第三話 3
「あのさ、俺、お前の事が好きだ」
そう彼に告白されたのは、高校二年生の秋の事だった。
「……どうして急に」
だって、これまでの私たちはずっと友達であったし、どちらかがそれを崩そうとしない限りはこれからも友達であると思っていたから。互いに好き合っていたとしても、友達同士でとどめておくという選択肢もあるはずだ。
「……俺、東京の大学へ行こうと思ってるんだ。だから、その……」
彼のその気持ちは理屈としては十分でも、何かが決定的に足りないような気がした。いや、その「何か」を私はしっかりと理解している。だけどそれを意識しないために私は彼と友達であり続け、生ぬるい青春ごっこに身を興じてきたのだろう。
「だからさ、付き合って、くれないかな」
結論として、私は彼の告白を受け入れた。それが本当に正しいことなのかは分からなかったけど、彼の悲しそうな笑顔を見ていると、私はそれを拒否することができなかった。無理矢理笑った口元と、それに追随できていない目。他所から寄せ集めたかのような表情は、かつての私、そして「あなた」と似ているような気がしたから。
○
「麗華さん、いかがお過ごしでしょうか」
私のもとに天使が舞い降りてきたのは、彼と恋人同士になってから三日後のことだった。私が自室のベッドで天井を見上げていた時、突然窓ガラスが叩かれて、確認すると天使が部屋を覗き込んでいた、というのは現実的と称するべきか、非現実的と称するべきか。ともあれ、彼女を部屋へと迎え入れ、ひとまず彼女の話を聞くことにした結果、私の近況を報告する流れとなった。
「いかがも何も、あなた状況は把握しているんでしょう? 過不足なくその通りよ」
「ええ、まあ……」
私が素っ気なく返すと、彼女は言葉を言い淀んだ。いけない、少し悪趣味だったかもしれない。俯きかげんで唇をかみしめる彼女を見ていると、やり過ぎてしまったように思えた。
「ごめんなさい。そう言うつもりじゃないの。ただ……」
「……ただ、現状が望んでいた状況ではない、ということですね」
少しニュアンスは違うように感じたけれど、否定するほどの違いでもないので、頷いて肯定の意を示した。
「あの、その、ごめんなさい。私は少し安直過ぎたでしょうか」
という彼女の黒くて大きな目からは、今にも涙が流れてきそうだったけれど、唇を噛み締め何とか我慢している様だった。
「いや、そう言う訳じゃないの。……結局、私が悪いってことだけなのよ」と私は言った。「ところでさ。あなたは恋とか人を好きになったことあるの?」
「え? わ、私ですか?」
彼女は驚きの色が混じった声でそう言った。そしてそれから少し迷った後に彼女は首を横に振った。
「……そっか、そうだと思った。でもね、攻めているわけでは無いの。……一応言っておくと、私、転生する前より今の方が幸せよ。きっとね」
でも、と言って私は言葉を繋いだ。
「私が欲しかった幸せはこれじゃなかったってだけなの。私が好きだったあの人は、常に決して私の手の届かないところに居たのよ」
そう、今の彼に対する私みたいにね。……因果応報。奇しくも私がかつて言ったことは、私が思っていたのとはずっと違う形で実現した。そして「あなた」が私をかたくなに拒んだ理由も、少し、理解した気がした。