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プロローグ3

「遅刻遅刻~」


 私、青島ピカリ! 十四歳! 今はこうして遅刻ギリギリでパンを咥えて走っているけれど、実は私にはすごい秘密があって……。


「キャー! 誰か助けてー」


 あ! 大変! 誰かが助けを求めてる! でも、遅刻ギリギリだし……。


「誰かー! 助けて!」


 ううん、だめよ私。遅刻なんていつでもできるけど、誰かを助けるのはその時にしかできないんだからぁ。


「ピリカル・プリカル・ペラリカル! 十六夜に代わってマジカルチェ~ンジ!」


〈説明しよう! 青島ピカリは魔法の呪文を唱えることによって、正義の仮面魔法少女、ピリプ・ペラリカに変身できるのだ!〉


 光に包まれる私の体。次第に心も十六夜の血で染まっていく……。


「いざ行かん!」


 己はその掛け声とともに跳躍した。空気を切り裂き、雲を散らし、上空から街を見下ろす。叫び声は近い。しかし未だ予断は許されない。

 ……なんだ! あそでうごめいている黒き影は! 間違いない! 奴こそ本件の重要参考人か! 己はそう目星をつけ、体の傾きを調整することで空気の抵抗を手中に収める。はためく桃色のマント、桜色メットが太陽の光を乱反射させる。……およそ五秒後に彼我接触! 己は先制攻撃をなすために体位を整える。


……三、二、一。今だ!


「必殺! マジョニエル・エンぺル・デ・ラート!」


 空間を歪ませるほどの己の頭突きは、瞬刻の間に黒き影を霧散させた。


「ご婦人よ、無事であったか」


「あ……、あ……」


 ふむ、無事なら良い。なればお役目ごめんという所か。


 夫人の無事を見届け、己は変身を解く。霞みがかる自我。僅かばかりの恐怖は覚えるものの、まどろむ意識への快楽に身を捧げ……。いっけなぁい。どうしよう! もうこんな時間だ! あ~あ、今日は遅刻確定かぁ。



       ○



「犯人は、この中に居ます!」


 私がそう断言すると、一同は声をそろえて驚いた。しかしそれに次ぐ反応は人それぞれ、誰が犯人なのか探ろうとする者、疑心暗鬼になる者、そして不安げな表情になる者……。


「しかし、犯人はいったいどうやって殺人をしたというのだ。凶器は一切見つからなかったじゃないか」


 エヌ氏が言った。他の人々も頷くことで肯定の意を示している。


「ええ、死体には硬いもので後ろから殴られた跡があった。しかしこの館にはそれと形状が一致するもの、また被害者の血痕がついたものがない。あるはずが無いのです。何故ならそれは、我々の手で証拠隠滅を図ってしまったのだから」


「そ、それはどういうことだ!」


「エヌ氏、昨晩の夕食を覚えておられますか?」


「ええっと、昨晩はフランスパン、醤油ラーメン、それにサラダ……」


 そう、その通りだ。さらに私は問いかけた。


「サラダには何が入っていましたか?」


「キャベツにトマト、キュウリとダイオウ……まさか!」


「そう! そのまさか! 被害者は冷凍されたダイオウイカで撲殺されたのです」


 部屋中でどよめきの声が上がった。誰もが驚きを隠せないようだ。無理も無い、しかしこれこそが事実なのだ。


「そしてその犯行が可能であったのは、ダイオウイカを管理し、そして料理まで一人で行ったエフさん。あなたなのですよ」


 私がそう言って彼女を指さすと、彼女はすべてを諦めたように項垂れた。しかし刑事によって手錠がハメられようとしたその瞬間、彼女は声を高らかに上げて笑った。


「アハハハ! あんな奴殺されて当然だったのよ! あいつは離婚するときにポチの親権を奪った挙句、そのポチを、ポチを……」




 事件は解決し、パトカーは去っていった。静まり返った館で私は一人、煙をふかしていた。


 人間は醜い。人は憎み合い、いがみ合い、そして互いに嫉妬をする。どんな悪人でも、どんなに善良な人でも、みな心の内には悪魔が巣食っている。


 私はきっと、エフから恨まれることだろう。さらに事件を未然に防げ無かったのだから、ひょっとすると被害者もまた……。いや、やめておこう。これ以上心の内を洗い出すのは、探偵の仕事ではない。私はただ、起きた事件の謎を解くだけでよいのだ。


 山の向こうから雷鳴が聞こえてきた。木々に泊まっていた鳥は慌てふためいたかのように羽ばたく。……やがてここにも雨が降り、全てを洗い流してくれることだろう。私はダイオウイカのアンモニア臭が立ち込める、悲しみの臭いに支配されたこの部屋でタバコの火をそっと消した。


                               イカした殺人者 完


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