上位種に転生出来るらしいので、前世の母国を滅ぼすことにする
自分で言うのもなんだが、私は実直な女だった。
国の為、仲間の為に、来る日も来る日も誰よりも真面目に働き続けた。
しかし、私達の国の王族は暗愚だった。
女王を始めとする王族達は、私達から一方的に搾取するばかりで、自分達は王城の奥深くで昼夜を問わず淫蕩に耽っていた。
そして、その王族を守る兵士達も、兵とは名ばかりの穀潰しだった。
奴らが守るのは王族だけ。私達平民がどれだけ死のうと奴らは知ったことではない。
しかし、奴らが守るその王族は、安全な王城から一歩も外に出て来ないのだ。そんな状況で、兵として外敵と戦う機会など訪れるはずもない。
実質、奴らは私達平民の上に立ち、女王の手足となって私達から搾取する監督官でしかなかった。
そんな国の現状に嫌気が差したのか、仲間達の中には兵士の目を盗んで仕事をサボる連中もいた。
しかし、そんな中でも私は誰よりも真面目に働いた。
その甲斐もあって、私は女王の側近くで働く機会を得た。これで、何かを変えられると思った。
……真面目に誠実に生きていれば、いつか報われる日が来ると思っていた。
愚かな女王達も、いつかは目を覚まし、心を入れ替えてくれると信じていた。
結局、そんな日が訪れることはなかったのだが。
「あなたは死にました」
気付けば何もない空間で、私はそんな声を聞いていた。
はっ? 死んだ? なんで?
「落石事故ですね。あなたは運搬作業の最中、落石事故に遭って死亡しました」
落石事故……? そう言えば、不意に私の周囲に影が落ちたと思った次の瞬間、全身を凄まじい衝撃が襲った記憶がある。あれは落石だったのか。そして私は死んだ……と。
「はい、つきましてはあなたは来世に――――」
(待って、ちょっと待って。私が死んだ後、仲間は、女王は……国はどうなったの?)
周囲から響く声を遮り、必死に問い掛ける。
自分が死んだのはもう仕方がない。しかし、それが齎した影響についてはどうしても知っておきたかった。
私が死んで、仲間はどう思っただろう?
誰よりも精勤な部下だった私が死んで、女王は何を思っただろう? 少しでも我々平民に対する意識を変えてくれただろうか?
そして国は……私達の国は、少しでもいい方向に変わったのだろうか?
「特に何も」
答えは……無情だった。
(……何も?)
「はい、あなたの亡骸は落石の下から回収されることもなく、その場に捨て置かれました。そしてあなたの仲間達も、特にそれまでとなんら変わることのない日常を過ごしています」
……そんな。
ならば……ならば、私は何の為に生きていたのか。
何の為に、毎日必死に身を削り、国の為に尽くしてきたのか。
私の忠誠は……奉仕は……一体、何の為に…………。
私の中で、それまで信じていたものがガラガラと音を立てて崩れていくのを感じた。
仲間に対する友情も……王族への忠誠も……そして、愛国心も…………
全てがひび割れ、崩れ落ちた。
そして、その瓦礫の山に火が点いた。
その火はたちまち、私の想いの欠片を燃料に、暗く激しく燃え上がる。
その火の正体は……憤怒。そして憎悪だ。
私を使い捨ての道具のように使い潰し、私の想いをゴミのように踏み躙った全ての者に対する、圧倒的なまでの破壊衝動だった。
「話を続けます。あなたは前世において善行を積み続けたため、来世で上位種に転生することになりました」
今まで感じたことのない暴力的な衝動に支配されている私のことなど知らぬげに、声は続けた。
そして、荒れ狂う激情に支配されていながら、その言葉は私の興味を引いた。
(……上位種に転生?)
「はい、あなたは前世とは比べ物にならないほどに優れた存在として生まれ変わることになります」
……その言葉の意味を理解した時、私の心に浮かんだ考えはたった1つ。
復讐だった。
(……その上位種に転生すれば、奴らに復讐することが出来るの?)
私を見捨てたクズ共に、私を使い潰した女王に、この怒りをぶつけることは出来るのか?
「容易いことでしょう」
その言葉は、至極あっさりと告げられた。
私の心の中が、どす黒い歓喜によって埋め尽くされる。
だが、喜ぶのはまだ早かった。
「しかし、それは不可能でしょうね」
……なに? 不可能? なぜ?
「あなたの魂は転生の際、前世に関する記憶を全てリセットされます。あなたのその復讐心も、間もなく全て消え去ります。なので、復讐すること自体は容易くとも、実行することは不可能でしょう」
……なっ……そん、な…………!?
あまりのことに呆然とする私の身体が、不意にどこかへと引っ張られる感覚がした。
「始まったようですね。それではごきげんよう。よい来世を」
(待って、お願い待って!)
必死に声を上げ、私を引っ張る力に抗おうとする。
しかし、声の気配は遠ざかり、私は抵抗も虚しくどこかへと引きずり込まれていった。
それに伴って、私の中の記憶がどんどんと削られていく感覚がする。
かつての仲間も……ただひたすらに働き続けた日常も…………その全てが形を失い、消え去って行く。
でも、それでも私は忘れない。
この復讐心を。
これだけは、私の魂の奥深くに刻み込んでおく。
たとえ全てを忘れてしまったとしても、私は必ず――――
(奴らを……滅ぼしてやる)
その想いを最後に、私の意識は途切れた。
その日も女王は、王城の私室で昼日中から男を囲って淫蕩に耽っていた。
もう何年、いや、何十年とこんな生活を続けている。
数年前、彼女に直接税を納める役目を負い、そして間もなく不幸な事故で死んだ平民の女のことなど、彼女の記憶には全く残っていなかった。
その日も、いつも通りの何気ない日常が続くと、何の疑いもなく信じていたのだ。
……外が騒がしい。
そう思って女王が身体を起こしたその時、近衛兵が慌てた様子で室内に駆け込んできた。
しかし、その近衛兵が何かを言う前に、その背後の壁が吹き飛んだ。
いや、壁だけではない。次の瞬間、逃げる間もなく天井が崩落した。
女王が這う這うの体でなんとか天井の残骸の下から這い出すと、頭上には青空が広がっていた。
その青空が、巨大な何かによって遮られた。
女王が呆然と見上げる中、それは女王の周囲に影を落としながら、物凄い勢いで落下してくる。
女王は必死に逃げようとするが、到底間に合わない。
全身を襲う凄まじい衝撃。その感覚を最後に、女王はその意識を永遠に飛ばした。
「こらっ! ももちゃん何してるの!」
昼の公園に、1人の母親が幼い娘を叱る声が響いた。
「やめなさい! アリさんが可哀想でしょ!」
母親に叱られているその少女は、地面を這い回るアリの群れを執拗に追い回しては、その小さな足で踏んづけていたのだ。
叱られた少女は不貞腐れたような顔をすると、母親に背を向けて砂場の方へと走り去ってしまう。
「ももちゃん! はあ……もう…………」
「あらあら、ももちゃんどうしたの?」
「あの子ったら、またアリを踏んづけてたのよ」
「あら、でも珍しくはないんじゃない? ウチの子だって小さい頃はよくやってたわよ?」
「でもあの子、この前は家の庭にあったアリの巣をスコップで掘り返してたのよ? いくらなんでもそこまでやるのはちょっと変じゃないかしら?」
「たしかに……それはちょっと……」
「私が止めた時、あの子巣の奥にいたスゴイ大きなアリを何回も踏んづけていて……女王アリってあんなにデカかったのね。私知らなかったわ」
「あらまあ……アリに何か恨みでもあるのかしらねぇ」
「ぷっ、アリに恨みを持つってどんな状況よ」
「ふふっ、それもそうね」
公園に母親達の和やかな笑い声が響き渡る。
その笑い声を背後に、少女は足元のアリにじっと視線を落とすと…………何かに衝き動かされるように、その小さな足を持ち上げるのだった。
とある働きアリの物語
仏教で言う輪廻転生って要するにこういうことですよね?(たぶん違う)