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開戦、一度手放したものは戻らない

残酷な描写ありです。

 まだ日の出前の早朝、アディルは目を覚ました。レオナルドがアディルの身体を強く抱きしめている。


「・・・レオナルド。レオナルド、起きて。」


 身をよじると、レオナルドが小さくうめいてさらにアディルを抱きしめた。


「まだ・・・まだ、行くな。」


 苦しそうな、かすれ声にアディルの胸は締め付けられる。


「・・・だめよ。もう、もう行かないと。」


「・・・いやだ。」


「レオナルド・・・」


 ぎゅうぎゅうとアディルが抱きしめる腕が震えていることになど、気付きたくなかった。

 アディルだとて、離れたくないのだ。それでも、行かない分けにはいかない。アディルの祖国へ、フレライン王国へ。


「レオナルド、最後に・・・最後にお庭に寄りたいの。いい?」


 気を抜くと涙がこぼれ落ちそうで、アディルはレオナルドから顔をそむけた。



 

  




 王宮の奥の庭、薔薇の園とその中の泉はアディルの希望で造られたものだった。

 スチューリー朝王家スチュアンティックの紋章である白薔薇を中心に、さまざまな花が咲き誇っていた。

 

「・・・アディル?」


 レオナルドが不思議そうにアディルを見ていた。

 アディルはふらふらと花を見て歩いているようで、その実、しっかりと行き先に向かっているようだった。


「・・・ここにするわ。」


 とある花の下、その場所を指さしてアディルは言った。そして、自分の指からサファイアの指輪を引き抜く。


「アディル・・・!」


 レオナルドが慌ててアディルの腕を掴んだ。


「だめだ!なにをするんだ!それは・・・!」


「これはっ・・・!ここに置いていくの!幸せなわたくしの思い出とともに置いていくのよ!」


「なぜ!忘れると言うのか?・・・最期のときまで覚えていてくれないのか!?」


「・・・帰ってくるわ。きっと。」


 アディルはレオナルドを見上げて、ぐっとにらんだ。


「帰ってくるために。わたくしの心が大切なこの場所へ帰ってくるために、目印にしたいの。・・・わたくしはいつまでも貴方の傍にいたいから。」


「アディル・・・分かったよ。きっと君が、この場所へ帰ってくるために。」


 待っているよ、いつまでも。


 レオナルドはそう言ってアディルを抱きしめた。

 



  ******




 同じ年の9月、フィランスル教セーナ派のフレライン王国と、フィランスル教ロジア派のイザリエ王国の各王国軍が国境付近にて激突した。

 

 もともとフレライン王国とイザリエ王国があるイージェルランド島において、両国の比率は3対7。初めからイザリエ王国の優勢は分かっているようなものだった。


「レオナルド国王陛下、フレライン王国側の砦をまた一つ落としたようです。」


「そうか・・・」


 レオナルドは他の者にばれないように、ため息をついた。

 アディルからの連絡はない。あちらが劣勢であるため、今は大変だろう。だが、レオナルドも攻撃の手を緩めることはできなかった。


(耐えてくれ、アディル・・・講和が受け入れられるまで。)


 ある程度まで勝敗が決まったら、フィランスル教司祭を通して講和を申し入れるつもりだった。




 ーーーまさか、その計画を他でもないアディルが察していたなどと誰がわかっただろう。


 

 

「申し上げます!フレラインの王都攻撃をしていた兵が、アディル女王の身柄を拘束したということです!」


「なに!?」


 ガタッと椅子を蹴ってレオナルドは立ち上がった。


「進軍を!!軍を進め、フレラインの王都まで行く!」







 城下の広場に、アディル女王はいた。手などを拘束されている様子はない。腰に刷いた飾り太刀もそのままだった。


「アディル・・・」


 駆け寄ってはいけない、そう自分に言い聞かせながら、レオナルドはアディルの名を呼んだ。


「レオナルド国王陛下・・・」


 アディルが固い声でレオナルドを呼んだ。たったそれだけのことは、レオナルドの胸は甘くうずいた。心が、身体が、アディルの存在を求めていたのだ。


「・・・レオナルド国王、わたくしの負けですわ。フレライン王国は貴方のお好きに、ただし国民たちを傷つけるのなら・・・」


「アディル。・・・君のことはどうすればいい?」


 凪いだ海のようにおだやかな瞳で、アディルは微笑んだ。


「レオナルド、帰れなくてごめんなさい。・・・わたくしは、後始末をしなければならないの。だってそうでしょう?勝ち目のない戦いをして、兵たちや民の命を多く失わせた女王が、戦いが終われば敵国の夫のもとへ戻るなんて、虫のいい話だわ。」


「・・・そう、だな。」


 レオナルドとてわかっていたのだ。アディルが、帰ってこれるわけないということを。


「・・・宰相、あの子を連れてきてください。」


「はい・・・」


 アディルがフレラインの宰相に声をかけて、宰相に連れてこられたのは、イザリエにいるはずの第二王女エリザベスだった。


「お父さま、お母さま。」


「エリザベス、よく来ましたね。・・・手紙は読んでくれましたか?」


「はい、お母さま。お話、承りました。」


 エリザベスが幼い顔に似合わない、凜とした声で言うとアディルは満足そうに肯き・・・



 腰の飾り太刀を引き抜いた。



「っ!・・・アディル、なにをする!」


「来ないでください!!」


 足を踏み出し駆けたレオナルドに向かって、アディルは叫んだ。


「さようならね、レオナルド。・・・わたくしの愛しい貴方、わたくしは結局、貴方に刃を向けることはできなかった。わたくしは王として、冷酷でいることができなかったの。だから・・・だからどうか、最期は女王でいさせて。貴方が讃えてくれた、輝かしきフレライン王国の女王で。」


「アディルっっ!!!」


 太刀を喉元に当てた。


「いいですね、エリザベス!!!あとは、貴女に任せました!あなたなら、きっと出来ると信じています!」




 ーーーそして、アディルは太刀の刃を引いた。













 目の前で最愛の妻を失った王は、その後なにも変わりないように日々を過ごした。

 長女アンに結婚と同時に公爵位を与え、ランレットル公爵家ができた。

 長男チャールズ・エドワードに譲位して、次女エリザベスはフレライン王国の女王となった。

 相変わらず末娘を溺愛して、彼女が結婚したときは、号泣していたという。



 イージェルランド島内のフィランスル教セーナ派は衰退し、この島内はすべてロジア派となる。



 彼は賢王と称えられた。

 しかし、その隣に王妃の姿はない。



 王宮に飾られた、壮年の王は誇らしげに微笑んでいたが。

 


 彼が心から笑えた日が、あの残酷な日ののちあったのかどうか、後生の私たちは知るよしもない。





 


駆け足になってしまってすみません。

いずれ改稿いたします。

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