第二話 4
――現在――
「おい、後ろからナイトメアが二体接近しているぞ」
帽子を通して直樹が指示を出してくる。
「言われなくても分かってる!」
その言葉と同時に体を反転させ、対ナイトメア・ビーム砲を構える。途端にかかる強烈なG、体内の臓器が揺さぶられ、視界が暗くなりかける。
「くそったれ、そんなに欲しいならくれてやるよ!」
情報通り、後方にはナイトメアが二体いた。黒い雲のような姿、されどその輪郭はぼやけていて、特定の形を持ち合わせていない。しかしながら同一のナイトメアと対峙し続けると、奴らは次第に形を変え始める。教本によると、ナイトメアは相手が最も苦手とするものに変化する能力を持つため、それ以前に倒すのが鉄則とされている。だから、さっさと片付けてしまおう。
二発、それだけで十分だ。いくら雪が降っていようとも、狙いを外すことなど無い。二回引き金を引いたのち、直ぐに体勢を立て直し平常飛行に戻る。
「……二体、撃墜」
通信機の向こう側から、まるで電子音のように無機質な直樹の声が聞こえる。
「戦闘スタイル、随分と変わったな」
「……まあな」と俺は答える。
「そんなにあいつらが憎いか?」
「いや、ただの仕事だ」
クリスマスの東京は、いつも寒い。それは何回目の実戦だろうと変わることはない。街の飾りも、スカイツリーの明かりも、ナイトメアの撃墜音も、同様に変わることなど無いのだ。そんな変わらない空を飛び、奴らをぶち落とし、子どもたちにプレゼントを届けるのが、俺の仕事。それ以上でもそれ以下でもない。
――過去――
サンタ・クロース養成学校に入学してから一か月、初めての外泊許可が出た。
「ふーん、それで私に連絡とったんだ」と美由紀は言った。
「まあね。直前の連絡でごめん」と俺は言った。
駅前で待ち合わせをしたのち、二人でどこへ行くかを話し合った結果、何か映画を見ることに決めた。ここから映画館まではおよそ十分ほどであり、バスも通っているのだが、財布と相談した結果、徒歩で向かうことにした。
「それで、サンタ学校の方はどうなの?」
「別に、特に変わったことは無いよ。ただ毎日走らされて、毎日勉強させられて、毎日飯食って寝るだけさ」
俺がそう答えると彼女はやはりふーんと言うばかりだった。
そのままお互いに何も語らないまま映画館へとついた。特に見たい映画があったわけでは無いため、時間が合いそうな映画を適当に見繕い、その内容さえ知らないまま映画館賞を始めた。
結論から言うと、俺は映画の内容をほとんど覚えていない。ただ宇宙人が地球を攻めてきて、突然主人公が宇宙人に惚れたと思ったら、最後には大爆発を起こして終わっていた。代わりと言っては何なのだが、映画を見ている美由紀の横顔は鮮明に覚えている。スクリーンの明かりに照らされた彼女の瞳は、どことなく潤んでいて、口は真一文字に結んで、そして当たり前だが、前だけを見続けていた。そして俺は、そこから何一つ、彼女の感情を読み取ることができなかった。
映画が終わり、今度は近くのファミレスへ行くこととなった。その間も二人の間に会話は無かった。そのため結局、彼女の映画の感想も聞くことができなかった。
ファミレスは思いのほか空いていて、割合直ぐに席へと着くことができた。俺はメニューを見ることなくカルボナーラを頼み、そして彼女はメニューを端から端まで眺めてからドリンクバーとドリアを注文した。
「そういえばさ、なんでサンタになるのに学校へ行かなければならないわけ?」店員に注文を伝え、メニューを片付けられた直後に美由紀は訪ねてきた。「あなたはどういうことを学んでいるの?」
「それは……職業倫理上の問題があるから、それを教え込まれるんだ。ほら、プレゼントを配る際に他人の土地に入るわけだし。あとは子どもたちにプレゼントを渡すときの注意事項の学習だね、ネグレクトやその他で愛情が不足していると思われる子に対してプレゼントを渡すことが目的だから。デリケートな対応が必要だ。……将来のナイトメアの数を減らすためにね。それにナイトメアとの戦闘が予想されるから……」
「違う、そうじゃないの」
俺の話を遮って彼女が言った。
「あなたはどうしてサンタになりたいのかってこと」
俺はそれに対して何と答えれば良いのか分からなかった。やろうと思えば、面接の時みたいに、社会貢献だとか、子どもたちに夢を与えたいだとか、そんなことくらいは言えたのかもしれない。けれども終ぞ、そんな思考に口が追い付いて行くことは無かった。
その夜俺は美由紀と共に過ごしたが、二人の会話は終始ぎこちないままに終わった。