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同盟という名の婚姻は、脆く儚く

 舞踏会も終盤にさしかかった。ちらほらと退出する人の姿も見え始めている。

 そろそろ疲れたのでアディルも、部屋へ戻ろうかと思っていたときだった。


「レオナルド王陛下!」


 レオナルド王の侍従と思われる男が一人、彼に駈け寄った。


「何事だ、騒々しい。」


「申し訳ございません。しかし、アンナ王女がまた・・・」


「またそれか・・・適当に探しておけ、ある程度遊んでもらえたと思ったら出てくるだろう。」


「かしこまりました。」


 心底うんざりだ、と言いたげな顔をしたレオナルドがさっさといけと侍従に手を振る。

 

(アンナ王女になにかあったのかしら?)


 ちょっと首をかしげたアディルは、レオナルドに近寄る。


「アンナ王女がどうかいたしましたの?」


「あぁ・・・アディル、みっともないところを見せたな。アンナは、たまに勉強の時間を抜け出しては姿を隠して、周りの者たちをからかうのだ。」 


 良く行方不明になるというが、いつも知らないうちに部屋に戻っており、周りはいつも振り回されるのだとか。それゆえの、また・・・なのであるが。


 ・・・レオナルドはなんと言った?アンナをどう扱っている?


 小さな怒りを感じて、アディルは自分自身に驚く。・・・あぁ、アンナはまるで、昔の自分のようだ。


「いずれ女王になるかも知れぬのに、あの子は全く・・・」


「レオナルド王」


 アディルは冷たい声でレオナルドの名を呼んだ。胸の前で組んだ腕の、右手をちょっと口元に当てる、少々の嘲りを含めて微笑む。

 そこには、もう何年も玉座を守る女王の姿があった。レオナルドでさえ、息をのんで動けない。


「あなたは優秀な王のようだけど、父親としてはぜんっぜんダメなのね!」


「なっ、なにを言う!」


 側近が声を上げたが、罵倒された本人は押し黙っていた。自覚があるのだ。


「いずれ女王なるのにっていうのは、大人たちの事情でしょう?まだ6歳の子どもに何を理解しろと?ただでさえ勉強が大変で、父親となかなか会えなくて、だから部屋を抜け出して会いに行こうとするのに、こっそり覗いて見た貴方は自分がいなくなったことを面倒なことと適当にあしらう。そりゃあ、思ってしまうわよ。・・・わたしは、お父様に愛されていないのかしらって。」


 そう言いきると、周りは静まりかえってしまった。物音一つしない広間の中で、小さく鼻をすする音が聞こえた。


 アディルは広間の端に並んだ甲冑やら、武具やらのもとに歩み寄る。


「初めまして、アンナ王女。わたくしはフレラインの女王アディル。貴女とはお友達になれそうだわ。・・・出てきてちょうだい?」


 甲冑の陰から、鮮やかな赤髪が覗いた。


「・・・初めまして。アンナと申しますわ。お目にかかれたこと、嬉しく思います、アディル女王陛下。」


 6歳とは思えないしっかりとした受け答えが聞こえ、エバーグリーンとドレスに身を包んだ、可愛らしい少女が現れた。


「賢いわね。しっかりした挨拶ありがとう。」


 アディルが褒めて、頭を軽く撫でてやると、アンナは照れくさそうに、どうしたらいいかわからない顔をした。


「お父様に、会いに来たの?」


 そう聞くと、小さく頷く。


「そう、お父様ったら、貴女の気持ちに気づけなかったみたいね。」


「・・・お父様はいつもそうよ。わたしのことなんて、どうでもいいのよ。」


「そんなことはない!!」


 アンナの拗ねたような物言いに、レオナルドが焦ったように声を上げる。


「・・・わたし、女王にはなりたくないわ。」


 ぽたぽたと涙をこぼし始めたアンナを、アディル女王は抱きしめた。・・・この母親を知らない少女に少しでも母親の温もりが伝われば良いと思って。


「そうね。女王は大変よ。・・・それに、お父様が新しいお母様を見つければ、弟が出来るかも知れないわ。そうしたら、その子が王になる。」


「新しいお母様?・・・そんなの嫌。」


「いい人かも知れないわよ。」


「・・・お母様って、どんなものか分からないもの。」


 アディルの腹にぎゅっと抱きつくアンナの頭を、優しい撫でる。


「こうして悲しいときは頭を撫でてもらえるわ。上手に出来たら褒めてもらえる。一緒にドレスのデザインを考えるのも良いわね。そうだ、いっそ新たな流行を作るっていうのも素敵よ!」


「アディル女王・・・」


 レオナルドが困り果てた、情けない顔をしていた。


「あら、なんて顔しているの?美丈夫の王が勿体ないわねぇ。・・・大丈夫、貴方なら王妃はすぐに見つかるでしょう?この子には母親が必要よ。」

 

 わたくしがそうだったもの。


「わたくしが生まれたとき、母は病気をして二度と子どもを産めない体になった。側妃を求める声もあったけれど、母を愛していた父は母だけを愛したわ。・・・おかげでわたくしが女王にならなければいけなくなったけれど、母が応援してくれたおかげで、わたくし頑張れたの。」


 アディルはふわりと極上の笑みを浮かべ、アンナを抱きしめた。


「こうして、自分が貰った愛を誰かに譲り渡すことも大切なことだと思うわ。」


 その聖母とごときアディルの姿に、みなが見惚れていた。


「・・・お父様。」


 アンナがアディルの腕の中から顔を出して、レオナルドを呼んだ。


「な、なんだ?」


「お願いがあるの。聞いてくれる?」


「おぉ、言ってみろ。お父様が全部何でも叶えてやろう。」


 久しぶりの娘からのお願いに、レオナルドは驚き交じり、うれしそうに頷く。


「何でもよ?・・・わたし、お母様が欲しいの!弟も妹も欲しいわ!」


 ねぇ、だから。


 アンナは輝くような笑みを浮かべて言った。


「アディル女王と結婚して!」







 ********






 アンナの爆弾発言は、もちろん大問題だった。

 隣国とはいえ、王と女王の結婚は共同統治とまではいかないまでも、大変なリスクをともなうものだ。

 小さな王女の可愛らしいお願いは、絶大な発言力をともなって、王国議会を揺さぶった。


 危うく国際問題になりかけたのを終息させ、議会がお開きになったのは、あの発言から三日たった頃だった。もちろん、最短である。


 夜中、疲れているはずなのに目が冴えてしまったアディルは、自分に与えられた客室を抜け出して、王宮の庭に出た。


「まさか、ね・・・こんなことになるなんて。」


 思わず独りごちる。

 

「いやだったか?」


 独り言のはずだったのに返答があり、アディルも飛び上がった。


「レオナルド!」


 背後から現れたレオナルドは、後ろからアディルの肩に腕を回して抱きしめた。


「・・・夫婦の真似事かしら?安心して、わたくし貴方の愛妾だのなんだのには一切干渉しないわ。もちろん、イザリエとフレラインの跡継ぎは産むつもりだけれど、それだけよ。」


 今日の議会で、アディルとレオナルドの結婚が正式に決まった。実質的な同盟成立である。


「国のためでしょう?分かっているわ、わたくしは愛だの恋だの言う気はーーー」


 ない。そう言おうとしたのに、言えなかった。

 無理やり後ろを向かされたアディルは、レオナルドに唇を塞がれていた。彼の唇で。


「言って欲しかったよ、私は。貴女のこの唇で、私を愛していると。」


「何を言っているの?わたくしたちは、そんな、そんな関係では・・・!」


 レオナルドはふっと悲しそうな顔をした。


「貴女にとってはそうだね。でも、私がずっと結婚しなかったのは、貴女の存在があったからなんだよ?」


「え・・・?」


「初めまして、なんて言ったけれど、私はもっと前、貴女の即位式の頃から貴女のことを知っていたよ。・・・その時から、私は貴女に囚われてる。」


 危ない大人の男の瞳と、視線がかち合った。

 恐怖か期待か、アディルは身震いする。


「・・・わたくしは、愛とか恋とか、わからないわ。ずっと、そんなものわたくしには関係ないと思っていたもの。」


「知ってる。王とは、そう言う者だ。私たちは、愛にすべては捧げられない。」


「ええ、そう。わたくしたちの両手には、民の命、国の命運が乗っている。王杖と宝玉を持ったままでは、愛するものと手をつなげない。」


 それでも、いいんだ、と彼は言った。


「私たちは、私たちの命が尽き果てるときまで、国を守り、お互いの愛を守ろう。・・・もし、国の行く先が違ってしまったのなら、お互いへの愛を叫びながら打ち果てようではないか。」


「・・・レオナルド、貴方は妻を殺す覚悟はあるの?」


「もちろん。アディル、君は私を殺せるかい?」


「もちろんよ。・・・国の害とあらば。」


「では、契約成立だ。」


 レオナルドはアディルの前に跪いて、アディルの左手をとった。そして、胸ポケットから何かを取り出す。それに静かに口づけると、アディルの左手の薬指にそっと通した。アディルはそれのひんやりとした感覚に、ぴくりと震える。

 それは、透き通った極上のサファイアの飾られた指輪だった。


「我が命、尽き果てるときまで、貴女を愛すると誓う。」


「・・・たとえ離れ離れになっても、我が命尽き果てるときまで。貴方を愛すると誓います。」


 古の騎士のような宣誓のあと、二人は顔を見合わせて苦笑する。

 ーーーあぁ、レオナルドは笑うと少し幼くなるわ。

 新たな発見に胸が高鳴る。


 レオナルドがひょいとアディルを抱えて、高く掲げた。


「さぁ、我が妻よ。愛しの娘が、弟も妹も欲しいと欲張りを言うのだが、どうすれば良いのかな?」


 いたずらっ子のような表情には、微かな熱情が隠れている。


「そうね、兄弟姉妹はたくさんいた方が楽しいと思うわ。・・・ちょっと部屋に連れて行って下さる?今後の相談をしましょう?」


 ちゅっ、と音を立ててレオナルドの唇にキスをすると、より深い口づけが返ってくる。


 隠し通路を通ってレオナルドの部屋へ行くと、アディルは優しくベッドにおろされた。

 深い深い口づけを味わいながら、絹のネグリジェのリボンがほどかれていく。


「・・・っはぁ。」


 唇を離された隙に息を吸うと、甘いため息が漏れた。


「愛なんて、すぐに覚えさせてあげるよ。アディル。」


 

 イザリエの夜は、深まっていくばかり・・・






 ********






 彼らは知らない。

 こののち、戯れに結んだ契約を実行することになることを。


 お互いの手で、お互いの大事なものを、傷つけ合うことを。




 王と、女王は、今はまだ愛のなかに。






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