失った物
ぞくへんです
あてにした物が、消失していた。
二人でロゼを攫うには、あの力がどうしても必要なのにだ。
その、誘拐に必要な肝心要の力の喪失に、俺は愕然とした。
最悪の状況に、血の気が引いていくのを、如実に感じた。
以前、七夜城の将との戦闘で、彼女達の力が俺にも使える事は、分かっていた。
今回は、当然その力を頼りにしての、『ロゼを誘拐作戦!』な訳なのに。
出端から、行き成り落とし穴に落ちた気分だ…………。
「マリネもう一度、試してくれないか?」
何かの間違い?、彼女の気分が乗らなかった?、或は感情が昂ぶっていない?。そう想いたい俺は、マリネに再試行を頼んだ。これが使え無いと成ると、あれだけ意気込んで豪語した作戦は、根本から見直しになり、作戦自体が実行不能にすら成ってしまう。
国が占領された後、彼女達五人の行方はマリネも、正確には捉えていない。
連絡不能な状況で、彼女達の助けは期待できない。
たった二人で、ロゼを誘拐し皇帝から彼女を奪い返し、無事逃げ切るには。かつての彼女達の能力が要る、力無しにはこの計画は、只の机上の空論になってしまう。
マリネが顔を顰めて、剣に変化しようと集中している。
小柄な身体を、ブルブルと震わせているが、いつまでも桜が舞う事はない。
無意味と悟り、彼女の肩へ手を伸ばし止めさせた。
「マリネ……もういい、諦めよう」
「もう少し、頑張ってみますっ!」
諦めようとしない彼女を、哀れに想う俺は間違っているのか?。
彼女も無理なのは承知してる。只、認めたくない故の、無意味な行為。
真っ赤な顔から、勢い良く息が吐き出され、彼女は中断した。
「ぶはぁ━! 、やっぱりできないです……、どうしよう」
「何か、別の手を考えよう!」
俺は、近くに在った大きな岩まで歩き、その上に腰を下ろした。
マリネも後に続いて、隣に座った。
マリネが剣に変化する姿を、見せられない。
首都の衛兵にでも目撃されて変に騒がれると面倒に成る。
二人で首都から外の草原へ来て居る訳だが、『こんな事なら出る必要なかったな』と、愚痴ったのを彼女にもしっかりと聞かれた。
「ユキヒト様ごめんなさいっ 、私……役立たずに……」
刀身に変化する力が消失したのは、彼女のせいでは無い。
これも推測になるが、俺が一度元の世界へと帰った影響だと想う。
それで……、力その物がリセットされて消失した。
彼女がこんなにも意気消沈してしまい、しょ気てる理由。
以前の如く、剣と成って一緒に闘えなく成ったからだろう。
俺の横で、顔を俯き、すっかり気落ちしてしまったマリネ。
あれ……?、これと似た雰囲気どこかで……。
ん…………っ、おもいだしたっ!。
邪龍ニズを討伐に行く前の夜だ。基地に流れる小川の傍、大きな岩に二人で座って話し、そして二人唇を重ねた。あの時と、昼夜逆転しているだけの同じ情景な事に、今気が付く。
「あの夜と同じだね」
「あ……、ほんとう」
「でも、夜ではないな!」
「あははっ、それに小川も在りませんけど」
あの時の事を思い出したマリネも、思い出し笑いを見せてくれた。
しょ気ていた彼女が笑顔を見せてくれた事に、ホッと気持ちが落ち着く。
あの夜の事を、振り返って口にした。
「あいつら……、後ろで覘いてたよなぁ」
「ですねっ、本当困った人達ですっ!」
っと、少し膨れ面になっているが、マリネも同じ事をやっている。
彼女もそれを思い出し、恥かしそうに舌をペロっとだした。
「私も……、やってましたねっ」
「そだねっ!」
「もぅっ、嘘でもとぼけてくれる処じゃないですか?」
「あはは、悪いっ!」
知らないっ! 、っと、ソッポを向いて拗ねるマリネ。ショートヘアの細いうなじが、強く顕になり目に入り、思わず唾を飲み込みドキッとなった。あまり艶やかではない彼女でも、こういう何気に色気かんじる事がある。
そう感じた後に、彼女の拗ねた仕種を見ていると、本当に可愛く思えて自然に腕が肩へ伸びる。マリネを抱き寄せると、彼女は小さく声を出すが、頭を俺の肩に乗せる。
「あ……」
「絶対、ロゼを奪い返すぞ……」
「はい!」
腕でしっかり彼女の体重を支え、身体を捻り彼女の小さな唇にキスした。
マリネも俺の背中から首へ腕を回し、引き寄せる様に力を入れてくる。
マリネは、ゆっくりと確かめる様に口の中へと、入って来た。
優しく彼女を迎えて、触れてお互いを感じ確かめる。
彼女との行為の最中に、不謹慎にもある想いに震えていた。元の世界へ送還され、一度は彼女達を諦めざる得なかったが、こうして帰ってこれたからには誰にも譲らない!。ロゼもマリネも、いまだ再会をはたしていない五人、俺がやっと手に入れた大事な人達だ。
二人で暫らく甘い時間を堪能したあと、彼女の手を取り岩から下りた。
余韻に浸るマリネは離れようとしないが、首都へと足を向け歩き始めた。
城主の代わった宮殿内部。
かつてこの宮殿で従事していた者達は、衛兵から大臣までほぼ全員が、役職を剥奪されて追い出されている。残って居る者は、元皇女御付きのメイドが数名しか居ない。一度は配置済みになっていた調度品の数々や、美術品に至るまで全て撤去され、ハインデリアの色が残る物は皆無に等しい。
だが、ロゼの私室だけは別の部屋へと変更はされなかった。
彼女の部屋に限り、以前の状態を保ち手を入れられる事が無かった。
強引に、多くの物を彼女から奪い去った皇帝は、負い目でも感じているのか。
やっと再会したにも関らず、到着後は速やかに彼から離れたロゼは……。
その寂しさに、一人必死で耐えている処だ。
マリネは、上手く彼を説得できたかしら?
早く、この城から立去って欲しい……。
まだ言い渡されていない、皇帝との婚礼の儀は間も無くの筈。
ロゼはその姿を、二人には見られたくは無い気持ちで、張裂けそうだ。
「ユキヒト、私は……
彼女が自分の想いを口に仕掛けると、突然、扉が開かれ皇帝が入室した。
挨拶もノックも無しの無粋な態度に、ロゼは皇帝へ抗議の言葉を口にする。
「女性の部屋に、ノックも挨拶も無しで御入室とは、如何いう心算?」
その目は、皇帝を激しく責めきつい。
「ふっ、怖い物知らずの態度は変わらぬか」
「この国の皇帝は、女性の扱いも知らないのかしら?、無粋人ねっ」
「貴様っ! 、皇帝陛下に無礼なっ!」
側近の一人がロゼに対して、怒りを顕に詰め寄りかけた。
皇帝ハデスは、それを腕を伸ばし止めた。
「良いっ! 、下がっておれ」
「はっ……」
側近が下がるのと反して、ハデスは更にロゼと距離を狭め、後ろを振り向く。
「今日は、お前に見せる物がある。……、持って来い!」
部屋の中へ、豪華なウェディングドレスが運び込まれた。
それは、純白で最高級の布で仕立てられ、小さな宝石が散りばめてある。
ドレスの裾も、頭にかぶるベールにしても、桁違いに広く長い。
これ程の、無豪華極まりない衣装を目の前に魅せられたら、普通は感激の声を口にする。嬉しさ一杯の態度を見せ、相手に駆け寄り抱き着いてもおかしくは無い。一瞬、目を輝かせたのは女の性か?、だが直ぐに態度を変え、険しい表情を皇帝へと見せる。
「そんな物で、私が喜ぶとでも?」
「全く……、可愛げの無い事を、これが幾らするか分かるか?」
「お金で女の気持ちを買おうなんて、浅ましい限りだわっ!」
ロゼが侮蔑の限りを尽すと、皇帝は更に近づき彼女の顎を掴みあげる。
「ふん、気持ちを買うだと?、違うぞお前は思い違いをしている。私はお前を愛して等おらんっ、私が愛する物は、そんな小さな物ではない」
ロゼは皇帝の言葉で、欠片ほども無い小さな救いすら、失った。
彼女は、理不尽に全てを奪われ憎しみしか覚えていない。
皇帝との結婚も、両親を人質に取られその命の代償として、承諾した。
皇帝ハデスを一生涯、決して愛する事は無いと心に刻んでいる。例え、薄汚い策略と力尽くで強引でも、自分に対して好意が有るせいだと、想っていた。
否、思いたかった……。
それをいとも簡単に、否定して退けた!。
皇帝は、更に彼女を掴んだままで話を続ける。
「結婚式は、明後日だ。それまでに涙を涸れさせておけ」
愛情の欠片ほども感じる事の無い、冷たい言葉を浴びせた。
「両親は……、無事でしょうね?、もし手を出したらっ!」
「心配するな、ちゃんと手厚く扱っている」
「何処に連れて行ったのよ?」
掴んだ手の指に、力をいれる皇帝。
一瞬たりとも表情を変えず耐えるロゼ……。
「居場所を聞いてどうする?……、小賢しいっ!」
彼女の顎を、放り捨てる様に手を放す。
背けられた顔を、パッと正面へ戻し睨み付けるロゼ。
「明後日になっても、まだそんな顔をしていたら、どうなっても知らん!」
「やめてっ! 、二人に手を出さないでっ、お願い……」
「なら、少しは反省して従順な態度を、身に付けて措け」
「分かりました…………」
「ふん、それで良い。わははははははっ!」
皇帝は、彼女の言葉の聞いた後、高笑いをしながら退出していった。
彼らが退出し一人になったロゼは、両手で顔を覆い、泣き崩れた。
「うっうぅ……、御父様……御母様、マリネ、ユキヒト……私は……」
床に崩れ落ちたロゼは、涙を流し床を濡らす。
二日後に彼女は、皇帝ハデスの妃になる。
しかしそれは、愛情の結果では無い、ロゼは単なるお飾りの妃となる。
美術品と同じ、綺麗な措き者として皇帝の横へ並べ置かれる、装飾品。
それが、二日後に迫ったロゼの運命と成った。
よろしくお願いします