前編
元ネタ。毎年リニューアルされる某美少女戦隊アニメのエンディングを見て踊る娘たち。
「ごめんなさい。手が滑ったわ」
その言葉はパーティの喧騒の中、静かに響いた。
デビュダントの為の白いドレスがワインで赤く染まっていた。
その声の主とドレスの少女を見て周囲の貴族は息を飲む。
声の主は王太子の婚約者アンヌ・ド・ラ・ファージュ公爵令嬢で、ドレスの少女は最近王太子とその側近と懇意にしていると噂になっていたミレーユ・ド・ブロイ男爵令嬢であった。
どちらも今日がデビュダントなのだが、その雰囲気は最悪である。
アンヌの友人である令嬢達の婚約者は王太子の側近であり、ミレーユと共に下世話な噂の当事者になっていた。
「せっかくのドレスがシミになってしまったわ。これでは今夜は陛下の御前にまかりこす事は出来ないでしょう。お家にお帰りになったら?
後で詫びの品を届けますわ。」
そう震える声で言うアンヌの目には涙が浮かんでおり、体は震えている。その背中をそっと友人の令嬢が支えた。本当に偶然だったのかもしれない。
だが周りがそう思うとは限りらないのだ。現にここあそこでご婦人や令嬢が扇で口元を隠し、隣の人がとコソコソと言葉を交わしている。
しかしミレーユはにっこりと綺麗な顔で笑った。
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫です!
Let’s music!」
その声を合図にいきなり大広間の照明が消えた。一瞬驚きのあまりに皆が声を飲む。その隙を練って突如として流れるピアノの音。そしてゴスペル調のコーラス。
スポットライトがミレーユを映し出すと、いつの間にか彼女を前列中心に十数名の令嬢が3列に並んでいる。
そして軽快な音楽とコーラスに合わせて踊り始めた。
「なんだこの音楽は⁉︎ 賛美歌ではないぞっ」
「ダンスもだ。こんなダンス、見たことがないぞ」
手を大きく振りキレのある動き、飛び跳ねるようなステップ。いつの間にかミレーユ達は泡に包まれていた。
彼女達が手を大きく振るたびに軽快なターンをするたびに、指先から体から虹色の泡が薄い膜の玉となり、風に吹かれて飛んでいく。
彼女達が両手で胸の前でハートを作り、笑顔でウィンクすれば、文字通り色とりどりの光が弾け煌めいては飛んでいく。
一糸乱れぬ少女達のダンスから皆目が離せない。
いつしか見ていた貴族の紳士淑女も、音楽に合わせてその振り付けの真似をしていた。
そして最後のトリで、全員が両手を上げポーズを決めると、一斉に虹色の泡が弾け飛び大広間を駆け巡って消えた。
「洗濯洗隊プリティスマイル!
ドレスの汚れは私達が落とします!ワインのシミもこの通り!お部屋のお掃除もお手の物!
私たちのモットーは『清く 正しく 美しく!』」
中心にいるミレーユに目をやると、ワインのシミは綺麗に消えている。おまけに燻んだ白だったのが明るく光沢のある白に変わっている。
更に大広間を見れば、今までの何倍も明るく澄んだ色になっていた。
紳士淑女の皆々は惜しみない拍手を送った。
その影でアンヌは居た堪れなくなって、一人でバルコニーへ出た。
ミレーユにワインをかけてしまったのは、本当に偶然だったのだ。
自身の婚約者とミレーユとの噂に嫉妬しなかったと言えば嘘になる。ワインを持っていた時いきなり誰かから背を押され、それをかけてしまった相手が彼女だった。
デビュダントの白いドレスに赤いワインのシミは致命的である。だが、彼女はその障害を跳ね除けて輝いた。
自分が惨めだった。もう帰りたい………。
そう思って月を見上げると、いきなり後ろから抑えられ、口を嫌な臭いのする布で覆われた。
抵抗して人を呼ばねばと思うが、力が入らない。
薄れゆく意識の中、思い浮かべたのは愛しい婚約者の姿だった。
******
ふと、人の気配で目が覚めた。
気がつけば身知らず天蓋が見え、痛む頭を我慢して起き上がると、見知らぬ部屋にいることが分かった。
「お目覚めですかな?」
突然言葉をかけられてビクッと体をすくませて声のした方を見れば、ブクブクに太ったガマガエルのような老人がいた。
「ゲロッグ大公殿下……」
「眠り姫がようやくお目覚めだ。
寝ている貴女も可愛らしいが、私は起きている貴女のさえずりが聞きたいのでねぇ。
月に照らされる貴女を見ながら待っていたのですよ。」
確か自分はパーティ会場で、自分の婚約者と噂になっている女性に図らずも粗相をしてしまい、バルコニーへ逃げたのだ。
そこへ行く途中誰かに後ろから捕まえられて薬品を嗅がされて………。
ここで記憶が途切れている。
「……私を誘拐されたのですか?」
「誘拐とは人聞きの悪い。ご招待したのですよ。
本当は別の小鳥を招待するはずだったのですが、思いもかけず『白薔薇の君』が佇んでおられましたのでね?
美しい白薔薇が沈んでいるのを無視することができず、ついつい慰めたくなり、連れてきてしまいました。」
「正式な招待状も貰ってはおりません。今すぐ私を公爵家に帰しなさい。」
アンヌはキッと睨むと声高に主張した。
だがガマガエルはニマニマ笑う。
「この屋敷は私のコレクションを収める屋敷でしてね。
私が見初めた美しい花々や小鳥達を飼育しているのですよ。
名義は私のものではありませんから、誰もここへは来ませんよ。」
その言葉にアンヌは大公の良くない噂を思い出し、顔が青ざめた。
かの大公は若い美しい子女を好み、養子として愛らしい子供を引き取っていたが、その子供は成人する事はなくその大半が病死や事故死していて、偶に成人して他家に嫁いぐ者がいても結婚後に子を成さぬまま死亡していた。
この国では奴隷売買は禁止しているが、密かに隣国で見目麗しい奴隷を購入していたり、見目麗しい平民の子女を攫い、集めた子女達と口にするのにも憚る行いに耽っていると、密かに噂されていた。
「貴女はどんな鳴き声をあげてくれるのでしょうね。
待ちわびた分楽しみですよ。」
そう言ってぶちゅーと白いバラの髪飾りに口付けるガマ大公。
それを見たアンヌは悲鳴をあげて鳥肌を立てた。
その髪飾りは、フランソワからの贈り物だったのだ。彼と自分の美しい思い出が汚された気がした。
アンヌの悲鳴に気を良くした大公が、指輪だらけのぶくぶくした手を彼女に伸ばす。
アンヌはベッドの反対側に逃げようとしたが、ジャラリと左足が引っ張られ、叶わなかった。見れば左の足首に鎖が繋がれている。
恐怖で強張るアンヌにガマ大公の魔手が伸びーーーその手の甲に紫のバラが突き立った。
「ーーうっぎゃあーーーーーっ!!??
手が、手がぁーーー!!」
右手を抑えて床で見苦しく泣き転がる大公。
アンヌはキョトンとして固まった。その左足ががしゃん、と音がした。
見れば会ったこともない美青年がアンヌの鎖を解いていた。
白いシルクハットに白いすっきりとした飾りのないスーツ。青いシャツに白いタイ。
シルクハットを深く被っているためあまり確認はできないが、肩より少し長いふるゆわの金髪を青いリボンで結び、モノクロームの奥に見える瞳はラピスラズリのように輝いている。
鼻梁はすっきりと整い、白皙の肌には少し赤みがあり、温かそうだ。
「お怪我はありませんか、アンヌ様」
そう聞きながら、青年は自身が付けていたマントをアンヌにかけた。
あまりの展開についていけず言葉が出ないが、アンヌはコクコクとうなづいた。
すると、青年が片膝をつき、騎士の礼をとった。
「フランソワ様の使いにございます。
攫われた白い小鳥を助け出すようにと命を受けました。
どうか一時貴女様に触れることをお許しください。」
「許します。」
反射的にうなづいた。この状況では、この屋敷から連れ出してもらえるなら、誰でも良かった。
だが、痛みよりも恨みが勝った大公が壁のサーベルを取って、青年に斬りかかる!
青年はすんでのところで避けると、ステッキで応戦する。
「きしゃまぁ〜!何者だぁ!?」
「怪盗ヴァイオレット。
今宵無粋なガマガエルが可憐な小鳥をカゴに閉じ込めるという噂を聞き、参上した。
小鳥には小鳥の意志がある。どこの枝に止まるのかは小鳥自身が選ぶだろう。
無理やり羽を切り、籠に閉じ込めるなど無粋の極み。
返していただく。」
激しい斬り合いの最中に、これだけのセリフを淀みなく吐けるとは大した者である。
しかも大公が無茶苦茶に振り回すサーベルを、ステッキ一本で応戦しているが、ステッキには傷一つ付いていない。
と、隙を見て大公の腹を蹴り上げるっ。大公は思わず下がり、避けた。
その隙をついてステッキの上下を持ち替え、握りの部分を大公に突き出すと、握りの部分がパカリッと空いて『ポンッ!』と何かが飛び出し、大公の顔にヒットした!
「※☆□◆○△〜〜〜!!??」
顔を抑えて倒れる大公。
この場合、理由がどうであれ平民が王族を傷つければ死罪である。
思わずアンヌはヴァイオレットを気遣い、彼を心配して見つめるが、ヴァイオレットはイタズラ小僧のように笑った。
「大丈夫、アレは辛子と胡椒です。水で洗えば治りますよ。」
「旦那様!どうなされましたか!」
そこへ執事が主人の悲鳴を聞きつけて、漸くやって来た。
「大公殿下!
きさまぁ〜、何者だ!?」
「我が名は『怪盗ヴァイオレット』。
白き可憐なる小鳥をいただいて行く!」
ヴィオレットはアンヌを横抱きにすると、窓から飛び降りた。
ここは二階である。
執事と私兵が慌てて窓辺によるが、ヴァイオレットは白い馬に乗り、既に豆粒にしか見えないくらいまで逃げ去っていた。
慌てて大公を介抱しつつ、追っ手をかけようとすると、ドアマンが慌てて駆けて来た。
「大変です!騎士団がお越しです。
なんでも、騎士団本部に怪盗ヴァイオレットなるものから『今晩この館に参上する』と予告状があったと。」
「なんだと?なぜ今頃来るんだ……。
追いかえ「すまぬがお邪魔する!」!」
執事の指示が出されぬ内に騎士団長がドアを蹴って現れた。
「これは大公殿下 !? どうなされましたか!気をしっかりお待ちください!
軍医はどこだ、早く呼べ!」
強引な騎士団長に抗議の声をあげようにも、テキパキと大公を気遣う姿勢に何も言えなくなる執事。
軍医に大公を任せると、騎士団長は執事に向かい合った。
「申し訳ない、先程騎士団本部に『この国の宝を貰い受ける』という怪盗からの予告状が紫のバラとともに届いたのだ。
王城で夜会があったのもあり対応が遅れ、予告状にあったターゲットの家がこの屋敷だと割り出すのに遅れてしまったのだが………なぜ大公殿下がこのお宅に?
確かこの家はルーブル男爵の持ち家だったと認識していたのだが……。」
その言葉に執事と大公は背に汗をかく。
まずい。この家の秘密を知られては、まずい。とにかく恙きように追い返さなくては。
どうにか声を出して権力で追い返そうとした時、
『怪盗ヴァイオレットが出たぞぉーーーー!!!!』
屋敷のそこかしこから騎士たちの声がした。
なんだと⁉︎ 逃げたのではなかったのか⁉︎ 愕然とする大公一行。
「あっちの書斎に向かったぞぉ〜〜!」
「いや、こっちの小屋に向かったぞぉーーーー!」
「いや、こちらの階段の踊り場で隠し階段に入ったぞーーー!」
なにをやってるんだ、バラバラじゃないか!しかも隠し階段を見つけただと?
マズイ、止めねば!いや、それよりもこの屋敷と無関係を貫かねばっ!
「わっだじにも ……ゲホゴホゲホゴホっ!」
口を開こうにも涙と鼻水とくしゃみで言葉が続かない。慌てて執事がファローに入る。
「我が主は不幸なことに、王城での夜会の帰り道で暴漢に襲われ、この館に連れ去られたのでございます!」
「おや?初耳ですなぁ。そんな事があったのなら、何故我ら騎士団にお知らせ下さらなかったのですか?
この国の王族が誘拐されたなど、国家を揺るがす一大事ですぞ。
一個大隊を遣わし、捜索・救助に奔走したものを。」
「!っいや、我々がそのまま追いかけて、この屋敷に暴漢が旦那様ごと入るのを目撃したため、突撃したのです!
慌てていたのと、すぐに取り返せそうでしたので、ついうっかり通報しそびれてしまい、このような仕儀に。」
「そうでしたかぁ。しかし先程のドアマンとは随分親しそうに見えましたなぁー。
『緊急事態により、この屋敷の主人を出せ!』といったところ、真っ直ぐにこの部屋に来て貴方に報告してましたが?」
「ぐっ……きっと混乱していたのでしょう。我らも主人大事で強引に門を蹴破って来ましたから。」
「ほう、そうなのですか?門はしっかり閉ざされており、閂もかかっておりましたが?
ドアマンに至っては髪一筋乱れておらず、冷静に我らを迎えてくれましたし、大公殿下の御格好はどう見ても夜会帰りというよりも、これから就寝する姿にしか見えないのですが……しかもサイズはピッタリですよね、その寝巻き。
失礼ですが、この屋敷とはどのようなご関係で?」
「我らはひがいsy「失礼いたします!小屋の床下から人骨が大量に発見されました!」…んなっ⁉︎」
そんなバカな!アレはそう簡単には見つからない深さに埋めた筈⁉︎
突然の罪の発覚に執事が心で悲鳴をあげる。しかし、それはこれからの発見の序章でしか無かった。
次々と駆けつける伝令が成果を報告する。
「大変です!隠し階段を下りたところで見つけた地下で、大勢の女子供が見つかりました!
大半が重傷を負った上衰弱しきっており、早急な手当てが必要です!」
「な、なにぃ〜〜!!⁇」
何とか誤魔化し、無関係を装わなければ!大丈夫だ。彼奴らにまともな証言はできぬ!
「大変です!地下でご禁制の品々と麻薬と、現在行方不明であった国宝・王太子妃の首飾りの『淑女の涙』が見つかりました!」
「なっなんですとぉーーーー⁉︎」
バカな⁉︎ あの地下の隠し部屋はそう簡単に見つからぬ……見つけたとしても鍵がない限り開かぬ筈!
「(旦那様、鍵は?)」
「(! 無い⁉︎ いつの間に⁉︎)」
騎士団長と伝令が話し込んでいる間に小声で確認し合う大公とその執事。しかし騎士達は素知らぬ顔をして彼らの会話に聞き耳を立てていた。
「大変です!書斎の暖炉からゲロッグ大公領の地名が書いてある二重帳簿が見つかりました!」
「ぐっはぁっ!⁉︎」
あの仕掛け扉のパズルを解いたと言うのか⁉︎ 手順を知っている私でも間違うことがあるのに。
しかもダミーではなく、本物を見つけたとぉ⁉︎
「更にゲロッグ大公の署名入りの他国への密書が見つかりましたぁーー!」
「旦那さまぁーーーー!?」
「知らんっ!ワシは無実だーーー!」(真実)
「無実かどうかは騎士団本部でお聞きいたしましょう。
ご同行願います。」
両脇を屈強な騎士達にガッシリと固められた大公とその部下達は、騎士団長の宣言にガックリと肩を落とすのであった。
後日、入念すぎるほど入念な隠れ家と大公領の探索と取り調べの結果、ゲロッグ大公は詐欺・脱税・人身売買・殺人など諸々の罪で起訴され、大公家はお取り潰しとなり、大公自身は部下数名と共に処刑されたのであった。