レベル上げ
やってきました、素材屋さん。初めて入ったけど、薬草とか動物の皮とか鉱石とか、他にもいろいろ売っていた。
店の両サイドに棚があり、ところ狭しと商品が並べられている。種類ごとに分類されていて、目当ての品を探しやすい。生産職用のお店かと思いきや、素材を売りに来ているプレイヤーも多いようだ。
何はともあれ、今俺がするべきことはお買い物だ。俺は女将さんに渡されたメモを片手に、商品を手に取っていく。
頼まれたのは薪を2束と木くずを1袋。カウンターにいるちょび髭のおっさんに商品を手渡し、会計をしてもらう。
紙袋に入れられた商品を受け取った俺は、小さな声で“ありがとう”とだけ言ってそそくさと店を出た。
店を出るまではかなり気を張って警戒していたけれど、呆気ないほど何事もなく買い物は終了した。
「なんか意外に大丈夫っぽい?」
買い物くらいならNPCと会話しても問題はないようだ。ただ会話中に口を滑らせる可能性を考えると、必要以上に接触するのは止めた方がいいな。
NPC絡みのクエストを受けるのは今回限りにして、好感度が上がるような行動はなるべく控えよう。
「とりあえず宿に戻るか」
夕焼け色に染まった道をいつもより足早に歩き始めた。
***
宿に着いた俺はそれほど緊張することなく、女将さんに買ってきた物を手渡すことができた。宿屋で木くずなんて何に使うのかと思ったら、燻製を作るのに使うらしい。
作り方を教えてあげるという誘いに少しだけ心惹かれたけれど、興味がないからと断った。さすがにこれ以上交流を持つのは良くない。
そして今、俺はベッドに座って明日からどう行動するか考えていた。俺がするべきことはゲーム内の情報を集めることなのだ。予定外のクエストを受けている場合ではない。
ギルドカードに表示された自分のステータスを見て、思わず長く重い溜め息を吐き出した。
現在の俺のプレイヤーレベルは5だ。
攻撃は主に火魔法を使っていたから、それに伴って火魔法のスキルレベルが2になり、魔力量と魔法攻撃力が6%に上昇しているけど、ぶっちゃけゲームを始めたころから、ほとんど成長してない。
誰だよ、食べ歩きなんて暢気なことしてたの!って俺か。
「う~ん、街道沿いを進むとしても最低でもレベル10は欲しいよな」
街道沿いは比較的魔物との遭遇が少ない。誰かとパーティを組めば今のままでも十分移動はできる。とはいえ、この状況で見知らぬ相手とパーティを組んでくれる奴なんていない。
ヨークもたぶん無理だな。フレンド登録しようとは言ってくれてたけど、他の町に移動するつもりはなさそうだった。この村なら少なくとも宿に泊まれるんだから、弟や妹の面倒をみてる彼に一緒に来てくれとは言えない。
「やっぱり、レベルを上げないとどうにもならないか」
頑張れば2,3日で目標レベルには達するだろう。次の報告メールまでには隣町に行けるはずだ。
そうと決まれば、明日は朝から草原エリアにお出かけだな。
狐型の魔物・フォックステイルを倒すのはまだ無理だし、野ウサギはたいして経験値は入らない。となると、ターゲットは俺でも倒せて経験値もそこそこ入るプレイリー・スクイレルだ。
***
朝日に照らされた草原を一陣の風が駆け抜けていく。数枚の葉が中空に舞上がり、ほのかな草いきれが薫る。
とても爽やかな朝だった。……俺の足元にプレイリー・スクイレルの死骸が転がってさえいなければね。
「も、ほんと勘弁して…」
ゼイゼイと肩で息をしながら、木の杖で身体を支えつつ回復薬を煽る。レベル上げのために陽が昇った直後から狩りを始めた俺は、魔物たちの洗礼を受けた。
たんに活動中の他のプレイヤーが少ない時間帯だから、魔物と遭遇する確率が跳ね上がっただけなんだけどね。
魔法での遠距離攻撃に集中しようとすると、どうしても魔物に近付かれてしまう。その結果、接近戦に持ち込まれて体力を削られていくのだ。
なんとか杖で応戦してるけど、回復薬もそんなにある訳じゃないのに。しかも魔力切れを起こすのが早い。魔力は休憩していれば自然に回復するとはいえ、このままではレベルを上げるのにどれだけ時間が掛かるかわからない。
これは戦法を変えた方がいいかもしれない。今までは魔物を見つけたら魔法発動、そのあとも魔法で攻撃しようとしていた。そうすると魔法発動のインターバル中に近寄ってきた魔物に攻撃されるんだよな。で、もたついている間に近くの魔物まで寄ってきて囲まれる、と。
なら1発目の魔法発動直後に、いっそのこと攻撃方法を杖術に切り替えてみたらどうだろう。接近戦にはなるけど、もたついて囲まれるよりはましかもしれない。
魔法のスキルレベルは上がりにくくはなるけど、囲まれたら結局接近戦になるんだ。やってみる価値はあるかも。
リス型の魔物プレイリー・スクイレルを見つけた俺は背後に回り込んだ。気付かれるギリギリの距離で止まり、ファイヤーボールを放つ。
気配を察したのかキョロキョロと辺りを見回していたプレイリー・スクイレルの背中に直撃したのを確認した瞬間、俺は間髪入れず走り出した。
プレイリー・スクイレルが体勢を立て直す前に、木の杖を振り被る。頭部目掛けて思いっきり打ち下ろした。
「げっ、外した!」
頭部を狙ったはずの杖は肩口を軽くかすめただけだった。俺の攻撃よりプレイリー・スクイレルが体勢を立て直すほうが、わずかに早かったらしい。
「キュッ」
怒りを込めた短い一鳴きと共に、プレイリー・スクイレルの尻尾がぶわりと逆立つ。俺はとっさに後方に飛び退いた。何度か喰らったからわかる。あれは尻尾をぶん回して攻撃してくる前の予備動作だ。
思った通り俺の眼前を茶色い縞模様の尻尾が通り過ぎていく。大振りな攻撃は外すと隙ができやすい。
好機と見てとった俺は杖を持ちかえた。 両手でしっかりと杖を握り、瘤のように膨らんだ上部ではなく尖った下部を突き出した。
プレイリー・スクイレルのぽってりした腹に杖先がめり込む。素材が木なので刺さりはしなかったけれど、十分なダメージを与えたらしい。
「キュキュウゥ」
プレイリー・スクイレルの弱々しい鳴き声を合図に戦闘は終了した。他の魔物が近寄ってきている気配はない。
戦闘スタイルを変えたのは正解だったようだ。
攻撃を受けることなく戦闘を終え、ほっと一息ついた俺は右手に持った杖の先でプレイリー・スクイレルの死骸に触れた。
その瞬間、倒れ伏したプレイリー・スクイレルの輪郭が崩れ、オレンジ色の光を放ち始めた。まるで蛍のように明滅を繰り返しながら、ふわりふわりとゆっくりと天へと昇っていく無数の光を見届けた俺は、ドロップ品がカバンに回収されていることを確認して、その場を離れた。
たまに魔力切れを起こしたり標的を外して草原の草を燃やしたりしつつ、俺は順調にレベルを上げていた。あと1時間もすれば日が暮れる。そろそろ村に戻る準備を始めた方が良さそうだ。
「あ、そうだ。一応、ステータス確認しとくか」
現在、レベル7。スキルレベルは魔法に関しては変化なしだ。ただ杖術はLv3になっていた。
「って、おかしいだろ!?なんで杖術だけ、こんなにがんがんレベル上がってるんだよっ」
そりゃ火魔法使うより杖でぶん殴る頻度の方が高いし、止めを刺すのも杖だけれども。……うん、おかしくない。これだけやってれば、杖術レベル上がるよね。
俺が目指してた戦闘スタイルじゃないけどな。しかも杖術レベルが上がっても、物理攻撃力自体が低いうえに、使ってる武器が木の杖だから決定打に欠ける。
魔力切れになりにくいというメリットはあるけど、できれば火魔法のスキルレベルを上げて攻撃力を底上げしたいところだ。
「とりあえず、帰りながら野ウサギでも狩ろうかな」
あれなら火魔法1発で倒せる。ついでに食材も手に入るから一石二鳥だ。