一夜
宿屋のベッドではルシフルエントが寝巻に着替え座っていた。
そして、俺の姿が見えた瞬間、怒られた。
「遅い!一体、何時まで出歩いとるつもりじゃ!!」
かなりの剣幕で怒られる俺。
というか、何時までって、母親ですか?
「いや……その……もう23歳ですし…」
流石の俺も反論する。
ここで引いたら俺の結婚後の人生が台無しだ!
「何才じゃろうが関係ない!!妾を待たせた責任をどうとってくれる!!」
完璧に論破される俺。
尻にひかれる婿養子決定だな。
「はい……ごめんなさい」
俺は素直に謝る事にした。
俺の謝罪に掌を返したように笑顔になるルシフルエント。
「やっぱり可愛いのう。勇者よ!ほれ……近う寄れ」
ルシフルエントは自分の座ってるベッドの横を叩く。
座れって事か?
俺は隣に座る。
すると、すぐにルシフルエントは抱き付く。
俺はいきなりの事で、緊張で動けなくなり、鼓動が早くなる。
しかし、匂いを嗅がれた瞬間、ジト目で睨まれた。
「ふんふん!……ココの匂いがする」
「それは……ココと会って話をしたんだし……匂いぐらいするだろう?」
「い~や。これは強烈に匂うぞ。……そうじゃのう、抱き付かれでもせん限りはこれほどまでは匂いはつかんはずじゃ」
ギク!バレバレですか……そうですか。
「まあ、別れの時に抱擁ぐらいはしたかな。別れなんだし!」
「ふ~ん。まあ、上出来じゃの」
そういうと、ルシフルエントは俺を押し倒す。
「ヒッ!ル……ルフェちゃん?」
「こうなったら、妾の匂いを上書きせんといかんのう……なあ?勇者よ?」
ルシフルエントは舌なめずりをしながら笑っていた。
薄暗い部屋で見るその目はまるで、獲物を狩る獣のような目をしていた。
そのまま、抱き枕の様に抱き付かれたまま就寝となった。
『両手両足を完全にホールドしてて動けない……クッ!』
しかも、ルシフルエントのたわわに実った胸の感触や、耳に適宜に吹きかけられる吐息。
胸以外の柔肌の感触。
漂う上品な香り。
伝わってくるすべての感覚が、男の俺にとっては拷問以外の何物でもなかった。
俺は悶々とした感覚の中で意識を落とした。
次の日。
起きると、ルシフルエントはいなかった。
俺は起き上がると、部屋の扉が開く。
「おはよう!おまえ様!朝食を準備したぞ!」
「おまえ様?誰の事だ?俺の事か?」
「おまえ様以外おらぬであろう?同じ布団で一夜を共に過ごしたのじゃ……もう!」
そういって、顔を赤らめながら肩を叩く。
……一緒に寝ただけですけどね。
俺は何とか言葉には出さず、呆れ顔だけで対応できた。
そんな俺を放っておいてイソイソと準備をするルシフルエント。
しかし、小さいテーブルに並べられたものは……食事なのか?
「なあ……ルフェちゃん」
「ん?なんじゃ。おまえ様」
「その机に並べている物は何でしょうか?」
「見ての通り食事じゃ。うまそうじゃろう?獲れたてで新鮮じゃぞ?」
あ~。こいつは言っておかないとダメなやつだ。
初めてルシフルエントを魔族だと思えてくるよ。
「あのなぁ。普通の人間は毛のついてるウサギの生肉なんて食べないんだ。しかも朝食に」
机に並べてある、死体……皮も剥いでない、殺したてで新鮮な生のウサギだった。
「そうなのか?しかし、玉座の間では肉を旨そうに食っておったではないか?」
「あれは調理してあるからだろ?生肉は……ダメだ」
「ふむ、妾には同じ肉としか思えんがのう?そんなものなのか?」
俺は頭を抱える。
「そうか……そういう認識か。わかった。帰ったら料理長を交えて説明するから、果物とか、そのままで食えそうなのをください。お願いします」
「そうか?では、ついでに買っておいたリュンゴの実を食べるが良い!」
そういって、紙袋の中から不揃いのリュンゴの実を3つ、俺の前に置いた。
ああ……今は何も言うまい。
ココはこういう料理とかは上手かった。
『しっかり栄養バランスを考えないと体に悪いのよ!成長にもね!!』
そう言っていた。
今、目の前にいるルシフルエントはボリボリとウサギの頭を骨ごと食べている。
『お前もウサギを丸のまま食べられるようになればでかくなるんじゃないのか?ココ』
俺はルシフルエントを見ながらココに届かないアドバイスを送る。
そんな、訳の分からない思考をするぐらいこの光景は壮絶だ。
そして、リュンゴの実を一つ手に取り食べてみた。
「おっ!甘くておいしい!!」
「じゃろう?幼少期はよく城から抜け出してな、そこら辺に生えている野生のリュンゴの実を食したものじゃ。その経験が役に立ったわ!」
「なかなかの冒険家だね……たしか、リュンゴの実って小さいやつは毒が無かったっけ?」
「そうなのか?まあ、妾は魔族だからのう。植物の毒なぞ効かぬわ。ハッハッハ!」
胸を張り高笑いをするルシフルエント。
「……便利な体」
俺は苦笑いを浮かべた。
ひと騒動あったが朝食を終えて宿をでると、大きくて豪華な馬車が数台止まっていた。
「珍しい……要人輸送用の大型馬車じゃないか?」
俺は近くでマジマジ見ていると、中なら人が数人降りてきた。
その中心にいたのは、昨日紹介されたアルシュタインだった。
「おはようございますぅ。カール様、ルシフルエント様。お迎えに上がりました」
アルシュタインはスカートを少し上げる優雅で上品な挨拶をする。
「ほう?昨日とは大違いだな。見違えたぞ」
ルシフルエントが少しわざとらしく褒める。
完全に敵対モードだ。
「お褒めに預かり恐縮ですぅ~!では、参りましょう!」
そんな思いを知ってか知らずか、嬉しがるアルシュタイン。
『確かに表情が読めない。もしかして、昨日の行動も演技か?』
俺は冷静に顔に出さないよう考える。
「あ~。ちょっと待て。妾は領主様と移動時間を使って話したいことがある。できれば二人っきりでだ。できるか?」
「申し訳ございません……そこまで配慮が至らずギリギリの台数しか馬車はありません。何とか調整してしてみますので少々お待ちいただけませんか?」
「ああ。よろしく頼むぞ」
ルシフルエントは当然のように言う。
アルシュタインは馬車に急いだ。
「おい。ルフェちゃん!」
俺は小声で語り掛ける。
「なんじゃ?おまえ様」
「その……無茶ぶりすぎないか?」
「あやつの能力がどれほどか……試してるだけじゃ。心配するな」
ルシフルエントがニヤリと笑う。
「げ……恐ろしい」
思わず本音が出てしまった。
「無能か有能か……さあ、どう出る?クックック!」
しばらくしてアルシュタインは戻ってくる。
「遅くなりました。申し訳ございませんが、どうしても都合がつかず私と同席という形でしか調整がつきませんでした……城に戻ってご準備しましょうか?」
ルシフルエントは笑みを浮かべる。
「そうか……しかし、わざわざ城まで戻って準備するのもマウントシュバッテン王に失礼じゃ。おぬしも居ってよい。今後の話じゃ。執政官代表のおぬしが居ても差し支えなかろう。のう?おまえ様?」
「ああ……ルフェ……ルシフルエントがそう言うなら」
俺は引きつった顔で苦笑いをする。
思わぬ無茶ぶりに素が出るところだった。
「ありがとうございますぅ!カール様!ルシフルエント様!」
アルシュタインは屈託のない笑顔で答えた。
胃に悪いやり取りをした後、俺達3人は一緒の馬車に乗った。
そして、馬車は一路、魔族の首都ホルエルンへ向かった。
9月5日タイトル変更