大魔会議
イスポワール王国はグレートアルメラント王国だけでなく、アスラムル宗主国や赤道より南に位置する各国全てで承認されて、国交を結んだ。しかし、当面は書類外交が続く。
まだまだ人間を往来させるには内政面……特に通貨や法律面だけでなく、インフラ整備が追いついていないからだ。
アルシュタインがキルと戴冠式までに、王国の法律を元にして素案を作ったが、細かいところまでは間に合わなかった。
通貨であるイスポワール紙幣もまだまだ足りないし、何より王都となるギルムアハラント城周辺の整備がまったくできていない。
クップメントの眷属を中心に24時間休まず城下町のインフラを整備しているが半年はかかるだろう。
平行してツタン城への街道も整備しているがまだまだ道半ばだ。
本当は国交を結ぶまでに何とかしたかったが、グレートアルメラント王国も、イスポワール王国も最大の懸案事項を抱えているため難しかった。
もちろん、他ならぬリヒテフント帝国の事である。
リヒテフント帝国は戴冠式に使節を派遣しなかった。
そればかりか、戴冠式に合わせて諸国に『イスポワール王国を承認する国とは国交を断絶する』といった内容の文章を送りつけたのだ。
曰く、「魔族と手を組む国は人間の敵である」という事らしい。
リヒテフント帝国の外交ドクトリンだと、この後やることと言えばただ1つ、宣戦布告だ。
リヒテフント帝国が龍を引き入れて圧力を強化していることはマウントシュバッテン王の外交で、すでに周知の事実だったので各国はリヒテフント帝国との国交断絶を決めた。
リヒテフント帝国の輸出入は極端に少なく、物流の世界的影響は少ない上に、中央の広大な砂漠地帯が邪魔して赤道以南の国とはほとんど交流はないから以南の諸国にとって問題は無い。
また、灼熱で広大な砂漠のためにリヒテフント帝国は以南に兵力を派遣することはできない。だから、南の諸国にとって所詮は他人事なのだ。、
しかし、それは地続きであるグレートアルメラント王国やアスラムル宗主国、イスポワール王国にとっては懸案事項に変容する。
リヒテフント帝国は着々と動員を拡大し、兵力を3国の国境に展開している。
報告によれば、規模はここ50年で最大規模。まさにマウントシュバッテン王が言っていたとおり、“総力戦”という言葉が適切なほど根こそぎ動員している。
3国は防共協定をすでに締結しているので、外交上は対策済だ。
あとは、現場の対策を早急に進めないといけない。
その為、内政政策は後回しにせざるをえないのだ。
建国間もないイスポワール王国としては非常に困る事で、アルシュタインも思わず愚痴をこぼしていたが、想定されていた事なので仕方がない。
限られた資源でやり繰りするしかないのだ。
◆ ◆ ◆
ツタン城から早駆けの伝令が届いた。
俺は仕事の手を休めて、すぐに開封する。
「……これは!」
俺は急いでルシフルエントの所へ行った。
マウントシュバッテン王から届いた書状は、対リヒテフント帝国戦での作戦骨子案だった。
作戦名は『浄化作戦』……夜のお茶会の時に言っていた案を具体化した物だった。
ルシフルエントに手紙を見せる。
「う~ん」と唸りながらも少しだけ表情が緩んでいる。
「おまえ様よ、どうするかえ?」
「計画通り行こうと思う。早期講和のチャンスがあるなら、そうするべきだ」
「ふむ……それならば、妾が口出しをすべき事ではない。好きにするがよい」
ルシフルエントは頬を緩めてそう言った。
「いいの?この計画だったら魔族をかなり動員するけど?」
「魔族の長はすでにおまえ様じゃ。妾はサポーターにすぎん。この計画はおまえ様があの晩にマウントシュバッテンと話し、決めた外交成果じゃろう?自信を持って行動するのじゃ」
「そうか……ありがとう」
「なに……ただ、動員するにしても各部族長の了解が必要じゃ。キルに相談するとよい。妾も行こう」
少しだけお腹の大きくなったルシフルエントは、「ヨッコイショ」といいながら立ち上がる。
俺たちは玉座の間にいるキルの元へと向かった。
◆ ◆ ◆
玉座の間にはキルがいつものように仕事をしていた。
ルシフルエントはハッキリとした声で少し遠くのキルに言う。
「キル!魔族の長より発議じゃ。『大魔会議』を明朝開催する」
キルはその言葉を聞いて少し驚きながらも口元を緩め姿勢を正した。
「了解致しました。では本日中に各部族長に連絡して、明日の朝一番で『大魔会議』を玉座の間で開催します」
キルは恭しく礼をして、すぐに伝令を走らせた。
心なしか玉座の間にいる魔族がざわついている。
口々に「おお…!」とか「ついに来たか!」とか言いながら口元を緩め勇んでいる。
中には爪や武器を研ぎ出す者もいた。
「『大魔会議』?」
俺は初めて聞く言葉だったのでルシフルエントに聞いてみた。
「おまえ様よ……覚えておくがよい。『大魔会議』とは、魔族の部族長や有力魔族を全て招集する場合に行う事じゃ。主に勇者がこの地に攻め入った時か、人間共の大規模攻勢が予期されるときに行う魔族最大かつ最重要会議なのじゃ。これを発議できるのは魔族の長のみじゃ」
ニヤリと笑うルシフルエント。
何となく魔族のうわつきがわかった。
「なるほど……二度と開催されないことを祈るよ」
俺はその概要を聞いて少し胃が縮む思いだった。
◆ ◆ ◆
翌朝、転移魔方陣から続々と有力部族長がギルムアハラントに入城する。
揃いも揃ってみな直ぐにでも戦闘が行えるように臨戦態勢だ。
ちなみに俺もルシフルエントに言われていつもの戦闘服に魔剣を帯剣している。
「なんで、みんな臨戦態勢なの?」
俺は少しだけ疑問に思って玉座の隣に座るルシフルエントに聞いてみた。
「魔族にとっての正装は死地に赴く格好じゃ。すなわち、魔族の長の一声で、直ぐにでも最前線で華々しく散る覚悟がある事を見せるためにそう言う事になっておる」
「なるほど……だから、私もいつもの魔導師の服なのね」
ルシフルエントの隣に座るココが自分の服を少し引っ張りながらそう言った。
「へぇ~……王宮とは違ってぇ~。実用的なんですねぇ~」
その隣に座るアルシュタインも呟いた。
アルシュタインは非戦闘員なので、王宮の正装をしていた。
魔族が整然と並び始めている中、近づいてくる2つの人影。
一人はクップメントだった。
そして、もう一人は……見たことのある元人間だった。
「アッカイマン!」
俺は思わず立ち上がり、近寄る。
「お久しぶりです!」
アッカイマンも嬉しそうに早足で近寄って来た。
そして、握手をする。
「もう大丈夫なのか?」
「はい。その節は皆様にご迷惑をおかけしました」
アッカイマンは恭しく頭を下げる。
「いや……俺の配慮不足であんな酷い目に合わせてしまって」
俺は思わず蹂躙されるアッカイマンを思い出し、目頭が熱くなった。
「気にしないで下さい!私の力不足だったんです。それより!聞いて下さい!」
「?」
「魔族となったおかげで、生前の数倍まで魔力が高まりました。クップメント様のご指導のおかげでまだまだ強くなりそうです!」
嬉しそうに声を弾ませるアッカイマン。
「そうか……それなら、良かった」
俺は少しだけ複雑な感情がよぎるが胸にしまうことにする。
クップメントがゆっくりと近づいてきて恭しくかしずく。
「カール様。ご報告が遅くなり大変申し訳ありません。ごらんの通り、アッカイマンも魔族として耐えうるレベルまで成長したので此度の作戦に参加させたいと思います」
「ありがとう……そして、本当に助かる。アッカイマンは帝国出身だからそっちに関係でお願いしたい。大丈夫かな?」
「はい!首都ツアイスにも住んでいたことがありますので大丈夫です!」
アッカイマンは自信たっぷりに言ってのけた。
俺は言葉を返そうとすると、ルシフルエントが割って入ってきた。
「おまえ様よ…話しているところ悪いが、みな揃ったようじゃ。時間も押し迫っておる。火急の用が無ければ後にせんかえ?」
俺は驚き辺りを見回すと、確かに魔族は序列にしたがい、整然と並んでかしずいていた。
「すまないアッカイマン。作戦内容は会議で言うから、思い出話はまた後にしよう」
「はい……では」
アッカイマンとクップメントは小走りで、自分の位置に行った。
シーンと静まりかえる玉座の間には部族長級の魔族が微動だにせずかしずいている。
俺は少し身震いした。
このとりまとめが俺なのだ。
気が引き締まる思いだ。
キルが立ち上がり、ハッキリした声で叫ぶ。
「ただいまより!『大魔会議』を開催する!皆の者。面をあげよ!」
キルの号令で一斉に俺の方を向く魔族達。
俺は少しだけドキドキしたが気を引き締めて立ち上がり語り出した。
「遙々ご苦労。魔族の長であるカール・リヒター・スベロンニアである。そして、この地に建国したイスポワール王国の初代国王でもある。お前達もイスポワール王国の国民だ。しかし、立場は変わっても魔族は魔族。今後も同様に忠誠を誓う事を願う」
「はっ!」
一糸乱れぬ返答が玉座の間に響いた。
「よろしい。では懸案事項である対リヒテフント帝国についての話に移る。資料を…」
俺は座る。
キルを中心にギルムアハラントで働く秘書官達が紙で作った資料を配った。
こうして、『大魔会議』は開催されて、対リヒテフント帝国戦に向けた『浄化作戦』が動き出した。




