プロローグ:VRゲームを楽しもう
お越しいただきました皆様、ありがとうございます。長編小説を書くのは初めてなので、最後まで書き切るのを目標に頑張ります。
4話目までは1日2話投稿する予定です。
(注)あらすじにも書きましたが、このお話はほのぼのプレイ日記ではございません。徐々にシリアス&サスペンス度が増していきますので、あらかじめご留意ください。ジャンルはVRゲームでいい…よね?
イリーノ村の中央通りは、今朝も行き交う人々の喧騒で活気づいていた。道具屋や武器屋が軒を連ね、惣菜を売る露店からは食欲をそそる匂いが立ち込めている。
中でも串に刺したソーセージを焼いている屋台から立ち上る香ばしい匂いは格別だった。
「おじさん、1本くれよ」
「はいよ、1本10マールだ。熱いから気を付けな」
髭面のむさいおっさんから焼きたてのソーセージを受け取った俺は、早速噛り付く。粗挽きの胡椒が練り込まれたスパイシーな味付けは、ゲームの中とはとても思えないほど美味かった。
現実と錯覚しそうなほどに作り込まれた仮想現実世界『アルマーの大地』。剣や魔法を駆使して冒険に出るも良し、畑仕事や料理作りに没頭するも良し。
そんなファンタジー世界で自由に生活できるこのVRオンラインゲームは、クエスト数の多さも相まって数あるVRMMOのなかでも人気の高いゲームだ。発売から今日まで、VRゲームランキングで首位を独走中である。
プレイヤーの行動によって受けられるクエストが分岐・変化していくため、やり込み要素が強く、終わりのないゲームとも言われている。
プレイヤーの中には殆ど冒険に出ることなく、釣り対決だの作物品評会だのというほのぼのとしたクエストだけを楽しむ変わり者もいるらしい。
俺がこのゲームを始めたのは5日ほど前の事だった。幼馴染で同級生の笹原雪乃に進められたのがきっかけだ。あまりゲームをしない雪乃が面白いというくらいだ。それなりに楽しめるかもと思って始めてみたら、初日でハマった。
見る物、感じる物すべてが物珍しくて、電子機器に囲まれた実生活とはかけ離れた自然豊かなファンタジー生活を満喫している。
満喫とはいってもゲームを始めてからまだ日が浅い俺は、冒険者となったプレイヤーが最初に降り立つこの村の周辺しか探索していない。
普通はゲーム開始から5日もあれば他の町に移動しているらしいが、いかんせん高2の夏休みともなるとバイトに夏期講習にと実生活が忙しくてなかなかログインできなかったのだ。他の町に行けるレベルになるのはもう少し先になりそうだった。
まぁ、自分のペースでのんびりやろうと思う。
そんなわけでレベル上げと資金稼ぎのためにもクエストを受けられる冒険者ギルドに足を運んでいた俺だったが、美味しそうな匂いに惹かれてついふらふらっと買い食いしていたところだ。
ゲーム内の通貨単位を日本円に換算すると1マールが10円。けっこうボリュームのあるソーセージだったから1本100円は安いと思う。
買い食い大好きな俺としては、食べ物の物価が安いというのは大変ありがたい。
ゲーム序盤で思いっきり金欠なのは、この際無視してしまおう。
他にもブドウ味のジュースや唐揚げの屋台からの誘惑に負けながら、踏み固められた土の道をそぞろ歩く。
散策を楽しみつつ辿り着いた冒険者ギルドは、木造平屋の建物が主流のイリーノ村の中で一際大きく石造りの建物になっている。
中に入ると右側にはクエスト受注兼報告用の受付カウンターがあって、綺麗なお姉さんがお出迎えしてくれるのだ。
休憩用の木製ベンチや観葉植物なんかも置かれていて、簡素ではあるが小綺麗な内装だった。女性プレイヤーも結構いるみたいだから、それを意識しているのかもしれない。
受付のお姉さんにも心惹かれるが、俺が用があるのは受付とは逆方向にある左奥の壁際だ。
平日の午前中とはいえ夏休みだけあって、ギルド内もわりと賑わっている。剣を手にした金髪の青年や弓を手にしたエルフっぽいお姉さんの脇をすり抜け、クエストが張り出されている掲示板を目指した。
俺の希望としては“野ウサギ狩り”のような簡単なクエストがいいと思うのだ。仮想現実とはいっても攻撃されれば、それなりに痛い。
一応、ゲーム開始時に痛覚の有無を変更できるけど、痛覚を無くしてしまうと敵の攻撃が当たったかどうか解り辛いということで、ほとんどのプレイヤーは設定を変えることはない。
俺も痛覚はある状態でプレイ中だ。
だからこそ防御力ほぼ皆無の初期装備しか身に付けていない状態で、難易度の高いクエストを受けるのは遠慮したい。
俺が初期スキルとして選んだ5つのスキルの組み合わせも問題だった。
どうせならリアルでは経験できないような事をしてみたいというだけで選んだのは、【火魔法Lv1】と【魔法攻撃力5%UP】、【総魔力量5%UP】に、あとは【薬術Lv1】と【採取Lv1】だ。
魔法を使った遠距離攻撃タイプで、ちょこっと薬の調合ができる魔術師のようなプレイスタイルを目指した結果、接近戦に対応できるスキルを取得し忘れたのだ。
防御も回避もなしでは、敵に近付かれたら逃げられない。パーティを組んでいるならともかく、ゲームに慣れるまではソロで様子を見ようとしている俺には不向きなスキル構成だった。
防具や装備品を揃えて防御力を底上げするか、高額なスキル本を購入するか、無理のないクエストで地道にレベルを上げるか。買い食いして金欠一直線の今、俺が取れる手段は1つだけだ。
ちなみに買い食いを止めるという選択肢は、俺には存在しなかった。
「え~と、薬草の採取に薬の納品、フォックステイルの討伐…はダメだな」
フォックステイル。夜行性の狐型の魔物で、この辺りでは一番強い。初心者には荷が重いクエストだ。
始まりの地と言われる村だけあって簡単なクエストが多いが、なかには初心者にはちょっと厳しいクエストもある。隣にいたスキンヘッドのおっさんが選んだ“盗賊の捕縛”なんかもそうだ。
後ろにいた金髪の青年とエルフっぽいお姉さんも一緒に移動していったから、パーティでクエストを受けるのだろう。
報酬は良さそうだけど俺にはまだ無縁の話だな。気を取り直して掲示板に向き合った俺が選んだのは、畑を荒らす害獣“モグーラ狩り”だった。
***
受付の美人なお姉さんに手続きしてもらった俺は、早速モグーラ狩りを始めることにした。
依頼人は中央通りから南に広がる農家エリアの中でも、特に村外れに位置する小さな畑の持ち主だった。
イリーノ村の周囲は害獣や魔物から村を守るために、木板の塀で囲われている。だが、地中を進んでくるモグラに似た害獣には塀など無意味だ。外塀に近いせいか頻繁に畑を荒らされて、畑の主人も頭を抱えていたらしい。
相手がNPCとわかっていても涙ながらに困窮を訴えられては、たかがモグーラ退治と言えども手は抜けない。
武器である木の杖を構えて、地中からモグーラが顔を出すのを待つこと1分。もこもこと土が動く場所を見つけた俺は、右手に持った杖に意識を集中させた。
杖の先が指し示す、何もない空中に淡い光が灯る。光は見る間に形を成していった。円を描き、文字を書き連ねていくその光は炎のように赤い。
「ファイアボール」
小型犬ほどの大きさのモグーラが顔を出すのと同時にぼそりと呟くと、完成した魔方陣の中心からソフトボール大の火の玉が放たれた。誰が聞いているわけでもないけれど、スキル名を口にするのはなんだか照れ臭い。
視線の先では頭を引っ込めたモグーラの代わりに、畑に植わっていたカボチャに火の玉が直撃していた。
惜しい!って、あれ?葉っぱに引火したんですけど。
燃え盛る畑を前に恐る恐る振り返った俺が見たのは、畑の外で見守っていた畑の持ち主がムンクの叫び状態になっている姿だった。
これはちょっと…、いや、かなりやばい気がする。
俺が使える魔法はファイアボールだけだ。他の攻撃手段は持っていない。モグーラに避けられるたびに、畑を燃やしていたら確実にクエスト失敗になってしまう。
それ以前に畑の一角は今も絶賛炎上中だ。これはモグーラ退治なんてしている場合ではないのでは?
燃える畑の消火活動か、クエスト続行か。
どうする、俺!