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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
五章【エゴイストのエンドレスカーニバル】
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110話『近くから聴こえる声』

 日が沈みアリサとナハトが休んでいた川辺も暗闇に包まれてきたころ、アリサは近くから集めてきた木の枝で焚き火を始めた。

 普通なら生木は燃えにくいはずだが魔人アグニの火力により問答無用で炎を灯し、オレンジ色の光で周囲を照らし出す。

 明かりを受けて川の水面が煌めくそばで、アリサは難しい顔であぐらをかき、ブツクサとここにいない者への文句を唱えていた。


「ったく、イリスのやつ。日暮れ前には戻れって言ってあったのに……」

「…………」


 ブツブツと呟くアリサの近くで、ナハトも魔力で編んだ黒衣を纏った姿でじっと炎を見つめながら座り込んでいる。傷口の呪詛の浄化は順調に進んでおり、すでに日常動作は問題ない程度まで回復しつつあった。

 不安を抱えつつも火の明かりに癒やされていると、近くの茂みがガサリと音を立てて、暗がりの中から見知った銀髪のメイド姿が歩み出てきて、アリサが咄嗟に声を上げた。


「あっ! イリス、あんた戻ってくるの遅い……」


 だが途中で言葉が砕けてしまう。待っていた二人の前に現れたイリスは、メイド服の端々を破かせて、銀髪のポニーテールはボサボサになっており、全身を泥と葉っぱで汚し、魂が抜けたような表情をした弱々しい姿であった。

 女性として凄惨な姿にアリサとナハトが唖然としていると、イリスが焚き火のそばで佇む二人を見つけるなり、耐えきれなくなった涙を浮かべ始めた。


「うぅ……ひっぐ……」

「イリスさん……」


 くすんだ虹色を潤わせるイリスを見て、ナハトが重い体を押して立ち上がる。

 やがて涙目で駆け出したイリスをナハトが受け止めようとして、しかしイリスはナハトのそばを通り抜けて火の番をしていたアリサに駆け寄った。


「アリサさぁ~ん!!」

「あっ、そっち!?」


 アリサに受け止められるイリスを見て、ナハトが切なげに声を上げる。

 拍子抜けして肩を落とすナハトの前で、イリスに泣きつかれたアリサは「あぁ~……」と微妙な心境になりつつも、泣く子を優先してその頭を撫でた。


「あーもう、どうしたのよイリス。ちょっと落ち着きなさいっての!」

「うぅ、靖治さんが見つからなくて。私、私……ひっく!」

「あー、はいはい」


 頼られなかったナハトが「やっぱりわたくしって……」とガッカリしていたが、ともかくアリサになだめられたイリスが泣きじゃくりながら捜索の経緯を話し始めた。

 靖治が見つからなかったこと、他の人に出会ったこと、モンスターにやられてしまって日暮れまで動けずにいたこと、諸々の事情を話してもらいアリサが軽くため息をつく。


「そうか、見つかんなかったか……」

「うぅ……靖治さんが、一人でどうしてるかって思うと、私……胸の奥が痛くて……!! ぐすっ……」


 少し落ち着いてアリサから離れたイリスが、焚き火の前で膝を抱えながら次から次にあふれてくる涙を長手袋を着けた手で拭う。

 心細い思いをするイリスに、ナハトが語りかけた。


「セイジさんは冷静な方です。持ち物もわたくしたちの中で一番多いですし、最低でも飢える心配はないはずです。後は彼なりに工夫しているはずですよ」

「そうよ、つーかあたしらの方だって食いもん少なくてヤバイし。今日は良いけど、明日の分はほとんどないわよ」


 先の戦闘から持ち帰られた荷物は、アリサが持っていたバッグだけだ。パーティの荷物はほとんどが靖治に預けていたため、ここにいる三人から見れば大量の物資を失くしたのと同じようなものだ。

 今日のところはアリサが持っていた缶詰めをナハトと分け合って食べたが、明日の朝食以降の食事については二人分も用意はできない。

 そこでアリサがナハトへと指を向けた。


「とりあえずさ、明日どう動くのか決めましょうよ。ナハト、あんたが臨時リーダーやれ」

「はい、わかり……えっ、わたくしですか!? アリサさん、わたくしのこと信用してらっしゃらないんじゃ!?」

「イリスはこんなんだし、あたしはまとめ役なんてクッソ面倒なの嫌だし、あんたしかいないでしょ」

「何でそういうところだけ素直なんですかあなた……!」


 いけしゃあしゃあと面倒な役回りを押し付けられて驚いていたナハトだったが、確かに自分以外に適任がいないと理解し、咳払いをして仕切り始めた。


「とにかくセイジさんの発見が当面の目標でしょう。食事については現地調達、長引くようでならわたくしが単独で村まで行き来して食糧を輸送します。それでイリスさん、彼に繋がる手がかりはなかったのですね?」

「ハイ、発砲音なんかにも注意してましたが、聞こえませんでした……」


 靖治なら銃を撃って位置を知らせる努力などもできるはずだ、それも一切なかったと言うのなら、銃を撃つことも出来ない状況に陥っている可能性がある。イリスはそれを危惧して不安がっているし、アリサも若干気落ちしているように見えた。

 だが、ナハトは他の二人ほど靖治の身について心配はしていなかった。騎士として戦場で生き死にを観てきた経験として、彼はまだ死ぬ人間ではないと勘が告げていた。

 彼なら必ず生きている、そう考えナハトは冷静に徹した。


「明日からはわたくしも上空から探しましょう。しかし今のイリスさんがお一人では危険です、地上では必ずアリサさんと二人で捜索にあたってください。まず我々の安全を確保した上で、セイジさんを捜索します」

「そうよね、セイジの前にコイツに倒れられたら困るわ」


 ナハトの言葉にアリサは同意した。しかしイリスは険しい顔を持ち上げて必死な様子でまくしたてた。


「私よりも靖治さんのほうが大切です!! アリサさんを連れるより、私単独の方が早く走ってたくさん探せます!!」

「その様子では許可できません。現に先程は、そこらのなんでもないモンスターにやられてしまったのでしょう?」


 イリスであれば少し大きい熊程度のモンスターなら問題なく蹴散らせれたはずだ、にも関わらず逆に打ちのめされて機体を損傷して、普段であれば考えられない体たらく。

 もし今のイリスが脅威と出会ってしまえば、靖治の前に彼女の命が危ういだろう。


「セイジさんはイリスさんが危険な目に遭うのを望んではいないはずです。まずはご自身を大切にした上で、セイジさんを探しましょう。それがパーティを組む上での義務です」

「ハイ……」


 あくまで自己を顧みるよう強く言い聞かせられ、イリスは肩を落としながらも大人しく受け入れた。

 イリスの様子からナハトは心配は抜けきらないが、まずは話を進める。


「彼はわたくしたちの思ってるよりも遠方に飛ばされた可能性もあります。明日は捜索範囲を広げましょう」

「オーケー、とにかく明日よね。落ち込んでられないわ、あーあー、なんか気晴らしでもあればいいんだけど」

「歌でも唄いますか?」

「んなガラじゃないっての」


 アリサが明るく振る舞おうとするのと対象的に、イリスは膝を固く抱えたまま悲しそうな表情で焚き火を見つめている。

 縮こまった姿にナハトは苦い笑いを浮かべると、表情をできるだけ柔らかくして話しかけた。


「セイジさんならまだ無事ですよ。これは騎士として、軍人としての勘ですが、あの人は早々死にません」

「そうでしょうか……?」

「もちろんです」


 にっこりと微笑みを作るナハトに、アリサが鼻を鳴らしながら尋ねてきた。


「ふーん、どこをどう判断したわけ?」

「死の臭い、ですわね。死が間近に迫った人には、共通の空気や漂いがあるものですよ。逆に死なない人間はいくら周りが躍起になっても死にません」

「ハン、確かにあいつは死にたがりに見えて、ギリギリのとこで死なないやつだわ。」


 アリサは納得して少し安心したように大きく息を吐いていたが、イリスはまだ固まった姿勢のままだ。

 重ねてナハトが口を開く。


「イリスさん、他にお辛いことでもおありますですか?」

「……ハイ、靖治さんがそばにいなくて、よくわからなくなっちゃいました」


 尋ねられ、イリスはより深く膝を抱えながらぼそりと呟いた。


「私、今までどうやって動いてたんだろうって、なぜだかそんなことを考えてしまって、関節の駆動が軋みます」

「セイジさんに置いていかれて、どうやって生きればいいかわからなくなってしまいましたか」

「……ハイ」


 まるで親に置いていかれた子供のようだとナハトは思う。

 恐らく、イリスはまだ自己形成が住んでいないのだろう。自分の存在理由を他人に依存していて、自分一人では生きる目的が見つけられず、だから活力を失ってしまう。

 焦ってもどうしようもない問題だろう、これはイリスが少しずつ経験を経て、自分とは何者なのかを培っていかなくてはならないものだ。

 しかしとりあえず靖治を見つけるまで彼女の心をつながらなければならない、ナハトは考えて言葉を紡いだ。


「でもイリスさん、あんたは今孤独を感じているでしょうが、実は今もあなたのそばにセイジさんはいらっしゃるのですよ?」

「えっ!? どこですか!? 靖治さんが近くに!?」

「いいえ、現実にはどこにもいません。でもここにいるのです」


 慌てて首を振り回すイリスとゆっくり語りかけるナハトを、アリサが炎の前で頬杖を突きながら交互に見つめている。

 アリサが見守る前で、二人の会話は続けられる。


「意味がわからないです、どうして靖治さんがいるって話になるんですか?」

「イリスさん、もしここにセイジさんがいらっしゃれば、あなたになんて声を掛けると思いますか?」

「靖治さんがいたら……?」


 ナハトの質問に、イリスはじっと炎の揺らめきを見つめて考え込み、やがて視線を上げた。


「……僕は大丈夫だよイリス。だから君は、君の時間を楽しんでおくれって、そう言いそうな気がします」

「そうですか。あなたの中のセイジさんはお優しい方ですね」


 イリスは良き人に巡り会えたものだと、ナハトは静かに頷いた。こうしていても、靖治はイリスを励ましてくれるのだ。


「それが共にいるということですよ。ここにセイジさんがいなくても、思い出に残る彼の姿が、今もイリスさんに寄り添ってくれているのです」

「思い出の、靖治さん……」

「胸の内にいるセイジさんの声に、耳を傾けてみてください。彼ならばもっとたくさんの言葉をあなたに教えてくれるはずです」


 そう言われ、イリスはハッと目を見開いて口を大きく開ける。


「靖治さんなら、イリスの胸の中に僕がいるなんて感激!! って言います!」

「あ、あはは……そ、そうですか」


 頬を引きつらせるナハトの隣で、アリサが「言いそうだわーアイツ……」と苦い顔をした。

 だがイリスは、まるで嬉しそうに自分の胸に手を当てて、それまで冷たかった顔色を温かくほころばせている。


「でも、そうですか、私の中にも、靖治さんがいるのですか」

「そうですよ。それが俗にいう絆と言うものの一つです」


 花を咲かせ始めるイリスの顔を眺めながら、ナハトは繰り返し言葉を唱えた。


「イリスさん、あなたがセイジさんを大切に感じているように、彼もまたあなたを大切に想っているのです。あなたの中で眼を開けている彼の言葉を受け入れてください、そうすれば、きっとあなたは強くなれる」

「靖治さんが……私の中にも……」


 深く、深くへとイリスは言葉を胸に染み込ませていく。そのおもはゆい姿を横目で見ていたアリサが、もっともらしく語ったナハトへと視線を向けて口の端を吊り上げた。


「へぇー、頼りないと思ってたけど案外言えるじゃん」

「これでもわたくし、あなたより10近く年上ですから」


 茶化すように言うと半天使様が胸を張って見せてきて、アリサも思わず破顔した。

 のどかな関係の中で、イリスは考える、考える。動き方がわからないと泣いてしまう自分に、あの人なら何と言ってくれるだろう?



 ――自分の力に気付いてみて。

 君が願えば、望んだ通りに足は動く、どこまでだって手は届くさ――



 胸に湧く言葉を手に握りしめて、イリスは頬を赤らめて瞳にまばゆい力を込めた。

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