皇帝の決意1
リヒテフント帝国の穀倉地帯はアスラムル宗主国の国境地帯にほど近い南側の平地にある。
この付近はアスラムル宗主国側の領地も穀倉地帯であり、両国ともこの付近が戦場になると、大量の 餓死者が出る可能性があるため、特例的に非武装地帯として両国は盟約を結んでいる。
国境には長城が建設されているが、盟約前の300年前に建てられた物なので、老朽化激しく戦闘には耐えられそうに無い。
しかし、戦闘にはつかえないが別の事で利用価値があるため維持されてきた。
それは国境の明確化と作物の生育状況の監視である。
大規模穀倉地帯であるこの付近に高い建物が皆無のため、広い範囲を監視するためには丁度いいのだ。
盟約によってアスラムル宗主国側も利用できる事になっているこの長城は両国の基金で適宜部分補修されている。
◆ ◆ ◆
第3期収穫は年の最後の収穫であり、これが終わると各地で収穫感謝祭が行われる。
帝国は毎年恒例の行事として、穀倉地帯においての、年の最後の収穫である第3期収穫を皇帝が視察することになっている。
大規模穀倉地帯の収穫は、帝国の明日のパンに直結する重要な関心事であり生命線だ。
そのため、皇帝が直接農家を慰労し、民心を掌握する事が必要なのだ。
その昔は、各収穫期度に視察があったが、200年前に一度、皇帝暗殺未遂事件があり警備関連で膨大な人手が必要になり、合理的配慮で第3期だけ視察することになった。
現皇帝であるルビンは視察日程を順調に消化している。
農家と共に収穫を手伝ったり、大規模農家を訪問し慰労する。
視察は数日かけて行われるため宿泊場所は例年通り、長城の拠点に宿泊する。
元は警備用の拠点であるため、宿泊設備は完備されており、都合がいいのだ。
この拠点では視察と平行して、アスラムル宗主国との盟約確認交渉も毎年行われる。
毎年確認するのは、長城の補修費用の分担を決めるためだ。
しかし、戦時中でも行われるこの交渉は、時には休戦協定の締結交渉の始まりになったりするので重要な会議なのだ。
その会議の議題が先ほど終わった。
ここ10年は補修場所や分担変わらず会議が終わることが多い。
ルビンも一言も発することなく、ただ座っているだけだった。
アスラムル宗主国側はフスハーン統合議会議長が代表者として座っていた。
彼は終始にこやかな表情を浮かべルビンの方を見つめていた。
『なんだか……いやらしい』
ルビンは苦笑いを浮かべてフスハーンを見ていた。
対面に座る彼は30前後の青年で、会議室に入ったときから顔の変化がない。
終始目を細めニコニコとしているのだ。
服装は、砂漠の民にふさわしく白い布を黒い輪っかで縛り、被っているので、様子をうかがえる面積は少ないが、ルビンはそう思った。
「……では、議題も終わりましたので、これにて会議を…」
進行役の帝国の閣僚がそう締めようとしたとき、フスハーンが手を挙げる。
帝国側の出席者はざわついた。
宗主国側はまったく動じていなかった。
「……なにか?」
進行役の閣僚は怪訝な顔で確認する。
フスハーンは帝国側の怪訝な視線も意に返さず立ち上がって語った。
「突然の発言で申し訳ない。……昨今両国の緊張度合いが高まっている。故に宗主国側から関係改善に向けてちょっとした晩餐会を提案したい」
「晩餐会?」
「そうです。お互いの緊張が高まっている今だからこそ、両国が歩み寄るため開くべきかと思いまして……失礼ながら勝手に、下の大広間にすでに準備を済ませております」
恭しく頭を下げるフスハーン。
帝国がわからしたら寝耳に水の事であり、動揺が走る。帝国側からは口々に「どういう事だ?」とか「何かの陰謀か?」などの言葉が漏れた。
『何とも…大胆だな』
ルビンはそう思った。
この会議に叔父の摂政であるハウントは居ない。
それでなくても戦争準備のため王城でやるべき事が多くあるので動けないのだ。
それに、皇帝の恒例行事であるこの視察は、毎年摂政は参加しない。
すなわち、密会を行うには好都合なのだ。
この視察の前に、ルビンの元には秘密裏に会議を行いたいという王国からの便りが届いていた。
『たぶん…この晩餐会は布石だ』
ルビンは直感する。
『しかし……宗主国側の代表があんな事を提案するって事は…宗主国側の上の方にも先輩の意向が伝わってるって事?防共協定もあるし…ますます戦争なんかしたら』
帝国は滅亡する。
ルビンはその考えに至り、背筋が寒くなる思いだった。
ハウントの作戦計画では、宗主国の参戦は王国侵攻作戦があらかた終わった後だと想定されていた。
曰く、防共協定は50年以上前の古い協定かつ、宗主国は連合国家のため動員に時間がかかり即時対応は難しいとの見解だからだ。
ハウントの想定する空軍を使った大規模浸透強襲作戦では、数日の内にツタン城を占領する運びになっている。
最初にルビンが聞いたときは『何とも安易で机上の空論の作戦だなぁ』と思ったモノだが戦術論はあまり得意でないルビンは口を挟まなかった。
しかし、宗主国側が即時対応できるとすれば話は違う。
ハウントの作戦の根幹が揺らぐのだ。
「宗主国側のお気持ちは重々わかりますが……そのような配慮は困ります」
閣僚は残念そうに語る。
「そうですか?せっかく宗主国名物の酒や肴をたっぷりと用意したというのに……」
残念そうにフスハーンは語った。
そして、チラリとルビンの方を見る。
ルビンは、ゾクッとした。
その目線は私に行動を強要する意志が感じられた。
「しかし……」
なおも閣僚は断りを入れようとする。
「あ~……せっかく、この日のために特別に神聖なる牛を使ってメインを作り、カスビー海から高級魚であるダイダラを使ったお造りを用意したというのに……我々だけではとても食べきれない量だから無駄になってしまう!ぜひ帝国皇帝陛下に食べていただきたいのに!」
演劇のような声音で語るフスハーン。
帝国側の出席者は唖然となり言葉を失う。
宗主国側は「またか…」と言ったような呆れた顔つきをしている。
「ふふ……ふふふふふ!」
ルビンは思わず笑ってしまった。
出席者の視線が一気にルビンに集まる。
ルビンは少しだけ緊張したが、ここまできたら何か言わないといけないだろう。
ルビンは立ち上がる。
「宗主国側からそこまで言われれば、断るのも失礼でしょう……ぜひ晩餐会にご招待いただければと思います。みな?よろしいか?」
ルビンはハッキリと言った。
フスハーンは横目でその姿を見て、少しだけ笑みを深めた。
「そ……まあ、皇帝閣下がそこまで言われるなら」
進行役の閣僚は渋々そう言った。
その言葉を聞いてフスハーンは楽しそうな声音で語る。
「そうそう!……宗主国側の議事録には、この会話は記録しておりません。今宵は国を超えて、皆さんで日頃の慰労をしたいと思いまして……一足早い感謝祭と思って楽しみましょう?皇帝閣下!帝国側の配慮もお願いします……」
フスハーンは恭しく頭を下げる。
「ふふ!…宗主国の配慮に感謝します。みな?よろしいか?他言無用だぞ?」
ルビンはフスハーンにのっかる事にした。
「は……はい」
帝国側の出席者は憮然とした態度でそう呟いた。
しかし、頭の中では豪勢な食事を想像しているらしく、涎を拭く者もいた。
帝国の食事は質素であり、豪勢な食事など滅多に食べられないので本当は食べたくて食べたくてたまらないのだ。
特に宗主国の食事は贅をこらした素晴らしい物だと名高い。
ルビンは密会のことも気になったが、純粋に食事も楽しみだった。
こうして、議事録には記録されない、異例の晩餐会は開かれることになった。




