結婚式1
「そう言えば、おまえ様よ。まだこの居城ギルムアハラントを案内しておらんかったな。妾、自ら案内してやろう。ついて参れ」
「ああ。よろしく頼む」
ルシフルエントは手をつないできた。
俺は少し恥ずかしくなって顔が火照ってくる。
「ん?どうした、おまえ様よ。顔が赤いぞ?病気かえ?」
ルシフルエントが心配そうに覗いてくる。
「いや!ちょっと、恥ずかしいなと……」
「何がじゃ?」
「手を繋ぐのが」
「おまえ様は可愛いのう。じゃが、妾とおまえ様は一夜を共にした仲ではないか?今更こんな事ぐらいで赤くなってどうする?」
一緒に寝ただけですけどね。
「いや。改めて思うとこういう順序を踏んでなかったなぁと思うよ」
「順序?」
「手とか繋いだりしながら愛を深めて結婚だろ?」
「そう言うことなら済ませておるぞ?覚えとらんか?」
ん?俺はルシフルエントと会ったことあるのか?
「何のこと?」
「そうか……覚えておらぬなら、それでよい。これから愛を深めるまでじゃ。まずは、この居城ギルムアハラントを二人でデートじゃ!」
ルシフルエントは少し寂しげな顔をしたが、すぐに俺を引っ張る。
「??」
俺は思い出そうとしたが思い出せなかった。
そんな俺をお構いなしに手を繋ぎ、引っ張りながら連れて行くルシフルエント。
俺は考えるのを止めて付いていった。
ギルムアハラント城、中庭。
「ここが妾の中庭じゃ。どうじゃ?綺麗じゃろう?」
中庭には一面、紫色のバラのような植物と、彼岸花のような植物が咲いていた。
確かに綺麗だが……真っ赤な雲が空を覆い、どんよりと薄暗い状態でこの風景を見ると、いかんともしがたい不穏な雰囲気を醸し出している。
「ああ……綺麗……だね」
俺は苦笑いを浮かべながらそう言った。
「じゃろう?妾が手ずからに耕しておる自慢の庭じゃ。おまえ様にそう言って貰えると嬉しいのう!」
ルシフルエントは笑いながら両手を広げ、庭を自慢する。
俺は土の付近をまじまじと見る。
鍬で丁寧に耕したあとがある。
よく見たら花々は綺麗に剪定されていて配置などもこだわりが感じられた。
それが広い中庭に迷路のように植えられている。
「凄いなぁ。大変だったろう?」
「まあ、10年ぐらいかかったかのぅ?嬉しいのう!初めて自慢できるぞ!!アハハハ!」
楽しそうにクルクルとダンスを踊るルシフルエント。
俺はその光景を見て頬を緩める。
「さあ次に行こう!!おまえ様!!もっともっと!見せたい物があるのじゃ!!早う行こう!!」
興奮して顔が火照り、ハァハァと息を切らしながら子供のように手を引っ張るルシフルエント。
「分かった分かった。もう少し落ち着いて行こうな」
俺はそう言いながら付いていった。
俺たちは長い長い螺旋階段を手を繋いで登った。
ギルムアハラント城、ルシフルエント居室。
「ここが妾の部屋じゃ」
ルシフルエントは遠慮も無しに重厚な両開きドアを開く。
俺は少しドキドキする。
『女の子の部屋なんて初めて入るなぁ』
扉の中は未知の世界だった。
しかし、中を見てすこし驚く。
魔法のランタンで照らされている部屋には、広いだけの簡素なベッドに、執務用の机、窓があるだけだった。
ただ、窓がない廊下側にはびっちりと本が本棚に収められている。
「凄い本の数々だね」
俺は剣を振るうのが仕事だったためあまり本とは無縁の生活をしていた。文字はカツカツ読めるが、所詮その程度の教養しかない。
「この蔵書は大元帥ホホロンが妾にくれた物じゃ。全て3回は読んでおるの」
「凄いね。博識なんだ」
「そうじゃ。もっと褒めてもよいぞ!」
ルシフルエントは胸を張り、自慢げにそう言った。
『なんだか、子供みたいで可愛いな』
俺は自然と頬が緩む。
「これなんか見てみろ!だいだい300年前の蔵書だが凄いのが書いてあるのじゃ!」
ルシフルエントはパラパラと本を捲る。
その蔵書のタイトルは『周辺国家とその内情』と書かれてあった。
「ここじゃ!このアグリッパ王国!これが妾の母君の国じゃ!」
俺はルシフルエントが指さしたページを見る。
しかし、そのページに書かれた文を読んで少し嫌な気分になる。
「アグリッパ王国……建国40年の若い国。王の乱心により政変が起こる。10人いた子息や子女は行方不明。王家は滅亡。政情も大変不安定により、入国の際は注意が必要。周辺諸国が介入の動きあり」
「昔の事じゃ。色々な蔵書を見るが、アグリッパ王国に関しての記述してある書物はこれだけなのじゃ」
悲しそうにページを閉じるルシフルエント。
「妾は母君の顔を知らん。妾を産んですぐに亡くなったからな……この本が唯一の母君の居た証拠じゃ」
ルシフルエントから涙が一筋溢れる。
そして、本を強く抱きしめた。
「服とか装飾品は残ってないのか?姫君であれば…」
「父君の話だと、ボロボロの服で、命からがらこのギルムアハラントに来たらしい。多少の衣服は有ったが……一緒に埋葬したそうじゃ。父君は最後まで埋葬先を言ってくれなんだ。だから何処に埋められているのかもしらん」
「そうか」
俺はルシフルエントを抱きしめる。
「ふふ……おまえ様は優しいのう。悲しい話しだが……おまえ様には知っていて欲しい。そう思った」
「そうか」
ポロポロ涙を零すルシフルエントを更に強く抱きしめた。
しばらくして、ルシフルエントは涙を拭いて、俺から離れる。
「さあ!次に行こう!もう一つぜひ行って貰わねばならん所があるのじゃ!」
努めて明るく振る舞うルシフルエントは本を戻し、俺の手を引っ張る。
「どこだい?俺が行かないといけない所って?」
「聖域じゃ!ある意味、試練じゃのう」
そう言ってほくそ笑むルシフルエント。
「??」
俺は不思議に思いながらついていった。
今度は螺旋階段を下る。
ルシフルエントはしっかりと手を繋いで楽しそうに先頭を歩いて行った。