周辺状況、喧嘩の続き
俺たちは、先ほどの大陸地図がある部屋に入る。
『ああ……憂鬱だ、ああ……憂鬱だ』
気分が滅入る。
この後のことを考えるとそれしか浮かんでこない。
「さて、この大陸地図は、魔族が20年かけて作った地図じゃ。常に最新の情報を書き込んでおる」
「凄い……こんなに詳細な地図は初めて見ましたぁ。魔族の住む地域もこんなに詳細に…」
アルシュタインは顔に手を当て驚く。
「ルフェちゃん。この色々書き込んでる記号はなんなの?」
「それは、妾の感想じゃ。例えばコレ」
ルシフルエントが王国や人間の国々に多く書いてある、二重丸にバッテンを書いた記号を指さす。
「コレは、城壁や、拠点の野戦城を記した記号。コレは……」
魔族の地域によくある四角にバッテンの記号を指さす。
「コレは、魔族の中心部族の場所じゃ。ここに行けば部族長が大体おる。こんな感じで書いておる」
「へぇ~。詳細に書かれてますねぇ。……ん?この線はなんですかぁ?」
アルシュタインは縦横無尽に引かれた点線を指さす。
「コレは魔族においては大体の支配地域。人間世界においては国境を記しておる」
「この特殊な波線は?」
「コレは人間世界の領地の境じゃ。ここに領主の名前が書いておろう?」
「ああ……ホントだ。ん?細かい字でなんか書いてある。なになに……『コトレン男爵はミルダー子爵と仲が悪く、1週間に1度は小競り合いをしている』……凄い情報網だね」
「全て魔族で集めた情報ではないからのう……真偽不明なのも多いが、情報は多い方が良かろう?」
ルシフルエントはにやりと笑う。
「ホントに……これだけの情報は、王都でもなかなか集められませんねぇ。あ!魔族の方にも何か書いてありますぅ……『離反の可能性あり』ホントなんですか!!」
「え!!ホント?」
ルシフルエントは苦笑いを浮かべる。
「どうにも本当のようじゃ。昨日、向こうから使者が来て丁寧に言われたぞ」
俺は背筋が寒くなる。
どうやら、王都での話は本当になりそうだった。
「今のところ、北のメラダー・北東のホウデガー・西のクップメント、そして、ガルガン山脈のロードドラゴン黒龍が妾の退位に反対し離反を表明しておる。敷地面積で言うと5割強といった所じゃな」
ルシフルエントは腕を組み溜息をつく。
「そんなにですかぁ~!!大変ですぅ~」
アルシュタインはアワアワした。
「まあ、表だっての侵攻は無い。あくまでおまえ様の命令は聞けんという事じゃった。まったく、何が不満なのじゃ?」
「まあ、人間の命令を聞くことは難しいでしょ?特に俺は元勇者だし。知らないところで恨みを買ってることもあるさ」
「そうじゃのう……口々にホホロンが、ホホロンが、と言っておったのう。死んだ者にいつまでも頼るなと言いたいのう」
『やっぱりホホロンか』
俺は本気で後悔した。
「人口統計が……人口統計がぁ~」
アルシュタインは顔を青くして更にアワアワした。
「その点は大丈夫じゃ。昨日、妾が各部族と話したとき約束させた。問題なく行われる。安心せい」
「……よく承知したね」
「簡単な事じゃ。奴らの力の根源であるマナの挿し木を枯れさせるぞ言っただけじゃ」
「……恐ろしいことを」
俺はジト目で抗議する。
「マナの挿し木?」
アルシュタインは理解できずに不思議な顔をしている。
「まあ、アルにはあまり関係ないことじゃ。魔族の力の源とでも思っておってかまわん」
「そうですかぁ~。魔族も色々あるんですねぇ~」
アルシュタインはそれ以上聞かなかった。
「とにかく、今後はあまり協力は期待できん。この間、話とった交易の計画も頓挫じゃ。……そこで、おまえ様よ。力を貸してくれぬか?」
ルシフルエントが俺を指さす。
「ああ。俺にできることがあれば何でもするよ」
「各部族を平定して参れ。もちろん危害を加えることはゆるさん」
「……なかなかの無茶ぶりだな」
俺は苦笑いを浮かべる。
「大丈夫じゃ。妾もついていく。きっと成功させようぞ!!」
ルシフルエントは胸を張り答えた。
「え~!お仕事はどうされるのですかぁ~!重要な法案の認可がぁ~」
「アルやキル達に任せる。いままでもそうであったろう?それに、魔族の土地なら転移は容易。喫緊の事じゃったら連絡次第では一時帰っても良い。まあ、うまくいけばひと月ほどで平定できるじゃろう。なあ?おまえ様」
ルシフルエントは簡単に言った。
「簡単に言うなよ~」
俺は苦笑いを浮かべる。
「妾は、新婚旅行のついでに平定する感覚じゃ。期待しとるぞ、おまえ様」
「はは……はぁ」
俺は引きつった笑いしかできなかった。
細々とした事をルシフルエントとアルシュタインは話し、今日は解散となった。
俺は、食事を済まして、寝床に向かう。
扉を開けると……ルシフルエントはシーツにくるまってベッドに座っていた。
「しまった~。完全に忘れてた~」
俺は手で顔を覆った。
「忘れとったとは聞き捨てならんのう?おまえ様。さあ、早うこっちに来んか!!」
厳しい口調だったが、口元がにやけている。
『怒りも収まったか?』
俺は淡い期待と共にドアを閉めて、ベッドに向かう。
ベッドに座ると、ルシフルエントは立ち上がり、シーツを取る。
「わぁ!!なんつう格好してるんだ!!」
思わず叫んでしまった。
そこにはきわどい下着姿で惜しげもなく裸体をさらすルシフルエントがいた。
顔は恥ずかしいのか真っ赤になっている。
「失礼じゃな……妾の勇気を褒め称えよ!おまえ様」
ルシフルエントは少しふくれながら言う。
『ヤバイ……ドキドキが止まらない』
俺は自分の心臓の音が聞こえるぐらい緊張している。
「さあ、おまえ様……喧嘩の続きをしようぞ!」
そう言うと、ルシフルエントは俺を押し倒す。
しかし、すぐに真顔になる。
「ふんふん!……なんだかアルの匂いがする」
ドキ!本当に鋭い。
「立ち上がれなかったアルシュタインがバランスを崩してねぇ。抱きついたみたいになったんだよ……もちろん不可抗力だよ!!すぐに離れたし」
ウソは言っていない。
俺にとっては。
「そうかのう……それにしては、匂いが濃いいのう」
ルシフルエントはふんふん!と匂いを嗅ぎながら言う。
『……もう止めて』
俺は先ほどとは違う意味でドキドキした。
そんな俺の顔を見て、ルシフルエントは不敵に笑う。
「まあ、想定内じゃ……しかし、これはまた妾の香りを上書きせんといかんのう?なあ、おまえ様?」
「ああ……そうだね」
俺は諦めた。
「もう結婚式も済ませた事じゃ……本気を出させて貰うかのう?」
「え……抱きつくだけじゃ無いの?」
前回はそうだったはずだ。
俺は困惑する。
「前回は式を挙げる前じゃったから操を立てたのじゃ。しかし、父君にも紹介したし……早く孫の顔もみせんといかんからのう」
そう言うと、舌なめずりをするルシフルエント。
「わかった、わかった。俺たち夫婦だからな」
「そうじゃ!夫婦じゃ!嬉しいのう!」
ルシフルエントは抱きついてきた。
「とりあえず、明かりは消さないか?」
「妾はじっくり見たいがのう?」
「じゃあ……せめて、暗くして」
「任せろ!じゃあ、いいか?」
「ああ。よろしく頼む」
ルシフルエントは呪文を呟き、部屋が暗くなる。
魔法って便利だね、と思いながら俺らの夜は更けていった。
次の日の朝、俺は壁ドンの件でルシフルエントから謝られた。
「その……な、おまえ様がアルに優しくするのでついカッとなって暴力を振るってしまった。許せ」
顔を赤らめながら呟くルシフルエント。
俺は、言葉の代わりに喧嘩の続きを始めた。




