クップメント元帥2
クップメントはその昔、人間だった。
しかし、その端正な顔つきから醜悪な大人に弄ばれ、死んだ。
骸がうち捨てられたのが、現在の魔界である。
マナの力を使い魔族にしたのが、他ならぬ初代ルシフルエントである。
“マナエッセンス”
マナの分身を使い、マナの力を使った秘術である。
現代では魔力回路で代用し、“魔力転移”と呼ばれる、非常に強い副作用のある秘術の元となった技だ。
その秘術で、死霊系魔族として再び人生を歩み出した。
復活した際、クップメントはルシフルエントに質問した。
「なぜ、私を……」
「お前には才能がある。俺は魔族を統一するため、仲間が欲しい。……力となれ」
「……はい。この身の全てを捧げます」
こうして、初代ルシフルエントからクップメントという名前を授かり、56代の現在までこの世界に存在している。
そんなことをクップメントは思いだした。
なぜ思い出したかというと、カールが魔剣を取り込んだからだ。
今は、ベッドで寝ている。
ルシフルエントとココが側で付きっ切りで看病しているが、彼が昏睡してすでに7日が経った。
さすがに疲れたのであろう、二人とも左右で座ったまま突っ伏して寝ている。
「……まさか、人間が魔剣を取り込む日がこようとは」
ぼそりと、クップメントが呟く。
そして、カールが寝ている部屋を後にした。
目が覚めると、俺はベッドにいた。
体がやけに重い。
「また……怪我したのかなぁ」
俺は右手を動かそうと試みる。
なにか柔らかいモノが邪魔をした。
俺は少しだけ、体を起こして、確認する。
それはルシフルエントの胸だった。
「!!」
あわてて、左手を動かそうとする。
今度は微かな、柔らかさが伝わる。
見ると、それはココの胸の辺りだった。
「!!」
俺は焦る。
「……おまえ様は……ホントにスケベじゃのう」
俺はビックリして慌ててルシフルエントを見る。
目は瞑っている。
寝言のようだった。
「もっと揉みなさいよ!!そしたら……大きくなるかも~……」
俺はまたビックリしてココを見る。
目は瞑っている。
寝言のようだった。
『どうなったんだ?』
俺は記憶を辿る。
そして、アッカイマンが殺されたことを思い出した。
俺は、何とか手を抜け出して、ルシフルエントとココを揺すって起こす。
「おい!!起きてくれ!!アッカイマンは!!アッカイマンはどうなったんだ!!」
二人は、起きた。
目をこすり、俺が上体を起こし喋っているのを確認したとたん、涙を浮かべ、抱きついてきた。
「良かった!!ホントに……死んでしもうたのではないかと心配したぞ!!」
「カール!!カーールぅぅぅ!!」
俺は、二人の頭を撫でた。
「ごめん……心配かけた。でも、アッカイマンが刺されて、あれからどうなったんだ?それを早く教えてくれ!」
二人は涙目のまま、離れる。
そして、目を背けた。
「どうした?」
「…覚えておらぬのか?」
「……」
ルシフルエントが恐る恐る聞いてくる。
ココは黙ったまま俯いていた。
そして、二人して俺の頭を見た。
「どういう事だ?」
俺は訳が分からなくなり、頭を掻く。
しかし、そこには触ったことのない感触があった。
「え!!なに……これ?」
俺は両手で頭を触る。
間違いない……角のようなモノが生えていた。
俺はルシフルエントを見る。
「ルフェちゃん……教えて欲しい。どんなことも受け入れるから……真実を教えてくれ」
「あのな……先に断っておくが、妾も実はよくわからんのじゃ。じゃから、状況説明だけ言うぞ」
困った顔でルシフルエントが言う。
「ああ……それで構わない」
俺は、ルシフルエントの話を聞いた。
ルシフルエントはありのままに話してくれた。
俺には、まったく記憶のない事ばかりだったが受け入れるしかなかった。
「……アッカイマンは死んだ。妾達は最大級の回復魔法をかけたが、間に合わんかった」
「……そうか」
話が終わる頃、部屋の扉が開く。
そして、クップメントが入ってきた。
クップメントは俺の横に来ると、恭しくかしずく。
「運命の人……カール・リヒター・フォン・スベロンニア。このクップメント……あなたの配下として、この身を捧げることを誓います」
クップメントはさらに続ける。
「ルシフルエント様……二君に仕えるような形になることをお許し下さい。初代ルシフルエント様に立てた誓いは違えることは致しません」
ルシフルエントは立ち上がり、片手をあげ、荘厳に語る。
「許そう……クップメントよ。カールの言葉は妾の言葉。カールに忠誠を尽くすことは妾に忠誠を尽くすことと同じ事と思え」
「……はい」
恭しく礼をする。
「クップメントよ……質問がある。そこに座れ」
「……はい」
クップメントは立ち上がり、座った。
「なぜ魔剣はカールの体に取り込まれたのじゃ?」
「魔剣は元々マナの分身。取り込み、使うことが本来の使い方でした」
「……でした?」
「膨大な魔力を取り込み、消費するためマナが弱るのです。回復するには生け贄を捧げるしか無く、生物全体が急速に数を減らしてしまうのです。また、感情と結びつき易く、膨大な魔力に自制心が外れ、暴走するのです。あの時のカール様のように」
「それで……カールはあんな行動をしたのね……納得」
ココが呟いた。
「魔族を統一した初代ルシフルエント様は代用としてマナの力を使って魔力回路を作り、魔族に与えました。そして、マナの分身を魔剣として封印し、自らも魔力回路を使ったのです」
「クップメントさん!教えてくれ……この角はなんなんだ?」
「それは、マナの力を取り込む為の感覚器のようなモノでもあり、魔族の証でもある。カール様は人間の身でありながら魔族となった……初めてのケースです」
「妾のようなハーフ魔族のようなモノか?」
「人間という種族の魔族と言った方が表現的には近いです。人間でもあり、魔族でもある……不思議な存在です」
「そうか……なあ、アッカイマンの遺体はどうした?」
「ライハンが地下で魔力を使い保存しています。綺麗に体を拭き、魔力で傷も塞ぎました」
「そうか。家族の元に帰さないとなぁ……」
「……いかようにもご準備します」
「ん?いかようにも?他に何かあるのか?」
ルシフルエントは怪訝な顔でクップメントに聞く。
「魔族として復活させることも可能です。私のように……」
「魔力転移か!?」
「いえ……それの元となった技です。ただ……もう一度、魔剣を取り込む必要があります」
「大丈夫なの?また暴走しない?」
ココが心配そうに聞く。
「その可能性はあります。ただ、初代ルシフルエント様は普通に使っていました。鍛錬を積めば制御は可能かと思います」
「なんにせよ、今の状態ではダメじゃ。体力が回復するまで、もう2~3日は結論を先延ばしにした方が良い。幸いライハンが保存しておる。安心して休む方が良い。おまえ様」
「ああ、本当は今すぐにでも何とかしたいが……ルフェちゃんの言う通りだ。結論はもう少し待って欲しい」
「……はい。仰せの通りに」
そう言うと、クップメントは立ち上がる。
「食事の準備ができています。よろしければどうぞ」
「ああ。すぐ行くよ。ありがとう」
クップメントは深々と礼をして部屋を出る。
「ルフェちゃん、ココ。心配かけてすまない」
「良い。夫婦は一蓮托生じゃ」
「そうよ。私が付いてるんだから大船に乗った気でいなさい!」
「はて?ココは看病も何もしてなかった気がするがのう?」
「してたわよ!!ちゃんと毎日体を拭いてあげてたんだから!!」
「ははは……まあ、まあ、とりあえず食事に行かないか?」
「そうじゃの」
「そうね」
二人に肩を借りて、俺は立ち上がる。
体中鈍い感覚が走るが、何とか立てた。
俺は、支えてくれる頼もしい二人の奥さんに感謝しながら、部屋を出た。




