第四話 3
彼が三十歳になった時、他国との戦争がはじまりました。彼が直接その戦争に巻き込まれることは無く、また争い自体も比較的早期に収まったので、彼の人生においての影響はないかのように思われました。しかしその戦争の実害が彼を襲うのは、もっとずっと後の事なのです。
彼はもうギルド内では中堅の立場になりましたが、未だにやっていることは新人と同じ、つまり役職など無く、小さい依頼や小さいダンジョンをコツコツとこなしているだけでした。
他の同期は「勇者」であるかどうかにかかわらず、みな彼よりも上の立場になっていました。所詮我が強すぎる彼に、管理職など無理なのです。しかしあいかわらず、彼のプライドだけは一流で、大した活躍もしていないのにさも自分が一流の冒険者であるかのように周りには吹聴していました。
三十三歳になった時、酒に酔った拍子に彼は後輩の冒険者と喧嘩をしました。そこで煽られた結果、彼は身の程似合わない依頼を引き受け、無茶な冒険出ました。
その依頼は熟練のパーティで攻略するのが妥当と思えるほどの難易度であり、そして悲しいことに、彼にはパーティを組む相手などいないのです。したがって、一人でダンジョンへと潜っていったのですが、敢え無く惨敗。命からがら逃げだしてきましたが、深手を負い、もう二度とダンジョンには潜れない体になりました。
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しかし彼はそれほど悲観しませんでした。なぜなら彼は「勇者」なのです。唯一無二の資格持ち、特権階級なのです。彼はギルドをさっさと止め、転職活動を始めましたのですが……、なんとそれが思うようにいかないのです。
その原因は先の戦争にありました。
戦争中優秀な勇者たちを投入したのですが、数が少なかったために全線の供給がままならず、そのせいで一時苦しい戦いを強いられることとなりました。
それを受けて、王政は教育改革を展開、勇者を少数に抑えることで保っていた質を、数を増やすことで補うことに決めたのです。そのため「勇者」の価値は相対的に低くなり、今や「勇者」であることの利点は少なくなりました。
「新卒の『勇者』だったらねえ……」
彼が転職活動の最中良く言われた言葉です。
勇者全入時代。プライドだけ高い、ケガ持ちのロートルなど、もはや出る幕がありませんでした。
そして三十七歳の時、彼は流行り病にかかったのですが、お金も地位も何も無いため十分な治療を受けられず、そのまま亡くなりました。
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以上が彼の人生であり、「勇者などいらない」と言った原因でしょう。私からすれば彼自身に問題があると思うのですが、しかし私は天使、お客様は神様です。ええ、彼が望む通りの世界へ転生させてあげましょう。
「お待たせいたしましたエリックさん。あなたが転生する世界が決定しました」
「おお! それで、俺はどんな世界に行くのだ?」
どことなく期待に満ちた目には、自身の人生に対する反省の色などありません。ただただ澄んだ青い目は、そこだけを抜き取ると少年のように見えました。
「エリックさんには『英雄』になってもらいます」
「え、英雄? 勇者とは何が違うんだ?」
「何もかもが違いますよ」
私はそう言うと、さっそく転生の準備に取り掛かりました。
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彼は「英雄」の世界で満足げに生涯を終えました。あの世界において「英雄」とは彼の事であり、そして彼は「英雄」そのものなのです。
彼は生まれつき「英雄」と呼ばれ、そして名だたる魔物たちをバッタバッタと倒し、国を平定に導き、綺麗な奥さんを何十人ともらい、欲望の限りを尽くし、そして死にました。
彼の死後、彼の国は内乱が絶えず起こり、そして余は乱れ、新たな「英雄」を渇望することとなりましたが、それは彼にとって何ら関係のない話なのです。そして私にとっても。私は天使であり、お客様は神様なのです。ただ、それだけのことです。