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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
一章【虹の門出】
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10話『ワクワクお風呂ターイム!』

 ――いっぽうその頃、病院戦艦の万葉靖治は、愉快な笑い声を上げていた!


「わあー! すっごいすっごい、この砂漠ぜーんぶ海と置換されたんだ! さっきは気づかなかったけど、あっちに陸が見える! あれが大阪?」

「いえ、あちらは淡路島になります。現在地は島から東に10キロメートルほどの位置になります」

「そっか、じゃあ反対側が……あーっ、見える見える! 砂漠に紛れてわかりにくいけど街がある!!」

「あ、あの、靖治さん? そんなに甲板から身を乗り出すと危なっ……キャー! 靖治さーん!!?」


 靖治は甲板から見える景色をひとしきり味わったあと、今度は設置された巨大な砲台をベタベタと触りだす。


「スゴー、でっかー! 大和みたいだね!」

「はい、こちらの主砲は第二次大戦時の大和と同じく45口径46cmになります。しかしながら実弾を発射する機構ではなくここまでのサイズは必要ありませんので、設計者のユーモアと思われます」

「実弾じゃないの!? じゃあ何撃つんだい!? ビーム!!?」

「圧縮したエネルギーを加速させて空間を破砕する方法です」

「空間破砕砲! カッコいい!! ねえ撃てない!?」

「えっ、いや、今は空間防壁で艦を覆ってるので出来ません」

「防壁!? バリア!? あるの!? 見たい!!」

「あの、破損しない限りは無色透明ですので見えません」

「……壊しちゃダメ?」

「ダメです!!」


 甲板を一通り見て回ると、今度は階段を降りて艦内へと潜っていく。

 黒系の金属素材を使って作られて整った廊下を、靖治は新品の靴でガンガン踏み鳴らしてあちこち興味を持って方へと進んでいく。


 ある時は甲板直下の広い空間へ。


「これは!?」

「格納庫です、戦闘用のロボットや移動用ビークルなどを保管しています」

「僕が乗れるロボットとかない!? 四足とかグレネードキャノンとか付いてるの!?」

「不要なので作っておりません」


 ある時は奥深くにある、異様な青い輝きを放つ動力炉へ。


「これは!?」

「感のメインエンジンです、崩壊した境界面から溢れたエネルギーを抽出しています。あっ、サングラス取っちゃダメですよ、失明します!」


 ある時は別の区画にある、コンベアーで素材を運び出してくる機械の元へ。


「これは!?」

「ファクトリーです。元素転換装置と分子レベルの3Dプリンターで何でも作れます。今は戦闘で崩れた病院の修復素材を生産中です」

「何でも!? じゃあ作って欲しいものがあるんだけど!」

「はい、なんでしょうか?」

「メガネ」

「メガネ……?」

「うん、メガネ」

「靖治さんの視力は、ナノマシンにより両目とも1.2まで回復しているはずですが……」

「それはそれとしてメガネは魂だから」

「はあ……」


 真新しい銀縁の伊達メガネを作ってもらった靖治は、日が暮れるまでドップリと時間をかけて大いに戦艦を楽しんだ。

 無機質な硬い廊下を新品の靴で存分の踏み鳴らして反響を味わい、ルンルン気分で戦艦上部の病院部分へと戻ってきた。

 そこで夕食としてよくあるブロック状の栄養食品(軍事用の糧食をファクトリーで製造したらしい)を三箱も平らげて太ったお腹を擦り、はしゃぎ疲れた体を癒そうとお風呂に入ったのだった。


「いやー、お風呂まであるなんていい病院だね。僕が入院してるところはなかったからなー」


 この病院の構造は、なぜか靖治が千年前に入院していた病院とそっくりだがところどころ違うらしく、患者たちが共同で使う入浴場が作られていた。

 脱水所で服を脱いでタオル片手にいざ浴場への引き戸を開くと、広々とした浴槽が湯気を上げていた。

 普段からあの無人ロボットたちが整備してくれたのだろう、床のタイルがピカピカで気持ちがいい、ついでにイリスに作ってもらったメガネは湯気でも曇らない特殊コーティングで非常に使い勝手がいい。まあ視力が回復してるので使う必要はないのだが。


 そろーりとお湯に足を伸ばし、つま先でちょんと触れて熱さを感じた。

 千年も氷漬けになりながらちゃんと温かさを感じられることに姉へ感謝を念じながら、靖治は足を突っ込みお湯に体を浸からせた。


「おぉ~ぅ、いいお湯ー。極楽極楽……」


 頭の上に畳んだタオルを乗せて、あつぅーい息を吐いて肩の力を抜いた。

 そういえば千年も経って仏教はどうなったんだろうかと考えながら、肩までお湯に埋めて体を温める。


「あー、今日はひっっっっさしぶりにはしゃいじゃったなぁ。あんなに歩いたのは久しぶりだ、でも千年と比べたらほんのちょっとか」


 イリスの言う通り、靖治は今日一日無理な運動を控えて歩くだけに押さえた、だがこれだけでも靖治には長らく与えられなかった自由だ。

 懐かしい中学の入学式、姉の反対を押し切って学校まで徒歩15分ほどを歩いて登校したのがまともに歩いた最後の記憶だ。その後も、家に帰ってすぐ倒れて入院したことであるし、総歩数なら今日が人生で一番多かった日かもしれない。

 靖治はふと自分の体を見下ろして、薄い胸板の上に手を置いた。


「……僕、ホントに走れるようになるのかな」


 いきなり目覚めて、ハイ治りましたと言われても、実はまだ現実感がなかった。

 自分が健康になって走り回ってどこへでも行けるとは、本心ではとても思えない。

 それと比べれば、異世界とごちゃごちゃになったというこの世界の惨状のほうがまだ幾分か「そういうのもあるか」と受け入れられたものだ。

 イリスには外に行くと宣言したが、本当にこの病院戦艦から出て自分は生きていけるのか、靖治はつい不安で手を握りしめた。


『――靖治さーん! 湯加減はいかがですか!?』

「んっ!? イリス?」


 入り口の扉から聞こえてきた声に靖治は顔を上げた。

 どうやらイリスが脱水所まで来ているらしくすりガラスの向こうに影が見えるが、何やらもぞもぞと動いている。


『靖治さんの体温に合わせて少し低めの温度で沸かしました!』

「上々だよー! いい気持ちー!」

『それは良かったです! 温感センサーはありますが人間の基準はデータでしか知りませんでしたから。今、お手伝いに行きますね、んしょ……っと』

「ん? 手伝い?」


 すりガラスの向こうに映ったメイド服を着ていただろうイリスの姿が、動くたびにスリムになって艶めかしい女体の輪郭が露わになっていく。

 これはもう、もしかしなくても――。


『こういう時はお背中をお流しすると過去の文献から読み取っております! というわけで靖治さん! 不肖イリス、参ります!』

「あー、ちょっと待っ――」


 ぼんやりとした靖治が一度止めようとする間もなく、浴場の扉がガラガラと音を立てて開かれて、そこに見えた光景に目を見開いた。

 予想通り、イリスが立っている。頭のふわふわのヘッドレスとポニーテールをまとめるリボンはそのままに、残った衣服の一切を脱ぎ去った彼女が手にボディスポンジを構えて仁王立ちだ。

 ただこれが通常の女性とまったく違うのは、首から下の肌はすべて白銀のプレートを組み合わせたようなものであり、突起も窪みもないなだらかな曲面が光沢を放っているだけであった。

 手足の指にはもちろん爪はなく、細かな関節に合わせて溝が影を作っている。

 胸部もまた、人間の女性に似せて少し厚みを盛られているが見るからに硬そうだ。

 その視覚的にハッキリと、人あらざるものとわかるプロポーションに、靖治は。


「ん~~、グッジョブ! そういうのもアリ!」

「身体をお洗いしてよろしいということでしょうか?」

「ああいや、違うよ。ごめん、こっちの話」


 彼女の設計者がどこの誰かはしらないが、非常にいい仕事っぷりに靖治は思わず両手で親指を立ててしまった。

 靖治にはこの程度の人外など、問題視することはなかった。西暦二千年代の日本のオタク文化ではこういうキャラクターもよく目にしたことであるし。

 しかしアリだからと言って女性をジロジロ見つめるのは失礼だったと、靖治はコホンと咳払いして話を改めた。


「あー、イリス? 僕の身体を洗ってくれるの?」

「はい、もちろんです! 私はもともと看護用ロボットですから!」

「そっか、イリスは良い子だねぇ。でももう少し浸かってからにするから」

「わかりました!」


 そう言葉を返してからしばらく靖治は湯船に浸かっていたが、イリスは扉の前でスポンジを構えたまま立ち続けていた。


「――イリス、僕が洗うまで立ってるの?」

「はい、ここでお待ちしております!」

「そっかぁ、一直線だね」


 靖治としては女の子に身体を洗ってもらうというのも、それはそれは素晴らしいことだが、何かが彼の欲望に待ったをかけていた。


「イリス、お湯に触れても大丈夫なら、隣に来ないかい?」

「一緒にお風呂に浸かるということですか?」

「うん」


 靖治は穏やかに尋ねた、そこに思春期の男子特有の必死さは微塵もない。


「しかし私は見てのとおりロボットですから、体を温めても意味はありません」

「そうかもしれないね。だけどお湯が気持ちいいからねぇ、一緒に楽しもうよ」


 靖治はひたすらのんびりと、浴槽のふちに緩んだ頭を乗せて誘いかけた。

 この言葉にイリスはしばし目を見開いて固まると、やがてスポンジをおろしてうなずいた。


「わかりました。この義体は水深五百メートルまで潜水可能です、僭越ながらお邪魔します!」

「うん、いらっしゃい」

「あっ、しかし髪の毛を湯船に浸けるのはマナー違反では!?」

「いいよいいよ、他に誰もいないし。僕もタオルお湯に入れるね」


 靖治は頭に乗せていたタオルを引きずり込んで、腰に巻いて局部を隠した。

 許可をもらったイリスは、安心して浴槽に近づいて、湯船に足を入れる。


「それでは、失礼します」


 チャプンとお湯を揺らしてイリスが肩を並べて湯船に浸かり、小さな波が靖治の肩をパシャリと叩いた。

 お湯の中で長いポニーテールの銀髪がゆらゆらと漂い、照明に照らされて鮮やかな輝きを放つ。

 靖治とイリスはお互いに扉の方を向いたままじっと湯に包まれていると、靖治の方から口を開いた。


「イリスは、お湯、気持ちいい?」

「いえ、わかりません! しかし温感センサーによればお風呂の温度は39.1℃です、この温めのお湯なら副交感神経を働かせリラックスできると思われます」

「それはよかったよ。そういえばイリス、肩を撃たれてたと思うけど、傷は大丈夫なのかい?」


 昼間の襲撃では、狼人間が撃ったライフル弾がイリスの肩に直撃していたはずだ。

 だが今のイリスを見るに、彼女の体のどこにも傷はなく全身ピカピカで新品のようだ。


「すでに修復が完了しております。私の体にもナノマシンが内蔵されており、衣服まで含んだ自動修復が可能です!」

「ほぇ~、そりゃすごいね」

「本当ならこの機能を靖治さんに利用して、もっと早くに目覚めさせられればよかったのですが……この世界では空気中に魔力やマナと言った未知のエネルギーや他のナノマシンが充満しているので、人体に投与すると干渉しあって正常に機能できず、より完璧なナノマシンの完成に時間がかかってしまいました」

「二百年だよね。そんなに長いあいだ頑張ってくれてありがとう」

「それが私の役割ですから!」


 労いの言葉にイリスは笑顔で答えてくれて、靖治も気が楽になった。

 お互いに裸になったところで、靖治はこれからの関係のために、大事なことを問いかけた。


「ねえイリス、もう一度聞くけど、君は女の子って区分でいいのかな?」

「先程お伝えしたとおり、靖治さんの好きにしてくれて構いません。元々の私はただの看護ロボットで無性でした、現在は女性型の義体に人格をダウンロードしましたが形以上のものはありません」

「そっかぁ」


 ある意味ロボットらしいと言える、どちらともいえない回答だった。

 靖治はのんびりとした顔の下で、少しばかりイリスとの距離感を測りかねていた。


 出会ってまだ一日ばかりだが、靖治はすでにイリスに対して警戒心はない。元より病弱でずっと他人に頼ってきた靖治は、イリスが信頼が置ける存在だと直感していたし、どちらにせよ彼女に頼らなければこれから生きてはいけないだろうから、とことん信頼するまでだ。

 それはそれとして、彼女をモノ扱いしたり軽んじるつもりはない、イリスの尊厳を尊重したい。

 助けることが役割だと言ってくれるイリスに対し、やりたがってるからと言って気軽に体を洗わせるようなことは、彼女の使命に付け込んだ自由意志の侵犯ではないかと心配だったのだ。

 もちろん、女の子に甲斐甲斐しくお世話してもらえるのは本望である。


「私が女性かどうかが靖治さんには重要ですか?」

「僕にとっては重要じゃないけど、たぶんイリスにとっては重要。だから結果的に僕にとっても重要なこと」

「……? 言動の意味がよくわかりません」


 イリスは虹色の瞳を靖治にまっすぐ向けて、瞬きもせずに首を傾げた。


「キミのことをできるだけ大切にしたいってことさ」

「そのような心配は無用です、この義体は特別頑丈ですから、多少の負荷は問題になりません!」

「はは、そっかぁー」


 イリスの個性あふれる回答を靖治は笑って受け止める。


「でもイリスはかわいいからね、あんまり酷いことはしたくないな」

「かわいい……ですか? 私が?」

「うん」


 再び首をかしげたイリスへと、靖治は顔を向けて真正面から口を開いた。


「君の美しい眼や髪も、優しい顔立ちも、自分のやりたいことに真っ直ぐなところも、どれもみんな可愛くてついドキドキしちゃうよ」


 その言葉に、イリスは虹の瞳を大きく見開きて息を呑むと、その直後に彼女の頭がパックリと開いて、中の人工脳が露出して『ポォー!』と汽笛のように蒸気を吐き出した。

 突然の奇行に、靖治は煙を見上げながら「おぉー」と面白そうに声を上げている。


「どしたの?」

「緊急冷却です! カワイイと唱えられてから、義体内部の温度が急激に上昇し始めました!」


 冷却を終えて、割れた頭を閉じたイリスだが、その顔はさきほどよりも赤みが差しており、瞳の虹も波のように不規則に揺れている。

 自分の変化を抑え切れないように、硬い金属の胸を握りこぶしで抑えた彼女は、顔をうつむかせ、前髪で目元を隠しながら立ち上がった。


「こ、コアの熱量上昇を検知。すみません靖治さん、私は戻って自己メンテナンスをしなければなりません」

「うん、足元に気をつけて」

「は、はい、わかってま――あわっ!?」


 浴槽から出ようとする時に、慌ててフチに足を引っ掛けながら風呂場から出で行こうとする。

 その背中を、靖治は呼び止めた。


「イリス、ちょっと待って」

「何でしょうか、手短にお願いします!」


 胸を抑えたまま苦しそうに振り向くイリスに、靖治は浴槽に顔を寝かせながらのんびりと語りかけた。


「もし君が、本当に心を持った機械なら、気持ちが高ぶったときには、わぁー! って声を上げて走り回ってみて」

「そしたら、どうなりますか?」

「もしかしたら、気持ちいいかもしれないよ」


 にへらと笑う靖治に、イリスは顔を赤らめたまま「わ……わかりました」とだけ困惑気味に答えて、浴室から出た。

 彼女を見送った靖治は、お湯に揺られて気持ちよさそうに顔を緩めている。


「……うん、女の子だ」


 嬉しそうに呟いて、久しぶりのお風呂は長湯した。

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