プロローグ2
「だったらーいんたーんしっぷ? してみて決めようよー!」
さっきまで泣いていたのがどこへやら、出会ったときと変わらない満面の笑みで彼女は言いました。
「インターンシップですか……」
余り感触の良い言葉ではありません。何故でしょうか。
「それじゃあさっそく行ってみよう!」
「え、あ、ちょ……」
え、あ、ちょ。というのは当人の焦りを表すのに使われる表現であると思いますが、言葉にあらずです。したがって何も言葉を発していない私の想いなど聞き届けられるはず無く、インターンシップとやらは強行されてしまうのでした。
○
「ハハハ。よくぞここまで来た勇者よ。まずはほめて遣わそう」
「おのれ魔王! 貴様のせいでいったいどれだけの民が苦しんでいると思っているのか」
「何、そんなもの我の知るところではない。強いものが生き、そして弱いものが死ぬ。それが古来より繰り返されてきた生物の系譜である」
「であるならば、今この場でお前を殺すだけだ!」
――刹那、勇者の右手より放たれし雷撃。それは勇者の姿をも覆い隠すほどの大きさだ。しかし魔王はそれを右手一本でいなす。力の差は歴然か? 否、それは勇者の策略であった。
雷の速度は200km/s 音の速度は340m/s。つまり雷撃をいなしてから数瞬後に音が聞こえるはずである。しかし魔王はその音を聞き届けることができなかった。
勝負は一瞬であった。まさに光と音の狭間での勝負。常人はおろか魔王ですら認識できないほどの速さだった。
勇者はまず雷撃を放った。しかしこれはいなされることが前提の、いわば囮。勇者の本当の狙いは雷撃直後の追撃、全魔力を一点集中させた一度きりの斬撃であった。まばゆい雷撃の陰に隠れた一太刀を、魔王は見破ることができなかった。
この二年間、勇者は速さのみを専一に磨いた。双方とも並の手段では魔王に勝つことは不可能であると理解していた。魔王はそこで思考を停止し、勇者はそこからさらに考えた。
それこそが速さを磨いた所以で在り、勇者に勝利をもたらしたただ一つの要因だ。たった一度きりの機会に全てをかける捨て身の攻撃。ある種賭けに近い作戦だったが、勝ち馬に乗ったのは勇者であった。
すべてを決し、魔王が床に崩れ落ちた後、雷鳴が玉座の間に轟いた。
「魔王よ、これが、これこそが、人間の強さだ。我々には貴様らのように強い力は無い。無尽蔵の魔力も無い。だが、自身を顧み、前へ進む。それだけが、しかしそれこそが我々の強さだ」
……ええ、もちろんインターンシップなので、ロールプレイングの役割の一端を担っている訳なのですよ。しかし……。
「はぁ、なぜ私に魔王の役をやらせたのですか?」
しかも恥ずかしいセリフが次から次から出るわ出るわ。口を噤もうとしても大いなる流れに逆らうことができず、しかも負けるとか。
「でもー、インドア派みたいだからー」と彼女が言いました。あなた、何時からそこに居らっしゃったのですか?
「魔王城に引きこもって勇者の成長を待っているニートとインドア派は別種であると思います」
「じゃあ、この世界には転生しない?」
その問いに対し、私は静かに首を横に振るのでした。