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レオナルド一世、即位

 

 「女王陛下!お逃げくだされ!」


 「アディル女王!」


 白刃の迫るその時、アディルは真っ直ぐにそれを見つめていた。己の夫が、剣を向けてくるのを。


 「レオナルド・・・」


 愛しいその人を前に、アディルはふっと表情を緩め・・・


 手に持つ華奢な小刀を、自らの細い首に押しあてた。





  

  ********






 その年、イザリエ王国では第一王朝キャベナーから、第二王朝スチューリーに王朝が交代した。亡くなった先王には子どもがおらず、遠縁の優秀な人物が王位に即いたのである。

 王の名はレオナルド。銀髪、紫眼の端正な面立ちの青年である。年は二十七歳。二十歳の時に侯爵令嬢と結婚してもうけた王女が一人いる。妃の侯爵令嬢とは不仲で、侯爵令嬢は出産の際に命を落としたが、レオナルドが表情を変えることはなかったという。


 本日は即位式。各国から主要人物が来訪し、レオナルドに祝いの言葉を述べた。


 「いい加減疲れてきたのだが・・・」


 「我慢してください、陛下。」


 うっかりつぶやいてしまった言葉は、腹心の男に聞かれていたようだ。


 「お前は手厳しい、クラウス。」


 「陛下が緩いのです。」


 きっぱりと言い切ったクラウスは、玉座の前方の方へ視線を向けた。


 「一番の賓客がいらっしゃいましたよ。」


 つまらないつまらないと言っていたレオナルドも、ぱっと顔を上げた。


 彼の見つめる先もは、一人の麗しい女性がいる。

 艶やかな栗色の髪、凜と前を向くサファイアの瞳。身に纏うブルーのドレスは裾に向かうほど濃くなり銀刺繍が輝く。肩から流れるグレー地に銀糸の刺繍とアクアマリンが縫いつけられたマントをゆっくりと引いて。

 彼女の高く結い上げられた頭上には、金の王冠が荘厳な煌めきをみせていた。


 「アディル女王。」


 レオナルドが声をかけると、彼女は白皙の美貌を綻ばせた。






 

  **********






 外交のためにイザリエ王国に赴いたフレライン王国女王アディルは、玉座に堂々と腰を降ろす新王をみて気合いを入れ直した。


(優秀と言われる人物なのよね・・・気をつけないといけないわ。侮られてはいけない。)


「アディル女王。」


 アディルの姿を見つけ、レオナルドは少し身を起こして興味を持った素振りを見せた。


「初めまして、イザリエ王レオナルド。わたくしはフレライン女王アディル、アディル・ランドディアスと申します。どうぞお見知りおきを。」


 優雅にお辞儀をすると、レオナルドは玉座を降りてアディルのもとまで来る。


(わたくしとレオナルド王は立場は同じ。さすが外交上手ね。・・・人望もあるようですし。)

 

「こちらこそ、初めまして。レオナルド・スチュアンティック。レオナルドと呼んでくれてかまわない。今日はよく来て下さった。」


 和やかに握手を交わす君主二人をみて、周りの人はどう思うのか。とりあえず、今日はある程度友好そうだ、と思わせられれば良いとアディルは微笑んだ。


(焦らすに。外交の鉄則ですわ。)


「わたくし、イザリエ王国を訪れるのは初めましてなんですの。いろいろと教えて下さるとうれしいですわ。」


「もちろんだ。私もフレライン王国の話を聞いても良いだろうか?」


「構いませんわ。」


 音楽が流れ出して、ダンスが始まる。この中で最も位の高いレオナルドとアディルは手を取りあって、ホールの中央で踊る。


 ダンスは得意だった。レオナルドのリードも驚くほど上手い。長年の習性で、ダンスは体が勝手に踊るので、レオナルドに話しかけてみる。


「王になってみて如何ですか?なにか心境の変化はございまして?」


「どうだろうか?少し戸惑いはあるが、前々から執務は手伝っていたから仕事の方は特に問題ないな。」


 レオナルドも余裕げに答えた。


「さすがですわね。わたくしなんて、即位式は緊張しっぱなしでほとんど記憶がありません。」


「私だって、王冠を頭にのせたときはさすがに震えたぞ?これを落としたら税金うん千万だ、とね。」


 二人でクスクスと笑いながら踊り続けるのは、苦のないことで、むしろ楽しいと感じはじめていた。


「しかし、悩みといえばな・・・」


「なにかございますの?」


「娘のことだ。昔からあまり懐いていないのだが、最近は前にも増してよそよそしくて・・・」


 レオナルドには今は亡き妃との間に生まれた王女がいる。確かアンナ王女といって、今は六歳ははずだ。


「女の子ですから、難しいでしょうね・・・」


「あぁ、母親がいないから、寂しい思いをさせているし、少しは甘えてほしいと思うのだが・・・」


 弱り切った表情でレオナルドはうつむいた。

 えてして男親に、娘というのは扱い辛いものだろう。自分の父親も大変だっただろうなとアディルは苦笑した。その父ももう亡くなっているから、アディルが女王となっているのだが。


「・・・あとで、王女殿下に会わせてもらってもよろしいですか?そういうのは同性の方が話しやすいかと思うので。」


「頼めるだろうか。ありがたい。」


 心底ほっとしたようなレオナルドをみて、アディルはなんだか可愛らしく思ってしまい、また笑う。こんなに穏やかな気分なのは久しぶりだ。それにこの人とは会ったばかりなのに。


「・・・私はなんで初対面の貴女にこんなことを話しているのだろうな。」


 困惑した声を聞いて、アディルが顔を上げるとレオナルドが真っ直ぐにアディルを見つめていた。


「貴女の前だと、素直になれる。」


「ま、まぁ・・・」


 返答に困るものだった。聞きようによっては、口説かれているようにも感じる。だが、彼の視線が真剣な分、本心なのだとわかってアディルは口ごもってしまった。


 まもなく、ダンスは終わった。

 お互いに新たなダンスの相手が待っている。しかし、曲が終わってもなかなか二人の手は離れなかった。


「アディル・・・」


 なにか言いたげにレオナルドがアディルを見つめていた。だが、アディルは首をゆるりと横に振った。何を言われるにしても良いものではないように感じたのだ。


「また後で。」


 そう言ってレオナルドの手を話して柔らかく微笑んだ。いつもの完璧な笑みではなく、18という年相応の柔らかな笑みで。



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