第二話 3
俺と直樹が最初に出会ったのは、サンタ・クロース養成学校に入学したその日の事だった。
サンタ・クロース養成学校はその名の通りサンタ・クロースを育てるための学校でありサンタ・クロースとして現場に出るために入学・卒業することが義務付けられている。そのため入学者は全員サンタ・クロース及びそれに関係する職種を目指している者であるため、少なからず入学時にはやる気を見せていることが多いのだが、この直樹という男は初々しさやら信念やらとは無縁な男であった。
「まったく、第一俺はオペレーター志望なんだから、こんな研修必要ないだろう」
入学式が終わって早々、直樹は言った。その時はまだ互いの名前すら知らず、ただ何となく隣にいたから世間話をしようと思った矢先の事だ。
「お前はまだ三か月の研修なんだから良いじゃないか。俺なんて現場だから六か月はここに缶詰めだぜ」
俺はそれほど缶詰になるという事実に対して悲観していなかったのだが、隣で腕を組みながら面倒くさそうに話している彼の姿を見ると、ついつい反論したくなってしまったのだ。
「へっ、そっちの方が数倍マシじゃないか。わざわざ現場に出たいってことは多少なりとも信条ってのがあるんだろう。けれども俺のように卒業後はデスクワークしかしない人間にとって体を鍛えるというのは何ら生産性がない」と直樹は言った。「それに、税金も無駄になるだろうしな」
「きっと職業倫理的な問題があるのだろう。それに現場とオペレーターとで仲間意識をはぐくむことも目的の一つだと思う」と俺はそう答えた。
「お前、まるで教科書みたいな受け答えをするんだな」と直樹は言った。「自分なりの答えは無いのか? 何でお前はここに居るんだ?」
それに対して俺は返す言葉を持ち合わせていなかった。
その夜、ベッドに寝そべり天井を眺めながら、俺は直樹に返すべきだった言葉を必死に紡いでいた。何故ここに居るのか? それはサンタ・クロースになるためだろう? だったら何故サンタ・クロースになろうとしたのか……。そこから先の思考は糸のようにプツリと切れた。
○
「であるからして、このサンタ・クロースの帽子には通信機が組み込まれている。原理としては骨伝導を利用して……」
などと教官は必死に説明していたが、俺はどことなく上の空だった。あるいは聞いたところであまり役に立たない話だったのかもしれない。どちらにせよ今の俺には授業を聞くよりももっと大切なことがあり、それと同時に授業を受けることこそがもっとも合理的であるのだという事だけは分かった。
一方で直樹は、まるで入学式後の言葉が嘘であったかのように真面目に授業を受けていた。時にわざとらしく頷き、時に教官の間違いを指摘した。そんな彼の姿を目の端に捕らえながら、俺は一つ大きなため息をついた。
「そして、この対ナイトメア・ビーム砲こそナイトメアに対抗する唯一の手段である、またこのコスチュームを着ていないとナイトメアに取り付かれ、死亡する恐れがあるため、諸君らが現場に出た時は民間人の保護を最優先とし……」
と教官が言いかけたときに授業終了を告げる鐘が鳴った。
他の者たちが退室をするべく準備を始めた中、俺はまた一つ、できる限りうんざりと、大きく息を吐いた。
「なあ、お前はこの前やる気ないようなことを言っていたのに、随分と真面目に授業を受けるんだな」
夕食時、俺は直樹にそう尋ねた。周りの研修生たちの騒音の中、小さな声で疑問をぶつける。それに対して直樹は、あごに手を当て、首を傾げ、しばし天井を見つめた後、ゆっくりと答え始めた。
「質問の意図が分からないな。やる気が無いのと授業を真面目に受けないの、どこに関係がある?」
関係大ありだと即座に返したかったが、直樹の意地悪そうにニヤニヤとした顔を見ていると、言葉が詰まった。すると直樹は再度話し始める。
「つまり、やりたいものは意気込みながらやって、やりたくないものはやっているように見せかける。それだけのことさ。結局本気でやったかどうかはペーパーテストの結果でした見られないのだから」
「……随分とサッパリしているんだな」と俺は言った。
「お前は随分とウジウジしているんだな」と直樹は言った。「羨ましい限りだ」
「……手厳しい皮肉だな」
「ふっ、皮肉なんかじゃないさ」
直樹は俺と居るときは終始そんな態度であった。他方で直樹は、俺以外の人間に対しては一切の皮肉を言わなかった。相変わらず真面目な一訓練生なまま。俺だけが一人取り残され、本音と建前の狭間に佇んでいた。