リヒテフント帝国2
覚悟を決めたルビンだったが、いっこうに何も起こらなかった。
そして、ドサ!という音が響き、またいつもの静寂が戻った。
『なんだったんだろう?衛兵の声も聞こえないし』
不安になるルビン。
試しに立ち上がってみると、プルプルしながらだったが何とか立ち上がれたので、急いで窓の外を見た。
城の中庭には龍が5体狭そうに着陸していた。
しかし、すぐに、尻尾の生えた亜人になった。
そうしたら叔父さんが衛兵数人と共に城から出てきて、何やら話し込む。
未だに、ルビンの扉にはノックは無かった。
『……この緊急事態に皇帝に何も相談無しってどういう事よ?』
ルビンは唖然としながらも急いで中庭に向かった。
◆ ◆ ◆
中庭では、ハウントが衛兵を引き連れて龍だった亜人と話すところだった。
遅れて、数人の帝国主要閣僚が城から出てくる。
「これはこれは、遙々魔界からよくぞ来て頂きました!ギリムさんでしたか?協力よろしくお願いします」
にこやかな顔つきでハウントが握手を求める。
ギリムは端正な顔つきをした青年で、褐色の肌に無造作に伸ばした黒髪が腰まで伸びている。
服装は、上半身裸で、ぼろ切れの腰巻きを纏っている。
体は線は細いながらも筋骨隆々で服装と相まって威圧感を醸し出していた。
ギリムは握手をしなかった。
代わりに、ギロリとハウントを殺気混じりの視線で睨む。
「約束は本当だろうな?」
その声は低く、殺意のこもった声だった。
ハウントは額に汗を浮かべ少しだけたじろぎ手を引っ込める。
しかし、すぐさま満面の笑みを浮かべ、両手を最大限に使ってアピールをする。
「もちろんです!!交渉役のマッケイヤーさんが提示された通り、西に広がるアルデール山脈をギリム王に差し上げます!水源と鉱物資源の採掘させていただく以外、私達は一切関与致しませんのでご自由にお使いください」
ギリム王という響きに少しだけ高揚感を覚えたのか、ギリムは頬を緩めニヤニヤと笑った。
ハウントは緊張が緩み、少しだけホッとしたように頬を緩めた。
「よかろう。では王として盟約を結んでやる。誰が代表だ?」
「もちろん、この私、ハウント・マルクルブ・リヒテホーヘンが代表です。よろしくお願いします」
ハウントは再度握手を求める。
「わかった。これで、我らは盟友である」
ギリムは顔をニヤつかせながら握手をする。
軽く2~3往復腕を振ると、ギリムは手を離し格下を見るような目つきで言った。
「それでは、とりあえず休息する部屋を貸せ」
「はい……衛兵!案内しろ!」
「はっ!」
衛兵は力強い挨拶をして扉の方に向かった。
ギリム達はその衛兵に付いていった。
衛兵とギリム達が見えなくなると、閣僚らしき一人がハウントに呟く。
「宰相……よろしいので?」
「なにがだ?」
「皇帝はルビン様です。断りも無しに勝手に決めては……皇帝としての立場が……」
「ふむ……立場的にどうでもよかろう?所詮、傀儡だ」
「それに……あのような魔族を引き込み……周辺諸国が黙って無いのでは?」
「王国が魔界を引き込んだのだ……すでに賽は投げられている。帝国作戦部が立案する立体機動戦術を行うには我が軍の気球船だけでは不十分なのだ。それは知っているだろう?」
少しだけ語気を強めるハウント。
「しかし……おっと、では、続きはのちほど……」
閣僚は中庭に繋がる扉を見て話すのを止める。
扉を見ると、ルビンが肩で息をしながら中庭に入ってきた。
「おおルビン。丁度良かった。今から会議を行う。付いてきなさい」
「はぁ……はぁ……会議?……あの、龍達は?」
「その事で会議だ。国家の運命を左右する会議。心して望むのだ」
「……はい」
ルビンは混乱していたが、とりあえず従うことにした。
◆ ◆ ◆
ルビン達が会議室に付いたあと、リヒテフント帝国の主要閣僚が続々と入ってきた。
全員が入ってきたことを確認した衛兵が会議室の扉を閉める。
「……さて、先だって行われた最高意志決定会議で決議されたとおり、もはや、戦端を開かざるえない状況にきている。各員状況を知らせてもらいたい」
ハウントは強めの口調で会場に響くように言う。
『私……そんな話し聞いてないんですけど?』
玉座に座るルビンは、俯いたまま少しだけ膨れた。
「北部方面軍進捗状況8割。あと半年で守りは盤石となります。魔界には動き無し」
閣僚の一人が立ち上がり言う。
「東部方面軍進捗状況9割。あと2ヶ月も頂ければ完璧です。王国は姑息にも細工をしているようですが問題ありません」
違う閣僚の一人が立ち上がり言う。
「南東部方面軍。宗主国に動き無し。長城の守りは盤石。いつでも大丈夫です」
違う閣僚の一人が立ち上がり言う。
「国内では、第3期収穫作業が終盤を迎えています。あと、1ヶ月もすれば問題なく徴兵できるでしょう。収穫作業を早めたので、収穫量は例年より若干少なめですが、統制中ですので問題ありません」
「フフフ……統制令を解除せず正解だったな」
ハウントは顎を触りながら言った。
帝国は昨年、皇帝を巡る一連の混乱で食糧の買い占めが起こり、物価が急上昇した。
ハウントはすぐに宰相権限で物品の統制令を発布し、食糧などの生活必需品の配給制を断行、物価上昇の混乱を治めた。
しかし、混乱はルビンが皇帝に即位した時に収まってはいたが、未だに配給制は継続している。
『何回か言ったのに解除しなかったのはこの為なのね?』
ルビンは誰にも聞こえないように小さく溜息をつきながら思う。
会議も終盤にさしかかり、ハウントは立ち上がった。
「……さて、皆さんに紹介したい人物がいる。おい!ギリム王をここへ」
「は!」
衛兵は凛とした声で返事をして、外に出た。
しばらくして、扉が開き、ギリムや4体の人間形態の龍族が入ってきた。
「こちらは、遙々魔界より我々に協力しに来られたギリム王である。失礼の無いように」
「ギリムだ。人間に使われるのは性に合わんが、盟友の頼みだ。共に戦おう」
会場からは響めきが起こる。
「ギリム王には我々が勝利したさいにはアルデール山脈に住んでもらい未来永劫、我が国を守護してもらうことになった」
「喜べ人間よ。我が強大な力を味方につけたのだ。勝利は確実だ」
ギリムは両手を広げ叫ぶ。
会場はさらに騒がしくなる。
所々から、「割譲の間違いではないの?」等の反対意見も聞こえた。
ルビンは知らされてなかったのが自分だけではなかったことに少しだけ安堵した。
しかし、状況は芳しくない。
これは完全にハウントの独断専行だ。
普通の皇帝なら苦言を呈す所であるが、ルビンにはそれができなかった。
自分は皇帝になる人物ではない。
血筋だから仕方が無くなっているだけだ。
そのように自分を卑下し、逃げているからだ。
ルビンは自分が嫌になり、思わず目を閉じた。
「静かにせよ!!これは必勝のために必要な協力なのだ!!」
ハウントは叫ぶ。
突然のハウントの怒声に会場は静まりかえった。
ルビンも思わず目を開けて硬直する。
「この50年の失敗を繰り返すわけにはいかない!!敗北主義者は立ち上がり異議を申し立てよ!!」
ハウントは拳を振り上げ叫んだ。
会場は静まりかえる。
「では、異議無しということで進めさせて頂く……陛下、よろしいですか?」
『……散々無視してたのに、こんな時だけ私を利用するなんて』
ルビンは思った。
しかし、文句を言えるだけの勇気はルビンには無かった。
「……よしなに」
ルビンは小さな声でそう言った。
「ご采配がなされた!!各員!帝国の繁栄のため、一層奮励努力せよ!!」
ハウントは両手を広げた。
会場の人々は一様に立ち上がり、深々と礼をする。
こうして、リヒテフント帝国の滅亡への歯車が回り出したのだ。




