第二話 5
――現在――
「なあ直樹」
「ん、なんだ」
「なんだか今日はナイトメアが少ない気がするんだが」
例年はもっと数が湧いて出たはずなのだが……。楽に越したことはないのだが、がらんとした寒空に一抹の不安を覚える。
「どこかに固まっていたりはしないか?」と俺は尋ねた。
「いや、お前の周りには反応が無い。もしかすると別の区域にまとまってるのかもしれないが、まあ、それは文字通り管轄外だ。今夜は楽にやらしてもらおうぜ」と直樹は言う。「それともなんだ。敵をできるだけなぎ倒した方が私怨を晴らせるってのか?」
「……そんなんじゃないさ」
それからしばらく航行を続けたものの、やはりナイトメアの姿は無い。どこか簡単すぎる業務を遂行し続ける内に、次第に直樹との無駄話が多くなってきた。
「なあ、この仕事が終わったら二人で飲みに行こうぜ。話したいこともたくさんあるんだ」と直樹は言う。
「はは、こんなところで死亡フラグ立てるなよ」
「ばーか、死ぬとしたら現場のお前だろ」
そんな軽口をたたき合いながら、先程までの俺の不安は少しばかり晴れ、真宵の闇と同化した現実から少しだけ目を逸らすことができたような気がした。
――過去――
「じゃ、俺はもう卒業だから」
入学から三か月たった時、オペレーター志望である直樹は無事卒業することなった。結局直樹は最後まで優等生を突き通し、成績も申し分なく、卒業後は希望通り本部勤めとなることが決まっていた。それに対して直樹は、「どうせ同じような支持出し係になるのなら、東京で遊べてかつ仕事中の設備が良い本部に行くべきだろう」と言っていた。
対して俺の成績は実践訓練のスコア位しか誇れるものは無く、上から数えても下から数えても同じ程度という中途半端な立ち位置であったため、卒業後の職場は選べそうにない。
「お前も卒業したら、一度俺のところに来いよ。社会の先輩として、一回位は酒でもおごってやるさ」
直樹はそう言ったが、今の今までその約束が守られることは無かった。
それからさらに三か月今度は俺が卒業する番となった。成績もあの時のまま据え置きといったところで、たまたま空いていた本部周辺の職場をただ何となく選ぶこととした。大して考えた行動では無かったのだが、強いて言うのならば実家に近かったことや、見知った直樹がそこに居る事が起因しているのかもしれない。それに首都圏であれば、美由紀とも会いやすいだろう。せいぜいそのくらいの考えだった。
職場に赴任した時にはもう、クリスマスまで一週間と迫っていた。新人である俺は適当な研修を済ませ、養成学校よりもひどい説明を受け、晴れてクリスマス当日に現場へと出れることになった。
クリスマス、夕方出勤すればよいため、ギリギリまで寝ているつもりだったのだが、唐突に携帯に着信が入ったため起こされてしまった。
「ねえ、今大丈夫?」
電話の相手は美由紀だった。
「……いや、これからもうすぐ仕事だから、あまり時間は無い」
寝起きの俺は寝ぼけまなこをこすりながらそう言った。
「そう……じゃあ、会うなんて絶対無理、だよね」
「……うん、まあ」
それからしばらく電話のホワイトノイズの音しか聞こえなくなった。俺はそれに対して何か言葉を発しようとしたが、何と言えば良いのか分からなかった。
体感としては五分か十分、しかし実際はせいぜい一、二分だろうか。それくらい長く気まずい時間が経過した後、美由紀はまた話し始めた。
「そう、じゃあ、仕方がないね。……愛しているよ」
「ほんとごめん。明日なら会えるからさ」
「明日、ね。……うん、分かった」
そう言って美由紀は電話を切った。
その夜、美由紀は自室で首を吊り死んだ。司法解剖の結果、ナイトメアに取り付かれた痕跡が見つかり、事故死として処理された。