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第四話 1

 先日の麗華さんの失敗を受けて、ひどく落ち込んでいた私なのですが、仕事というのはノスタルジーに浸る間も与えないほどに次々とやってきます。


「エリック・ルーフォラスさん、前世では……はあ、勇者ですか」


 なんとまあ、今目の前にいるこの金髪のお兄さんは、あろうことか、マルケリニロウスという異世界(あくまでも地球人感覚から見た異世界です)を救った勇者であるそうなのです。


「ああ、そうだ」とエリックさんは言いました。いざ勇者だと言われてみると、その声はどことなく威厳にあふれている気がします。肩書きやら権威に影響されるとは、どうも私も俗物らしいです。


「ではエリックさん、唐突で申し訳ありませんが、あなたはどのような異世界へ転生したいですか」


 異世界転生システムについて一通り説明した後、私は単刀直入に問いました。すると彼は確固たる意志を目に宿してこう言うのです。


「俺は……俺は、勇者などいない世界に転生したい」


「はいはい、勇者などいない世界……えぇ……?」


 私の聞き間違いでしょうか? 彼の願いは地球の若者とまるで逆です。一応聞き直してみましょうか。


「あなたは勇者の居ない世界でどのようなことを望んでいるのですか?」


 すると彼は立派なあごひげに手を当てて、考え込むようなそぶりを見せたかと思うと、唐突に激高してこう言うのです。


「望みなど他にない! とにもかくにも、勇者など、くそくらえだ!」


 ははぁ、これはなかなか根深い何かがありそうです。


 私が今までの天使業で学んだことは、「相手の言葉を鵜呑みにしてはいけない」です。人間とは嘘をつく生き物であり、見栄の塊です。吐く言葉はすべて自身にとって調子のよいことと言っても過言ではありません。故に今回の彼の言葉も、その通りに受け取ってはならないのです。


「分かりました。あなたが望む世界を創るために少々時間を頂いてもよろしいでしょうか」


 私がそう言うと彼は肯定の意を示しました。


「はい、では少々お待ちください」


 私はそう言って、例の世界の扉を開いて、メルンさんの下へと向かいます。




「メルンさん、メルンさん」


「ん~? なーにー?」


 いつもの様に彼女はのんびりとくつろいでおいでです。詳細は省きますが、とにかくくつろいでいるのです。


「今来ているエリック・ルーフォラスさんの詳細な情報が欲しいです」


「おー。おけーおけー。今用意するねー」と彼女は言いました。


 するとどうでしょう。彼女が右の手を頭上に掲げて数瞬後、突如として強い光が生じ私の目をくらましたのです。度を超えたルーメンは私の目に多大な痛みを与えます。ああ、それが神の思し召しだというのでしょうか。アーメ……、いえ、やめましょう。




 はてさて、いつしか先ほどの光は消え果てていました。目の痛みをこらえつつ辺りを見回してみましたが、目に残る残光のせいであまりよく見えません。


 少しの間、手を目元に当てて回復を待ち、満を持してまた目を開くと、私はどこか見知らぬ家の中に居るのだと気が付きました。


 壁や床や扉はすべて木そのままで、ログハウスのような作りになっています。それに木でできたタンスに、木でできたテーブルに、木でできた椅子に……ああ、全て木ですね。それら木でできたシリーズは、ある程度綺麗に清掃されていましたが、小さい傷があるなど生活感に溢れています。


「ほら、これでエリックさんのことが分かるよー」と隣にいるメルンさんが言いました。


 それはどういう事ですか? そう問おうとした瞬間、突如として扉が開かれました。ちらっと外の光景が見えたことから、あれは玄関でしょう。入って来たのはお腹を痛そうに抱えた女性と、あの男性は……。


「エリックさん?」


 ……いえ、よく見てみると目元や耳の形が違います。


 まあ、それはともかくとして、エリックさん似の男性とお腹が痛そうな女性はそのまま慌ただしく奥の扉の方へと消えて行きました。あれ、私たち、まるで気付かれませんでしたね。と少しとぼけてみましたが、流石に天使業に慣れてきた現在ではこれが指し示す意味を理解できます。


「先ほどの女性は妊婦さんですか?」と私は言いました。


「そうだよー」とメルンさんは言います。


 なるほど、つまり私たちはこれから……。


「エリックさんの人生を辿るわけですか」


 それも背後霊のように、誰にも気付かれることなく……。




 奥の部屋から赤ん坊の、もといエリックさん(赤ちゃん)の産声が聞こえたのは、それから十二時間ほど後の事でした。


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