番外編2 婿養子
ギルムアハラント城のホホロンの執務室。
「ホホロン様……報告があります」
副官であるロードウィザードのキルが恭しく礼をして入ってきた。
「どうした?こんな夜更けに……」
執事服を華麗に身にまとったホホロンが机に向かって何かを書きながら言う。
彼はその絶大な魔力を普段は疲労回復に割り振り、寝ないで仕事をする。
昼はルシフルエントに使える執事、夜は魔界を統治するための様々な事務を一手に引き受けている。
彼のおかげで魔界全てが円滑に動いていると言っても過言ではない。
強大な力と優秀な頭脳を併せ持つ唯一無二の存在。
それが大元帥ホホロンという魔族なのだ。
「その……今夜もルシフルエント様が」
申し上げにくそうにキルは言う。
「居なくなったか?」
「はい」
「……はぁ~」
大きな溜息をつき、手を額に当てて残念そうに仕事を止める。
「申し訳ありません……注意して見張っていたのですが、隙を突かれ城の外へ」
「よい。私が行こう……悪いが代筆を頼まれくれるか?」
「はい……よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるキルを尻目に、ホホロンは颯爽と立ち上がり、部屋を出た。
「たぶん……あそこだろう。しかし、あんな姿を他の魔族に見せるわけにはいかない。困ったモノだ」
深く溜息をつき、ホホロンは最短ルートでギルムアハラントをでる。
そして転移魔法を唱え、消えた。
ルシフルエントはある孤児院で添い寝をしている。
それはカールのいる孤児院だ。
もちろん、添い寝相手はカール少年6歳である。
目をキラキラさせて狭いベッドに入り込み、事あるごとに頭をなでなでしていた。
『はぁ~、可愛いのう……ほっぺも柔らかくていいのう~』
そんな事を思いながらカールを見つめている。
もちろん、魔法で不可視化を行い、さらにいつでも逃げれるように退路も確保している。
「う…ぅん……ママ……」
カールは寝返りのついでにルシフルエントに抱きつき、思わず寝言を呟く。
しかし、その効果は絶大だった。
「はぁぁ~!可愛い~~!!そうじゃぞ!!妾はママじゃぞ!!」
ものすごい小声で思わず呟き、抱きしめる。
モゴモゴと胸の中で頭を動かすカール。
ついでに、両手ももぞもぞと胸をまさぐっている。
「んふぅ~!」
ルシフルエントは少しくすぐったいのか肩を振るわせながら、力の抜けた声が漏れる。
至福の時間だった。
朝を告げる鳥の声が遠くから聞こえる。
それは、終始興奮しっぱなしのルシフルエントの至福の時間もそろそろ終わりということだ。
日の出の時刻が近い。
ルシフルエントは残念そうな顔をする。
「はぁ~……もう時間か…残念じゃ~」
そう言ってルシフルエントはそっとベッドを離れた。
孤児院をこっそりと出る。
「あんな事から、まだ2年しか経っていないのに……嘆かわしい」
ルシフルエントの後ろから声がする。
「ふわ!……なんじゃ、ホホロンか。脅かすでないぞ!」
ビクッと体を反らしながらも、相手を確認して安堵する。
ホホロンは体を預けていた孤児院の壁から体を離し、ルシフルエントに近づく。
そして、盛大に溜息をついた。
「はぁ~……亡き先代様がこの姿を見たら……なんと嘆くでしょう?」
「死んだ者は何も語らん。諦めよ。ホホロン。それに……」
「それに?」
「母君との大恋愛を聞いとる妾からしたら、人間に恋する事を邪魔立てされたくはない」
自信満々に言うルシフルエント。
ホホロンは開いた口が塞がらなかった。
一瞬の静寂があった。
「……いや……アレはダメでしょう?」
思わずホホロンは呟いた。
「何がダメなのじゃ?」
「カールはまだ6歳ですよ?外見も年齢も幼すぎます……世間一般では特殊な性癖と分類されています」
「なっ!人間は人間じゃろう?特殊な性癖とは聞き捨てならん!!」
「い~~~え……言わせてもらえば、あのベッドの中での顔は変態そのものです。ニヤニヤと淫らに笑い、情欲に燃えるその赤い瞳は、今にも手籠めにしかねない危うさがありましたよ?カール君には心底同情します」
「なっ!なななっ!!なんという言いぐさじゃ!!取り消せ!!というか、覗くな!!」
「そうはいきません。あれ以上エスカレートするのであれば止めに入るところだったんですから!」
「カールは妾が手ずからに魔力転移した相手……そう、言うなれば妾の子供のようなモノじゃ!これは……そう、母性のなせる技じゃ!」
「はっ!アレが母性ですか……ふぅ~ん。そうですか。軽蔑ものですねぇ……というか、恋とか母性とか論理が飛躍しすぎて支離滅裂ですよ?」
見下すようにルシフルエントを見るホホロン。
「五月蠅い!うるさーーい!もう日も昇る!!帰るぞ!!ホホロン!!」
「はいはい……まったく」
溜息をつきながら転移魔法を唱えるホホロン。
二人はギルムアハラントに戻った。
そう、ルシフルエントはカールが6歳になり、孤児院でも少しだけ広めの部屋になってからというもの、連日のようにお忍びで添い寝や観察などをしているのだ。
その行動は常軌を逸している。
昼は昼で遠くから観察しては悶え。
夜は夜でとうとう見るだけに飽きたらず添い寝などという暴挙まで行うようになった。
コレを変態行為と言わずなんと言うだろうか?
おかげでルシフルエントは昼間の仕事はされどほったらかしで、支障が大いにでているため、ホホロンが全てをカバーするという悪循環になっていた。
『まだ、探検とか、冒険とか称して人間の街に行く方が楽だ』
ホホロンは嘆く。
昼間。
「おお!さすが妾の勇者カールじゃ!!剣捌きも完璧じゃ!!」
ルシフルエントは遠くから眺める。
ホホロンも見てみると、子供にしてはかなり手練れな剣捌きをしていた。
この地を統べる男爵領の兵士スカウトも惚れ惚れしながら見ていた。
『あれだけ魔力回路が活性化したんだから当たり前か……運悪ければバッドステータスを一生背負うこともあるのに……強運だな。戦闘力はすでに上級ゴーレムなど切り刻めるだけの力がある』
ホホロンは冷静に分析しつつ思う。
このように高頻度で観察していては、そのうち感づかれる心配がある。
ホホロンはルシフルエントを何とかたしなめて、ストーキング活動を月一ぐらいのペースに落とさせた。
カールは15歳になった。
いまだにルシフルエントのストーキング活動は続いている。
ホホロンは半ば諦めながら同行し観察していた。
カールの身体能力は素晴らしく、若いドラゴンであれば屠れるほどに強くなっていた。
当然兵士の誘いも多く来ていたが……彼は冒険者の道を選んだ。
そして、あるダンジョンでココと運命の出会いをする。
初めは敵対していたが、協力してダンジョンを攻略し一方的に好意を寄せられるようになった。
カール自身は気付いていなかったが、端から見ればバレバレであった。
「きーーー!あのロリ体型魔導師め!!妾の勇者に色目なぞ使うことはゆるさん!!」
ルシフルエントは地団駄を踏んで悔しがった。
その後、二人は破竹の勢いで兵士になったり武勲をあげたりして20歳で王都に召還された。
そして、光の勇者として洗礼を受ける。
「ルシフルエント様……カールが光の勇者になりました」
ホホロンは恭しく話す。
「本当に妾の勇者は勇者になったぞ!!嬉しいのう」
恍惚の表情を浮かべ喜ぶルシフルエント。
ホホロンは呆れる
「情報に寄れば、王は魔王ルシフルエント討伐を依頼した模様なのに……なんと吞気な」
「良いではないか?また面と向かって再会できる!話もできる!……嬉しいのう!なんと言って迎えてやろうか?」
完全に心ここにあらずだ。
「はぁ~……そんなに好きなのであれば、求婚したらどうですか?」
溜息をつきながらホホロンはつい言ってしまった。
「おお!名案じゃ!さすがホホロン!!妾の気持ちをようわかってくれとる!!」
ルシフルエントはポンと手を打って喜ぶ。
「……」
ホホロンは頭が痛くなったような気がしたので、思わず片手を額に当てて考える。
『先代といい……姫様といい……なんとも自由奔放だ。まったく……ワシは最後の最後まで尻ぬぐいか。まあ、それも先々代を守れなかったワシの罪……あのカールであればワシの因果を絶つのにふさわしいのかもしれんな』
そう考えたらホホロンは少し心が楽になった気がした。
1500年前。
ホホロンはクップメントと供に四天王の一人として、先々代ルシフルエントに仕えていた。
しかし、光の勇者によって四天王二人と先々代ルシフルエントを倒されてしまった。
その結果、魔界の支配地域は約半分となり、多くの魔族が息絶えた。
そして、現在に繋がる人間の繁栄の基礎となったのだ。
このとき拡大した土地に大小20の国々が生まれた。
現在では戦争を繰り返し、グレートアルメラント王国、リヒテフント帝国、アスラムル宗主国の3カ国に統合されている。
ホホロンは魔王を守れなかった事を非常に悔やみ、次代以降のルシフルエントに永遠の忠誠を誓ったのだった。
今では懐かしい思い出だ。
「なあホホロンよ」
「はい?」
「カールは妾を斬ると思うか?」
「斬るでしょう?そのための勇者ですから」
「妾はそうは思っとらん。きっとわかり合える。それは、妾を庇ったカールを今でも信じておるからじゃ」
自信満々にホホロンに宣言する。
ホホロンは一瞬驚いたが、すぐに頬を緩め笑った。
「本当に……恋をしておられるのですね?」
「当たり前じゃ!妾の初恋じゃからな!!」
怒ったように頬を膨らます。
「ルシフルエント様……本気で求婚なさるつもりであれば、僭越ながらこのホホロンが、婿養子としてふさわしいかどうか試させてもらいます」
少しだけ頬を緩めながら深々と頭を下げて言う。
ルシフルエントは少しだけ驚き、少しだけバツの悪そうに聞く。
「……お前は反対なのか?」
「いえ、私はルシフルエント様の配下……王の決定に異存はありません。しかし、大元帥としてカールが強き者かどうかを見定めてさせてもらいます……もし殺してしまったらそれぐらいの男だったということで諦めて頂けますか?」
「ああ……お前がそこまで言うのであれば仕方がないのう。じゃが、妾の勇者は強いぞ?」
「存分に承知しております……伊達にこの16年近く、一緒に観察してはいません」
ホホロンは少しだけ複雑な顔をした。
「そうじゃのう、色々あったのう」
「はい……これも運命かと」
「そうか。では、カールがお前を倒したら、妾の運命の人だということか?」
「はい。私が倒された時は、深淵の黒きマナの大樹に抱かれながら、ご祝辞を述べさせて頂きます」
「そうか……では、その時になったら人間風に結婚式を挙げよう。父君もいるマナの木の傍でな」
「そうして頂けると私も嬉しいですね」
「うむ……なんだか変な話じゃのう?」
「そうですね。……では、まず四天王に知らせ防備を固めます。いつまで持つかは不明ですが、ルシフルエント様も覚悟しておいてください」
「わかった。よろしく頼む」
ホホロンは少しだけ頬を緩め、悪戯っぽく笑う。
「あと……今後の為に、カールくんに変態行為をしていたことはご内密に」
「それを言うでない!!妾も反省しておるのじゃ……誰にも言うなよ?」
「それはもう……大元帥の名に誓って、言いません」
「とにかく、防備の件は頼むぞ!ホホロン!」
「はっ!お任せください」
ホホロンは深々と頭を下げて部屋を出る。
こうして魔王は勇者を婿養子にすることに決めたのだった。




