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A Hole New World  作者: やまけん
2/5

Hole2 時をかける穴

「アラジンのコンドーム、アラジンのコンドームはどうですか〜。試供品もありますよ〜」

「このコンドームはあなたの願いを3つ叶えます。持久力を高める液。相手を気持ち良くさせる液。自分を気持ち良くさせる液」

「どれも使用者・パートナーに応じてその場で生合成!」

「さぁ見てって見てって、21世紀の天才科学者とタッグを組んで作った新商品。社長さんたちの販売店に卸したら商売繁盛間違いないなし」

「千ある夜も間違いなし!」

 何千という企業、大学、研究所の関係者が集まる「ヘルスプロモーション国際学会」にて、俺は新商品が梱包された箱を片手に、必死にセールストークを繰り返していた。

 どの人も俺に話しかけはせず、通りすがりに隣に積んである試供品のタワーから1箱持っていくだけだった。ドラックストアやスーパーマッケトのバイヤーがたまにチラシを持って行ったりはするが。

 この学会のメインはどちらかというと健康管理アプリケーションや、ダイエット新薬であって、避妊具販売会社なんて、おまけどころかアウトサイダーだ。

 そういう心持ちで目の前を行き交う人々を眺めては、早く終わらないか、昼食スペース混みそうだなあとか、考えてもしようのない事ばかり、頭に浮かんでは沈めて流していった。

「モウカリマッカ?」

 片言の日本語がふいに耳に届いた。

 振り向くと、そこにはよく知る優顔のイケメン白人男子がたっていた。

「日本だとそう声をかけるのがセオリーって聞いたんだけど」

 大学の旧友、マーサ・チェイスだった。

「うちの親父はカンサイ地方じゃねぇよ。あと、俺は日本にいったことすらねぇからイントネーションの正解もわからん」

 そうなの? といいながらチェイスはにやにや笑い、彼もまた他の来客者にならって試供品を手に取った。

「でも、まさかね。こうやってまた一緒に仕事することになって、それが商品になるなんて」

 チェイスは人差し指で角をテーブル面に付けた箱を支え、親指でコマのようにくるくる回した。

「まっ、納入先はまだ全然決まっていないがな(笑)」

「えっ、でもすぐに決まっていくんじゃない? さっきも販売店の人が見にきていたよね」

「あーあれか、あれはだめだ。日本のラムタラって会社みたいなんだが、店舗数が少ない。アダルトグッズには強いらしいが……」

「センリノミチモイッポカラだよ」

 チェイスはまた覚えたての日本語を得意げに使った。

「ほんと、アメリカ人とは思えないくらい、日本語に詳しいな」

「全部、アルフに教えてもらった言葉さ」

 今回宣伝しに来た我がアラジン社の新製品「アラジンのコンドーム」は、名門ANAL.Tech.大学の微生物工学研究室の准教授、チェイス博士の協力によって完成にいたった。

 俺と大腸菌工学のコンテストに出て以来、生物学に興味を持ったチェイスは、情報工学科から生物工学科に転科し、大腸菌を用いた通信モジュールの開発、生体内情報センシングの研究を続けた。当時、情報科学のできる生物学徒が貴重だったのと、彼の研究評価が今世紀に入って高まったことで、チェイスは知る人ぞ知る次世代を担う研究者となり、そのまま僕らの母校で研究ポストを得たのだった。

 一方、同分野のチェイスの活躍の影に隠れてしまった憎っくきハージは、大学から逃げるように就職していった。といっても、アメリカ有数の健康関連会社に就職したので、給与的にはハージの方が断然上だ。ただ、チェイスのポストが決まったときのあのハージの悔しそうな顔ったら……、控えめに言って最高だった。

 話を戻そう。

 チェイスの研究も今までは、あくまで「研究・開発」の域を出なかったが、通信網、通信速度、サーバコンピューティングの進歩のおかげで、「実用」段階へと移る時代が来た。ただ、新しいものはどの時代も受け入られ難く、段階を踏まなくてはならない。

 その最初のステップが避妊具メーカーのアラジン社、うちの会社だったってわけだ。新しい世界はいつも、アダルトな分野が拡げていくものだ、コミック然り、オーディオビデオ然り。

 チェイスと共同開発した「アラジンのコンドーム」は所謂「精液溜まり」にあたる先っぽの構造が、通常のものと異なる。普通コンドームというものは射精後に、その精液を貯めておくための(から)になったスペースが、先端に存在する。

 アラジンはこの部分を改良した。精液溜まりの基部側70%は通常のものと同じ空になっているが、先端側30%は2つの液体で満たされた小包(パウチ)を備えた空間になっている。女性器に突き刺さる側を「ジャスミンパウチ」、亀頭側を「アラジンパウチ」と呼ぶ。


挿絵(By みてみん)


 それぞれのパウチの中には、ゴム越しに生体情報を感知し、その受け取った情報を元に生合成を行う大腸菌を充填している。ただ、これらの大腸菌はあくまでディスプレイ機能しか持たない。ただの窓口だ。

 センシングした情報の処理、生合成物質の決定などは全て、大腸菌からの通信を受け取った体外のサーバで行い、処理内容をそれぞれの大腸菌に返す。そして、ジャスミンパウチでは女性を快楽に導く物質の生合成が行われ、コンドームの最先端から、女性器にパウチの内容物が放出される。

 一方アラジンパウチ側では男性を快楽に導く物質と、息子の持久力を高める物質が生合成され、コンドームの内部、亀頭側に放出される。それぞれ放出されるまえに大腸菌は溶け、体に無害な物質にまで分解されているので、衛生面も問題ない。

 ちなみに、公式には書いていないがアナルセックスにも対応済みである。化学物質の体内への吸収率は腸内の方が高いので、むしろアナルセックスにこそこの商品のスペックは最大限に生かされるのかもしれない。まぁ生みの親の希望なのだからしょうがない。

「チェイスのためのコンドームだな」

 俺はパッケージを眺めながらぼそっとつぶやいた。

「……じゃあ、早速」

 と中身を取り出すチェイスにおののいて、俺はとっさに菊門を両手で抑えた。きゅっ。

「じょうだん」

 どこまで冗談なのやら。ニッコリ無邪気に笑うチェイスの顔は底の知れない恐ろしさを秘めていた。

 また脱線した。とにかく、消費者の皆さんに一番お伝えしたいのは、

 “生きた状態の大腸菌が体内に放たれない”ということだ。

 それぞれのパウチから内容物が解き放たれるのは、大腸菌が完全に、アミノ酸レベルまで分解された後だ。跡形もなく、散り散りになった状態でしか肉体と接しない。

 いくら、開封して数時間後に作動する大腸菌自死プログラムが組み込まれているとしても(ゴムが期待していないタイミングで破れる場合を危惧して、開封後に自死プログラムが走り、分解される仕組みになっている)、ゴム越しでなく直接体内から生体情報をセンシングするほうが、精度・コストカットともに高まるとしても、そこのラインは越えちゃいけない、という結論にチェイスと俺は至った。

 リスクを下げる意味もある、消費者が安心して使えないという心理的な側面もある。が、ほんとのことを言うと直感だ。研究では、パウチ内での培養を想定した実験しかしていないので、フィールドが生体内にまで広がったときにどうなるか想像つかない、という不安を振り切れなかった。されど大腸菌といってもあなどるべからず。

 これらがアラジンのコンドームの成果であり、現状だ。

 未来に関しては一部の賢い開発者は気付き始めている。そう、これがただの避妊具で終わる技術ではないということを。

「……ぴーががー」

 見上げて耳をすませると、会場上部のスピーカーのスイッッチが入る音がした。

「この後……、13時からは……、アメリカン・ヘルスケア社による、新商品のプレスリリースが行われます」

「健康生命情報管理部長、ハージ博士による発表です。皆様……ふるってご参加ください」

 アメリカン・ヘルスケアは全米トップの健康管理商品の販売会社だ。俺らが学生時代に参加した大腸菌工学コンテストもそこの主催で行われていた。

「ハージの会社みたいだね……しかもハージが発表って……」

 そしてあのクソったれハージが勤める会社でもある。

「どうせ、またダイエット食品かなんかだろ。この国は基本それを出しときゃ売れるからな」

「おしいっ!」

「『ダイエット』ってところまでは当たっているんだけどな〜。さすが僕と同じ大学を出ただけはあるなぁ」「ハシモトくん」

 視線をスピーカーから戻すと、白スーツに金髪長身ファッキン野郎がニンマリ笑って立っていた。

「!?」

「よぉ、負け犬。元気か」

チェイスは優しいからハージに驚いた顔を見せたが、俺は優しくないので会ったら伝えてあげようと思った挨拶を飛ばした。

「だっ、誰が負け犬だっ! 俺は最初から、博士出たらこの会社に行くつもりだった! コネクションもあるし」

「へー、そこまで聞いてねぇけど」

「うるさいっ! そんなこと言ったら、お前だって」

「俺は穴についていないだけだ。まぁ今は穴を埋める商品を楽しく売っているよ」

 ハージの無駄にデカイ身体がプルプル震えている。

「けど、良かったじゃん。なんか出世してるっぽくて。この後の発表もお前なんだろ」

「ごほんっ、んんそうだ。だからお前たちみたいな避妊具しか作る能のない底辺と、話している時間はないんだよっ」

 そういってハージは踵を返した。

「おいおい、結構いい商品なんだぜ。持っていけよ」

 俺は立ち去ろうとするハージの上着のポケットに無理やり突っ込んだ。

 あらかさまに嫌な表情を示した顔が、気持ち悪い笑顔に変わった。

「もらっておいてやろう! その代わり! この後のうちの会社の発表、必ず見に来いよ!」

 そう言って、ハージはかつかつとセミナースペースへと歩いて行った。

「あいつ、卒業してから友達少なそうだよな」

 ハージは俺らに、消えないトラウマを植え付けた憎むべき同級生ではあるが、最後の最後でチェイスに立場を逆転された一部始終を見てきているので、同情の余地も持てるようになった。

「まぁ、でもあれだけ堂々と宣伝するってことは、きっとすごい商品なんじゃない? 見に行こうよ」

 チェイスは言った。

「そうだな」

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