消火活動開始、以後自律行動を許可。
主砲発射準備。侵入者を警戒。クラッキングに備え電子防壁を――
イリスは傾いた病院戦艦の屋上で、姿勢を低くした靖治を支えながら、戦艦のシステムに指示を出す。
次々と脳内に投写されるエラーメッセージを見て、靖治の耳元で囁いた。
「靖治さん戦闘です、お覚悟を!」
「だね」
爆煙を上げて傾いた戦艦を遠くから眺めて、襲撃犯の首魁であるミズホスは慌てた叫び声を上げた。
「うおおい! あんまり壊すなよ、ワシの城になるんだぞ!!」
「ハッ、ケチくさいこと言ってんじゃないわよ。シールドで中に入れないからって穴開けてやったんだから」
アリサによる遠方からの長距離攻撃により、病院戦艦の空間防壁は粉砕され、内外に隔絶されていた戦艦へと侵入が可能になっていた。
ミズホスの焦燥も気にはせず、アリサは炎を収めると装甲車の運転席を覗き込んで、そこで無線機を手にしていたハヤテへと尋ねた。
「で、どうなの?」
「オーケー、さすがだアリサ。おい雉、手早くやれよ」
『了解っすよ』
無線が届いた先は、病院戦艦の内部。病院が建った甲板より下層は従来の設計通りになっており、鉄板による通路が走っている。
その一見なにもない通路を、命令を受けて警戒態勢に入った無人ロボットが通過した直後、何もいなかった場所から鳥を模したパワードスーツが現れた。
雉ことケヴィンが着る、パワードスーツによる光学迷彩だ。
赤や緑色が主体のどぎつい色合いのスーツから、頭部アーマーを開いて生身の鳥頭でたっぷりと息を吐く。ケヴィンお手製パワードスーツは息苦しいのが難点だった。
「侵入成功っと、後はこっちのもんッスね」
戦艦がギシギシと軋みを上げながら傾斜を復原させて行く中、ケヴィンはこっそりと適当な部屋に入り込むと、壁面の連絡用コンソールにパワードスーツから有線コードを取り出して直結。
スーツの補助機能を発揮させ、電脳化した自身の脳殻から意識を電脳空間にダイブさせた。
一瞬ケヴィンの意識が遠のき眼の前が真っ暗になったかと思うと、急激な速度で戦艦のネットワークを可視化された電脳世界が浮かび上がってきた。
0と1の世界に電子の翼を羽ばたかせて飛び込んだケヴィンは、防衛用のファイアウォールやシステムからの攻撃をすり抜けて奥深くへと突入していく。
『よーしよし、順調順調~♪ 昨日よりウォールが厚いけど、抵抗は逆に薄いっすね。他にリソース割いてんのかな?』
システムへのクラッキングの報告はイリスにも届いていた。
「システムへの不法アクセスを確認――しかしその前に! 主砲発射よーい!!」
「おぉ!? ついに!!」
目を輝かせる靖治を抱きかかえながら、イリスが武装を操作する。
傾斜が復原する船体の上方で、どでかい三連装の主砲が不気味な唸り声を上げながら旋回を始めた。
それを見たハヤテは、窓から顔を出して上にいるアリサへと怒鳴る。
「来るぞアリサ! 準備!!」
「へっ、ここが腕の見せ所ぉ……」
アリサは頬を引きつらせながらも、極めて冷静に、燃える闘志を眼光に灯し、手に力を込める。
真っ向から戦艦の主砲に立ち向かう気でいるのだ、それだけの自信が彼女にはある。
彼女のはるか先で、ガコンと音を鳴らして照準を合わせた砲門が、奥から色とりどりの輝きを放ち始める。
戦艦のエンジンから引き出されたエネルギーがチャンバーに充填され、主砲の内部にバチバチと閃光が弾け始めた時、満を持してイリスは口にした。
「空間破砕砲、発射ーッ!!!」
一瞬、静けさが砲の周りを包んだ直後、砲門からとつもない光が飛び出してきた。
その輝きは砂漠の上空を突き進み、あろう事かアリサたちの頭上を飛び越えて大きくアーチを描く。
「へっ?」
呆気にとられるアリサたちの上で、七色の閃光で虹色を描いたそのアーチは、光芒の内側にある文言を浮かび上がらせた。
『祝! 万葉靖治さん復活記念! 靖治さんこれから頑張って生きていきまショー!』
同時に戦艦中のスピーカーからパッパラパー♪ と騒がしいラッパの悲鳴がかき鳴らされる。
たっぷり十数秒間は砂漠の上に掲げられた光の横断幕は、段々と薄くなっていき朝日の中にかき消えた。
「……なにあれ?」
「知らん」
アリサやハヤテたちが怪訝な顔をしている頃、病院戦艦の屋上では、靖治に顔を向けて目を煌めかせたイリスが、消え去った光に指をさしていた。
「どぉーですか靖治さん!? 靖治さんが主砲の発射を見てみたいとおっしゃっていたので、昨晩のうちに徹夜で改造しておいたんです! 本当は無人機たちと共に盛大な出立のパレードを開く予定だったんですよ!」
「ん~、ナイス! いいねぇ、こういう騒がしいの大好きだよ! さっきの光も美しかった!」
「本当ですか!? やったー!」
両手の拳を振り上げてガッツポーズを取るイリスだったが、戦艦のネットワーク内ではケヴィンがシステムの中枢にたどり着いていた。
メインシステムを掌握する赤いボタンを電子世界に作り上げたケヴィンは、羽の生えた腕を振り上げてスイッチを押す。
『あっ、ポチッとな』
直後には戦艦の防衛システムが解除され、船体を覆っていた防壁もパリーンと音を立てて崩れた。
『オーケーっすよアニキ! 全システム掌握!』
「システムに介入した、いつでも行けるぞ!」
艦の状況はすぐさまハヤテを介してミズホスへと伝えられた。
今回、ミズホス一味が用意した車両は大型の装甲兵員輸送車が三台、元はどこかの世界で非戦闘員の移送も含めて開発されたものらしく、内部に10数人が座れるシートが両脇に用意されている。
そのうち二台がトカゲ人間たちが乗り込んでおり、一台はハヤテたちオーガスラッシャーと傭兵のアリサに割り振られていた。
「うおっしゃあ、突撃ぃい!!!」
「いてまえー!」
「ヒャッホーゥ!」
号令と共に勢いに乗ったトカゲ人間たちが、輸送車のアクセルを全開に踏み込んで砂漠を横断し始めた。
土煙を上げて近づいてくる三台の車両を、イリスは病院の屋上から肉眼で捉えていた。
「うむむ、襲撃を見越して、ジェネレーターをフル稼働させてシールドを展開していましたが、まさか突破されるとは……ごめんなさい靖治さん、見通しが甘かったです」
「まあまあ、これからだよ。手はあるかい?」
「艦のシステムもクラッキングを受けて停止しています。しかし心配ご無用です! こんなこともあろうかと、無人兵器は自律行動するようセットしておきました!」
戦艦の中央にある格納庫で、緊急事態を感知した無人ロボットたちが傾いた床の上でやおらに起き上がり、センサーを赤く点灯させた。
そのうちの数機が四脚のローラーで移動して格納庫のハッチに近づくと、マニュアル操作で戦艦側面のハッチを開いた。
薄暗い格納庫に朝の日差しが入ってきて、ハッチが開ききると共に無人ロボットたちは我先にと戦艦から飛び出して、内蔵された機関砲を輸送車へと向けて発砲する。
「おおー、いっぱいいるね」
靖治が感心した声を上げる。屋上からは砂漠に飛び交いだした弾丸が覗き見えた。
戦闘に出た無人ロボたちの総数は五百二十六機、昨日は戦いに出る暇もなくシステムが停止して動けなくなっていたが、その鬱憤を晴らすかのごとく砂漠に広がり敵を撃滅せしめんと陣形を組んでいた。
「さあ行くのです! 賊どもを蹴散らして靖治さんに喜んでもらい――」
「どっせえええええい!!!」
ミズホスは体を丸めて砂漠の上を高速で転がってくると、無人兵器の機関砲を寄せ付けず、甲殻のトゲでロボットたちをなぎ倒して、一気に戦艦の甲板上にまで飛び上がってきた。
「うわぁ、今日も元気だねあのアンキロサウルス」
「ぐぐ……しかし他の敵勢は防げています!」
イリスが分析する通り、輸送車側は無人ロボットたちに足止めを食らっている。
「靖治さん、ナノマシンの調整は今何パーセントですか?」
「98、システムが落ちても大丈夫なのかい?」
「靖治さんの調整に、スタンドアローンの区画を用意しました。そこから無線で行われています、その腕時計を離さないで」
「了解」
昨日の出来事から電脳戦では向こうが一枚上手と悟っていたイリスは、靖治の保護を最優先として、戦艦のシステムの一部を独立化させておいたのだ。
こちらまでクラックされる可能性もありイリスもそちらに気を割いていたが、どうやらクラッカーは戦艦本体に夢中なようだ。
今現在、最優先で対処すべきは甲板上にまで上がってきたミズホスだろう。
イリスは立ち上がって屋上から身を乗り出す。
「あれは私が直接仕留めますから、靖治さんはここで隠れていて下さい」
「うん、頑張って」
「――ハイ!」
元気よく返事をして、イリスは屋上から直接甲板へと飛び降りた。
20メートル以上の高さから落下したイリスは、太ももの外殻をオープンし内部からスラスターを覗かせると、青白い噴射炎と白い煙をスカートの下から吐き出して衝撃を殺し、先の丸いローファーの靴で甲板を優しく鳴らして着地した。
上から降りてきたイリスを前にして、ミズホスが厳つい顔を歪ませる。
「この小娘、昨日は油断したが今日は一味違うぞ! 大人しくぶっ壊れろ、ガキの玩具みたいになあ!」
「そうはいきません。これからが私達の船出、邪魔は――させません!」
拳を構えてハッキリと宣言したイリスは、徒手空拳のままミズホスとの戦闘に移行した。
その頃、戦艦の外部では無人ロボット相手にハヤテやミズホスの部下たちが、輸送車や砂丘を盾にして銃を撃ち合っている。
「オゥラ、死ねぇー!!!」
怒号を上げたトカゲ人間が、アンチマテリアルライフルをぶっ放して、スコープの先にいたロボットの一台を撃破した。
今回の戦闘には、ミズホス一味が十年かけて確保した銃火器のほぼすべてを持ち込んできている。体躯の大きいトカゲ人間たちは、一般的な人類なら扱えないような巨大な銃を手に取っており、中にはミニガンを生身で撃ち続けているものもいた。
とは言え戦艦に待ち構えていたロボットたちに比べれば多勢に無勢だ。
協力者のハヤテは、スコープを取り付けたアサルトライフルでロボットのセンサー部を一つずつ潰しながら、無線に口を開いた。
「クッソ、こいつら邪魔だな。おいケヴィン! なんとかなんねえか!?」
『無理ッス! やっこさん、乗っ取られたら全兵装がシステムから切断されるよう仕組んでた! 戦艦の固定武装も接続が切れてるッス!』
ケヴィンがシステムを奪った瞬間に、艦の内部では破砕ボルトが爆破され、通信ケーブルが物理的に断ち切られていたのだ。
これを再利用するのは修理するか、一つ一つに近寄って直に接続、操作する必要がある。
ハヤテは舌打ちすると、仕方なく声を張り上げた。
「オラァ、気合い入れて撃てよ! ここを超えれば乗り込める!」
「ロボットは無力化できるって話じゃなかったのかよ!?」
「向こうが対策打ってたんだよ、船の大砲に吹っ飛ばされんだけありがたいと思いやがれ!!」
トカゲ人間たちに怯えが見えるのを、ハヤテが即座に一喝する。
怒号と銃弾が飛び交う中、装甲車の上に座っていたアリサが、真紅のツインテールを揺らしながら欠伸をした。
「ちまちま、ちまちま。豆鉄砲ばっかりで男らしくないわね」
「だったらオメェも仕事しろ!」
「はいはい」
ハヤテに言われてアリサは立ち上がり、車の上から戦場を見下ろす。
当然、目立つ場所に立った彼女を狙ってロボットたちから機関銃の集中砲火が浴びせられたが、彼女の背後に炎の魔人が現れた。
燃え盛る魔神は上半身だけの形だが、その身体は太く、見るからに強靭で、炎で出来た顔は厳つく狂暴さを備えていた。
そしてアリサ本人が両手首に手枷をするのと同じように、魔人もまた両腕に円形の枷のようなものが模られている。
魔人が右腕を伸ばして盾としてアリサを守ると、飛来した弾丸はすべて実体を持った炎熱に弾かれて斜め後方へと流れていく。
アリサは眼下を睨みつけた。
「潰れろ」
魔人アグニが左腕を構えると、次々と拳を放った。
振るわれた拳はアグニ本体から離れると、熱量を凝縮したまま砂漠を飛び、無人ロボットたちのいる場所に着弾すると爆発を巻き起こした。先も空間防壁を打ち破った飛行する拳が轟音を響かせる。
それが数度も行われれば、あっという間に砂漠に展開された無人ロボットは壊滅状態に陥った。
炎が上がり、溶けた鉄がマグマのように滴る惨状を見て、ミズホスの部下たちは恐れを感じて生唾を飲み込む。
「さすがのじゃじゃ馬っぷりだな」
「ふん、この程度で?」
ハヤテの言葉にアリサは馬鹿にするように鼻で笑う。
これで砂漠に出てきた敵はあらかた片付いたと見て、アリサは精神を集中させた。
思い浮かべるイメージは、背中に浮かぶ魔人から見えない糸が自分の身体に繋がっており、魔人に合わせて自分の体も浮かび上がる様子だ。
わずかな間をおいてそのイメージが具現化し、現実にアリサの身体が装甲車の上から浮かび上がった。
「んじゃ私はミズホスの援護行くから」
「おい! まだ敵が残ってるぞ!」
トカゲ人間が指差す向こうには、戦艦の内部に立てこもって銃弾を撃ち放ってくる無人ロボットが確認できた。
アリサが片付けたのはあくまで飛び出てきた機械だけで、まだ戦艦には相当数の敵が残っている
「船の中に立てこもられちゃ、戦艦ごとぶっ壊しちゃうわよ。雑魚くらいあんたらがやりなさい」
だがアリサはそれだけ言うと、戦艦の方へと飛んで行ってしまい、砂漠での銃撃戦は続けられることになる。
そして戦艦の甲板では、イリスとミズホスが格闘戦を行っていた。
「どおらあ!」
ミズホスが威勢よく叫んで右腕で殴りつけてくるのを、イリスはバックステップで回避した。
しかし攻撃が避けられるのも織り込み済み、ミズホスは今度は右肩を前に向けて、強烈なショルダータックルを仕掛けた。
イリスは後方に大きく飛び上がると、病院の壁に足をつけて華麗な三角跳びでミズホスの後方へと回り込んだ。狙いを外れたミズホスは、病院の壁を打ち崩したところで停止する。
そのすきを狙い、イリスは跳び上がると右足首からスラスターを展開し、ロケット噴射による強烈な飛び蹴りをミズホスの背後から見舞った。
トラック程度なら一発でひしゃげるレベルの攻撃だ、だが。
「効くかンなもん!」
硬い甲殻に守られたミズホスは一切動じずに尻尾を振るってきて、イリスは尻尾の範囲外まで飛び退る。
昨日は上手く追い返せたがこのミズホスは厄介だ、通常の手段でダメージを与えるのは難しい。
なんとか敵の隙を作ろうと構えるイリスだったが、その彼女の目の前に、何者かが降り立って金属製の甲板に足音を響かせた。
現れたのは、炎を従えて、薄い亜麻色のマントをたなびかせる、紅蓮のツインテールをした少女。
「よお、久しぶりねお花畑ロボ」
火の粉を漂わせて鋭く睨みつけてくる新手に、イリスは警戒を最大まで引き上げた。
「ぶっ飛ばせ、魔人アグニ!」
そのマントの少女、アリサは手枷のはまった拳を握りしめると、炎の魔人を動かして真正面から右拳のストレートでイリスの身体を捉えた。
咄嗟に両腕で防御したイリスだが、炎熱に手袋を燃やされながら更に後方へ吹き飛ばされる。180kgのボディが回転し、軽々と宙を舞った。
イリスは風を切る音だけが聞こえる中、目まぐるしく天と地が切り替わる視界で、冷静に足場との距離と角度を読み取る。
「――ショックアブソーブ全開!」
空中で体勢を立て直したイリスは、太ももから噴射炎と白煙を吐き出して着地するが、それでも衝撃を殺しきれず甲板の鉄板を靴底が大きく引っ掻いた。
10メートル以上は後退し、イリスは煙を上げる両腕からアリサを見た。
「この女性、強い……!」




