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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
一章【虹の門出】
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12話『少女たちの会遇』

 大阪にある砂漠沿いのガレージ、ならず者たちが潜むその一角を、アリサと呼ばれた用心棒の少女は今晩の寝床に定めた。

 今から街中の宿を探すのが面倒だっただけで、別にさっきの女がこれ以上イジメられないか気にかかったわけではない。

 ミズホスたちのいる隣のガレージに入り、何やら頭も柄も悪そうなモヒカン頭のサイボーグ人間がいたので、暴力により穏便に明け渡してもらうと、マントにくるまってうつらうつらと眠気に誘われて目を閉じた。

 しかし夜が明けないうちに目を覚ました。


「……トイレ」


 彼女は、フードの下で眠い目をこすって外に出た、しかしながらこの辺りはロクに整備されてないので、便所も汚物まみれで使えたものではない。

 男どもに見られないよう、砂漠に入ってコブの影でパパっと済ませ「ふぅー」っと震えながら息を吐いた彼女はガレージに戻ろうとしたところ、砂の上に寝転んでいる人影に気がついて身動ぎした。


「ゥゲェッ!?」


 人っぽい何かがアリサがいた場所から、コブを挟んですぐ隣で砂に埋まって、仰向けで倒れていたのだ。

 見られていなかったか心配になったアリサだが、その人物は身じろぎもせず、口元だけ砂の上に出して浅い呼吸を繰り返していて、多分覗き魔ではないようだ。


「なんじゃコイツぅ……」


 なんでこんな寒々しい砂漠で砂に埋まっているのか、気にかかったアリサだが明日も早いしとっとと寝ようとガレージに歩き出したが、しばらくすると「あー、もう!」と悪態を付きながら引き返してきた。


「あんたこんなとこで何やってんのよ! 冷えて死ぬわよ――って、おんもっ!? 信じらんない、何こいつデブなの!?」


 倒れていた人物の手首を掴み、起き上がらせようとしたのだが、異様に身体が重たくてビクともしない。

 両手で引っ掴んで「うがー!」と唸り声を上げて引っ張ったがどうにもならず、やがて息を切らしたアリサは面倒がって「やっぱもう寝るか」と帰ろうとしたのだが、その時になって人影は急に起き上がった。

 驚きながらも「自分で起きれんのかい」と不満そうに睨みつけるアリサの前で、砂の下から鮮やかな銀髪が月明かりに姿を見せる。

 その人物は、メイド服に付いていた砂をはたき落とし、すぼめた口から熱い息を吐くと、闇夜にもしっかりと映える虹色の目をアリサへと向けた。


「失礼しました、不覚にも義体のコントロールが不能状態に陥っておりました! こんなことは初めてであります!」


 元気そうに声を出す彼女――イリスの特徴的な衣装を見て、アリサはフードの影の下で慌てた表情を浮かべていた。


 ――こいつ、明日のターゲットじゃん!?


 ハヤテたちから受けていた情報提供とバッチリ一致する女を見つけてしまい、アリサは身構えたまま固まってしまう。

 驚きのあまり何もできずにいると、イリスの方から元気よくお辞儀をした。


「ご迷惑おかけしました!」

「お……おう」


 間抜けな返事を返してから、イヤイヤイヤどうするよこの状況、とアリサは慌てて考え出した。

 今この場でやっちゃうか? いや、そもそもどうして戦艦にいるはずのターゲットがここにいるのか。向こうから先手を打って攻勢に出てきたのなら、この近距離は拙い。


「あ……あんた、こんなとこで何やってたの?」

「聞いてくださいますか!?」

「えっ……あっ、うん、聞くけど」


 妙に目を輝かせて食いついてくるイリスにたじろいでいると、メイド服のメカ娘はなだらかな胸を張り、鼻息を荒くしながらまくし立てた。


「靖治さんと話していると、不可思議なノイズが発生して、でも嫌いじゃなくて。何か、こう……胸の奥がムズムズして妙に力を発揮したい気になって、その時に声を上げてみるといいというアドバイスを思い出して実行したところ、更に、ズガガガーン! と力が溢れてきまして! 命令の前にドバンっ! と身体が動き出していまして!! それでうわああああ!! と叫びながら、コアの機能が通常状態に戻るまで走り回って! そのうち頭が真っ白になって、気がついたらここで倒れていた次第です!」


 ――こいつ、多分バカだ。


 突然吠えだしたりするメイド女に、アリサは怪訝な顔をせざるを得なかった。つーかセイジってだれだ。

 何も考えてなさそうな脳天気な面をしているし、もうここで仕留めちゃったほうが明日は楽できていいんじゃなかろうか。


「そんなアホなことして、嬉しいことでもあったわけ?」

「うれしい……?」


 適当に相槌を打ちながら、マントの下で手枷の付いた手に力を込め、ゴキンと指を鳴らした。

 手の平では燃え始めた炎の塊が凝縮して赤熱し、静かに、しかし激しくエネルギーを高めていく。

 アリサはニヤァと八重歯を覗かせて、溜めた力を開放しようとした。


「――はい、ありました! とても喜ばしいことが!」


 だが目標に向けて放たれようとしていた炎は、イリスが見せた満面の笑みの前に力なくかき消えた。

 まるで純粋無垢の子供のような、一点の汚れもない花々しい笑顔。

 毒気を抜かれたアリサの前で、イリスは胸に手を当ててこんこんと言葉を重ねる。


「そうですか、ならばこれは……これがきっと、嬉しいという感情なのですね。教えてくださってありがとうございます!」


 幸せそうにお礼を言う彼女に、アリサはフードの下で不機嫌そうに舌打ちすると背を向けた。


「あー、あー! ムカつくわ、何も疑ってない脳天気な顔して」

「はい?」

「せいぜい気ぃつけなさいよ、そうやって信じてるもんは、隙を見せたらすぐに裏切ってくるんだからね」


 悪態をついてその場を去ろうとするアリサに、イリスは自らの胸を叩いた。


「構いません! それが靖治さんのためなら、私はこの身が滅びようと尽くします!」

「……やっぱ、ムカつくわ。あんた」


 一度だけ振り返って睨みつけても、イリスは変わらない表情でそこにいて、アリサは何故か惨めな気持ちになってその場を後にした。

 イリスは、最後にアリサが言い残したことはよくわからなかったが、とにかく自分が嬉しいと感じているんだという事実を胸にして、帰路についた。


「嬉しい……私が嬉しい……」


 目を煌めかせながら砂漠を疾走し、安定した走りで病院戦艦まで戻ってきたイリスは、無線で戦艦のシステムに空間防壁を解除させ、ひとっ飛びで甲板に上がった。

 少しの間、肩を上下して荒い息を整える。機械なのに呼吸など必要な不可思議な機能など、いつもは煩わしかったはずなのに、今は冷たい空気が内部を満たす感覚が妙に新鮮に感じる。


「私としたことが、4時間も戦艦から離れてしまいました。靖治さんは……」


 病院の監視カメラにアクセスして、内部の状況を読み取る。

 脳内に投影された映像では、すでにベッドで眠りについていた靖治の姿があった。


「ステータスは就寝中、異常なし、ナノマシンの調整も予定通り進行中……しかし靖治さんを放っておいて、メイド失格です」


 自らの不甲斐なさにため息をついたイリスだがすぐに思考が切り替わった。

 ただ彼女は、カメラに写った靖治の寝顔に意識を集中している。

 靖治の顔は、ずっと昔から何度も見続けてきた。コールドスリープに眠る彼の顔を眺めて、ずっと会えた時のことを考えていた。

 その時の靖治の顔は凍りついた無感情であったけれど、ベッドで眠る今の彼は安らかだ。

 それは冷凍されているかどうかという理由でなく、何か人間的な理由があるように思えた。


 なんとなく、さっきであったフードマントの少女のことを思い出した、彼女は自分のことを「疑っていない、信じている」と評した。

 ならば自分が靖治を信じているように、靖治もまた自分を信じているからこそ、こんなにも穏やかで、見ているだけで胸が温まる表情をしているのでは?


 そう思うとイリスはぞわりと妙な痺れが背中に走り、急激にコアを熱くして顔を赤らめた、今すぐ靖治の寝顔に触れてみたい気がして無意識に手を伸ばしていたのを、そっと引っ込めて胸に抱く。

 実際に彼の傍に行きたいが、そうすると寝ているところを起こしてしまうと思い必死に自粛する。


「そうか……これもまた嬉しいなんですね」


 自らに生まれた感情に戸惑いながらも、それを喜んでギュッと自分の気持ちを握りしめた。

 目を閉じ、ここに立っていることを感謝するように、深く深く、胸の内のざわめきに耳を傾け、心を開放する。

 彼女のコアはトクントクンと規則正しく稼働していて、その鼓動が祝福の鐘のように聞こえていた。


「……私は、靖治さんにも、嬉しくなってほしいです」


 それが何よりも大切な、自分が見出した役割なのだから。


「よし! そうと決まれば靖治さんのために! やれることをやらなくては! まずは戦艦の防備を完璧にして、各種兵装は緊急時にはオフラインで独自稼働するようにプログラム! 旅立ちのための各種物資の準備にー、お金も必要ですね!……あっ! アレをコレすると喜ぶかも!! 早速砲台の改造をー!!」


 そうしてはしゃぎ声を上げ、イリスの長い夜は更けていった。


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