遠方より来る
続きですよろしくお願いします
「たいへんですっ!」
首都に一度戻った俺達は、別々に行動していた。
俺は、一度マリネの借りてくれた部屋に、彼女は宮殿へ様子をさぐりに。
彼女はその部屋に、血相変えて飛び込んで来た。
「ロゼ様の……、結婚が明後日に決りました!」
「ぬっ! 、早いな! 、まだ何も手が思いつかないぞ」
「このままでは本当に、皇帝の妃にされちゃいますっ」
警戒厳重な場に乗り込んだ所で、今の俺達ではロゼを連れ戻す何処ではない。首尾良く宮殿内に入る事位は可能だろうが、式場に近づいた途端に、衛兵に取り押えられるのは目に見えている。一度捕まってしまえば、万事休すで一巻の終わりだ。
ロゼを皇帝の妃にさせない計画は、そこで潰えてしまい、彼女を救い出す事は、もう二度と出来なくなる。それは即ち、彼女とは逢えなくなる事を意味している。
誰にも悟られずに式場へ潜入し、儀の終了前に彼女を攫って逃走する。
そんな離れ業を、果たして力無しでやれると想うか?。
「無理だ、そんな事は不可能だ!」
困難な状況に、頭で想像していた事を口に出して否定し、両手で顔を覆う。
俺は、ベッドの端にすわり、腰を折って塞ぎ込んでしまった。
ロゼが、人の妃になるのを指を咥えて見る為に、この世界に戻って来たのか。
こんな事なら、戻らない方がまだ良かったと、今心底そう思い始めている。
マリネは、俺の横に並んで座り背中に手を当て、優しく身体を寄せてくる。
「私もこんな結末は嫌っ、なんとか手はないですか?」
「式場へもぐり込む方法が無いんだよ、無理だ」
俺はマリネにそう言って塞ぎ込んでいるが、本当の処は手段は浮かんでいた。只その方法を持ってしても、今回の誘拐は諦めるしかない。俺の思いついた事は、実はそんなに変わった事でも無い、自国へ帰ったイリスを頼る方法だ。
彼女の特殊能力は『時間停止』で、次元の扉を開く力は、サラトから受け継いだ固有の力。俺が元の世界に帰還した事で、リセットされているのは『時間停止』だけ、移動能力は健在で残っている。今回は駄目でも、イリスとの合流を成功させさえすれば、ロゼを取り戻せるチャンスは残されている。
肝心な問題も懸念されるが、今と成ってはこの方法しか思い付かない。
意を決した俺は、これをマリネに話してみた。
「マリネ、今回は無理でもひとつ取り返す方法は、ある」
無言で、俺の背中に顔を埋めていたマリネが顔を上げて、尋ねてくる。
その声は、少し上擦って彼女が泣いていた事を証明していた。
彼女は、泣いていた事を隠す様に鼻をすすり、顔を俺には見せない。
「ぐす……、どんな方法です?」
「イリスに逢いに行こう!、マリネ」
「イリス……さんに?」
「うん、彼女に逢おう」
イリスに逢う、最初は良く理解していなかったマリネも、気が付いた。サラトから受け継いだ力は、消えていないからその力を使えば、ロゼを連れ戻す事が可能。彼女もそれに気付き、背中に着いた指にも力がこもった。
しかしロゼ側に問題が有る事も、彼女に伝える。
「只一つ、一度人の妃になったロゼが、俺達の元へ戻ってくれるか心配だ」
イリスに、逢いに行って無事に逢えたと仮定して、更に作戦を立て実行する。
そこ迄に、どの程度の日数が要されるのか?、最低でも七日間は必要だろう。
ロゼは、七日間は人の妃を続ける事に成り、それが何を意味するか……。
「大丈夫です! 、きっと戻ってくれます!」
「本当に、そう思うか?」
「はいっ!」
マリネのその自身が、何処から来るのか知りたいとこだが、俺にはそう思えない。ロゼは大雑把に見えるが、多分そういう事には、重く捉えるのではないのか?。だがそうであっても、諦めてしまうほどの小さい想いを、彼女に対して抱いては居ない。
「よしっ、善は急げだっ直ぐに準備しよう」
「あっ! 、もうひとつ問題が!」
一旦、準備に動き出したマリネが急に、振り向いて問題があると言う。
どんな問題だろうと、打破してイリスに逢いに行く、そう決めたのだ。
「国境警備は、ガレア兵なんですが、チェックがかなり厳しいんですよね」
「バレて、捕まるか?」
「顔を知られて無いから、ユキヒト様は良いですが、私は……」
マリネはそう語ると両脚に肘を着き、両手を絡ませ顎を乗せて、考え込んだ。
ベッドの横に座っている彼女を見詰め、俺もそこを考えてみた。
元、皇女の従者が迂闊に国境を越えようとしたら、怪しまれると言う訳だ。
国境なんかで、下手に足止めされて、面倒事に巻き込まれるのは避けたい。
そうすると、俺一人でイリスに逢いに行く方が、都合が良いのか……。
小僧っ、国境の件は心配いらん!
「!」
突如として、懐かしい声が頭に飛び込んで来た!。
困難に陥り忘れていた者が、ここにも居た。
「ラケニス……、あんたかぁ!」
「えっ、ラケニ……
掌をマリネに向けて、彼女が話し掛けるのを制止した。
一瞬、不満そうな膨れっ面の表情をするが、素直に従ってくれた。
『国境の件は、心配要らないとは?』
イリスはもうそっちへ向っておる、状況も理解した上でのぉ
『えっ、なぜだ?』
状況が上手く飲み込めないが、イリスは既にこっちへ向っている。今の最悪の状況も、彼女は理解した上で俺達に逢いに来る?。
一々全部を話す時間は無い、何れ話すが……。
とに角今は、イリスが到着するのを、主は待って措けば良い!。
『何か、良く分からないが……、そうするよ』
ではな、小僧。
ラケニスは、最低限の情報だけ伝えてくれた後、通信を絶った。
突然の事で、戸惑いを感じるが、急転直下に状況が良い方へ変わってきた。
今聞いた事を、マリネにも伝えて彼女の考えを聞いてみる。
「マリネ、イリスが既にこっちへ向っているらしいぞ」
「ええっ! 、どうして……ああぁ、そういう事かぁ」
マリネには、今の話に心当たりが有る様だ。
座って俺からの話を聞いた後、ちょっと考えて、いきなり立ち上がった。
「ん?何か思い当たる?」
「はいっ、要するにですね、式に呼ばれてるんですよっ!」
「ああっ! 、なる程!、そりゃあ国境もフリーパスだわ」
「一気に、展開が開けましたね!」
「うん」
ほんの少し前には、絶望に近い希望しか無かった物が、急に明るくなる。
ふと浮かんだ、ずっと俺達を見ていて一番美味しい場面を待っていたのか?。
あの性悪魔女なら、普通にやりそうだな!、本気でそう思った。
各国代表を招き、式を披露するのは当然な事で、そこへイリスが呼ばれて不思議じゃない。堂々と逢いに来れると言う訳だ。
しかし……、イリスと話せるならもっと早く、いや……先に俺達へ、話をしてくれていたら良かった。そうしたら、俺達はこんなにも悩まされずに済んだぞ?。そう考えると、やはりタイミングを計り、一番感動する場面を待っていたと、勘繰るのはあながち間違いじゃないと確信した。
まぁこれで、ロゼの誘拐する計画は、軌道に乗りそうな展開にホッとした。俺達は、道が開けた事を抱き合って喜んだが、その状態から二人でどうしたかは、推して知るべしと言っておく。
翌日、各国からの招待客が続々と集り、その中にイリスの姿も在った。
だが、直ぐには彼女とは面会せず、彼女からの連絡を待った。
昼を少し前にして、彼女からの使いが俺達の部屋へと訪れた。
「では私はこれで失礼します。後ほどホテルの方へお越し下さい」
イリスの屋敷で会った侍従長で、見覚えの有る顔に安心した。
彼の指示通り、少し間を開けホテルへと赴き、イリスと再会を無事に果たす。
「ユキヒト様、お久し振りです。逢えて嬉しいですわ」
「俺もだよイリス、本当に良かった……」
元々が、女神の様な女性だがこの日は、輪をかけてそう見える。
これで、ロゼ誘拐作戦は動き始めた。
有難うございました。