第60章:ガドリニウム(1)
前章で長々と特訓を受けて疲れ果てた井伊を抱えて、俺と中濱は地球に帰還しようとしていた。俺は帰還途中、いろいろなことを考えていた。
特に考えていたことは
「ガドリニウムの抹殺」である。一味が今それだけ地球を攻めようとしているのだ。多分夏休みを期に転校という形で俺達の学校から離れてから侵略を始めようとしているだろう。だからこそこの時期にガドリニウムを叩いておけばぐっと相手の戦闘力が落ちるだろう。
「・・・どうした?」
井伊が真剣な表情で尋ねてきた。
「いや、ちょっと考え事をな・・・。」
俺は軽く受け流した。
「いや。いつものそういう時と目の色が全然違うぞ。よっぽど何か大切なことを考えているんだろう?違うか?」
う・・・図星だ。流石に彼の洞察力は半端なく凄い。
「実はさ・・・ガドリニウムを早いところ片付けてしまおうかと思ってさ・・・。そのためにどうしようかと・・・。」
俺は井伊に説明した。彼ならきっといいアドバイスをくれるはずだ。
「ガドリニウム?ああ、唐沢に取り付いてるってやつ?」
「そうそう、そいつそいつ!」
彼が話を飲み込んだところで素早く相槌を入れる。これが確実な一手だ。
「となるとまずは唐沢を上手く呼び出す必要があるな・・・うーん、どうしようか。」
彼は考え込んだ。
「そこだよなぁ。そこをさっきから悩んでたんだよ。」
俺は更にそこに合わせて相槌を入れる。
「それに彼女がもし取り付かれているなら、この夏休みを期に転校という手を騙って一味の船に戻っていくだろうな。俺達の情報を持って。」
井伊は持論を展開した。流石学年一の秀才、俺は
「情報を持って」というところには全く気がつかなかった。いくら推理力の高い中濱でもそこまでは考えていないだろう。
「そうすると確かにそれまでにそいつを叩いておく必要があるな。あまり情報が向こうにいくと、それこそこちら側が行動を取りにくくなってしまう。上手く人目のつかないところに呼び出して亜空間に連れ去った上で勝負しなければいけないみたいだな。」
彼は更に持論を進めた。しかしその作戦は以前失敗しているのだ。二度も同じ手に引っ掛かるほど相手もばかではなかろう。
「ちょっと待った。井伊、その点なんだけど・・・。」
俺は井伊に確認をとるベく、過去に一度失敗したときの話を彼に話した。
「ふむ・・・その時どこで待ち伏せしてた?」
井伊は尋ねてきた。
「確か学校裏の林の辺り・・・」
「ばか。そこはカップルが告る場所で有名だぞ?俺告られたの全部そこだし。」
彼は頭を抱えた。そう言われた俺も思わず頭を抱えてしまった。
「お前よく周囲の話題にならなかったな。」
井伊は半ば呆れていた。
「そりゃそうだろ。あの時は校内放送で呼び出してたんだから。」
俺も流石にそこには反発した。
「あ、そうか。」
どうやらようやく納得してくれたようだ。
「でも同じ手は二度も使えないしな・・・。女子の力を借りた方が余計ややこしくなりそうだしな・・・。うーん・・・。」
彼はまた考え込んでしまった。
「トイレで張り込むとか?」
とそこに完全に空気を読めていない様子の中濱が首を突っ込んできた。
ゴツッ!
「ってえ!何すんだよ!」
「こっちのせりふだよ!」
「そうだぞ!俺達を変態に成り下がらせる気だろ!」
俺と井伊のWげんこつが彼の頭に直撃した。
「仕方ないだろ!?それしか方法思い付かなかったんだから!」
「じゃあ却下!そんな手を認められるかよ!」
俺は反論する中濱を速攻で押さえた。
「それじゃあ代案を出せよ。出せないんだったらとやかく政府のやることすることを片っ端から批判してる野党と変わらないぜ?」
しかし彼は押さえ込まれながらも更に反論を重ねる。
「う・・・。」
俺は返答を返せなかった。彼にしてはなかなかごもっともな反発である。こいつは一本取られた。
「どうだ、井伊?お前も何か代案があるか?」
「ある。」
井伊は即答した。
「何!?そんなわけないだろ。」
中濱も俺もその発言にはびっくりした。
「明日のロングで手つなぎ鬼やることになってなかったか?」
「あ!」
そうだった。明日の学級活動は確かに手つなぎ鬼だった。何で決まったんだったかまでは全く覚えていないが、これは絶好のチャンスである。というかここを逃したら負けかもしれない。
「そうだろ?俺達三人で上手くテレポート機能を使って捕まえれば亜空間に引きずり込むところまでは可能なんじゃないか?」
井伊がいつものキラースマイルで中濱へと弾き返した。この爽やか過ぎる笑顔で一体何人の女が彼の虜になったことやら・・・。
「そうか!それなら確かに行けるな。あ、ただし井伊。お前の鬼は禁止な。」
中濱もどうやら納得してくれたらしいが、そこだけはさらりと言った。
「はぁ!?何でだよ。」
「当たり前だろ?お前が鬼やると女子達がお前にしか捕まらなくなるだろ。そうしたらこっちの行動がとりにくいんだよ!」
とりにくいんじゃなくて単に女子と手をつなぎたいだけだろ。俺はそうツッコンでやりたかった。
そうこうしているうちに地球に到着した。
「お、着いたか。よし、明日は作戦会議もあるから早めに来て、裏教室に集合な。」
俺は二人に提案した。
ちなみに
「裏教室」というのは普段はもう誰も使っていない、しかも誰も近寄らないという三階の1番外れにある小さな教室である。そんなこともあってかたまに告白に使う輩もいるようだが、そんな奴らが来るのは決まって放課後だ。朝からそんなことをしようなんて考えそうな奴はたとえ滝口でもありえないだろう(現に以前言ってたし)
「ああ、わかった。お前こそ遅刻するなよ?」
井伊に釘をさされた。失礼な。確かに遅刻率は高いが、そんなに頻繁じゃないぞ!
こうして俺達は自分達の部活仲間に見つからないように(見つかったらあとの説明が面倒)家路についたのだった。
「おぉ、お帰り〜!」
玄関に入ると糞箱の野郎が玄関で待っていた。
「あれ、母さん達は?まだ仕事が終わってないのかな?」
時計を見るともう夜8時を回っていた。いつもならもうとっくに家にいる時間だが・・・。
「まあいいや。お腹はそんなに空いてないから宿題でも片付けるか。」
俺は制服から着替えると、気はあまり進まなかったが机に向かった。最近糞箱の丁寧な教えにより少しずつ成績が伸びてるような気がする。
「なあ。ここはどうやるんだ?」
「ああ、ここかいな。ここはこれを別の文字に置き換えて特性方程式でなんとかなるんとちゃう?」
「ああ、そうか。これでいいのか。なんか数列も大分分かってきたぞ!」
こうして俺はいつものように糞箱のきめ細やかな指導を頂戴し、どうにか宿題を終わらせたのだった。
「さて、明日はいつもより早いし、早めに寝るとするか。」
俺はさっさと風呂に入り、早めに床に入ろうと机を離れた。
「あら、どないしたん?大分珍しいやないか。」
「ああ、明日は流石に遅刻できない用事があってな。井伊と中濱と打ち合わせをしなけりゃならないんだ。ガドリニウム討伐のためのな。」
俺は先にベッドの支度をした。母はまだ帰ってこない。一体何をしているのだろうか。もう時計は9時を回っている。流石にちょっと不安になってきた。
「ほぉ。兄さん達、いよいよ決戦に向かって動き出す、ってわけや。」
表情など箱だから分からないが、どうやら少し驚いているようだ。
「まあ、そういうことになるな。」
俺は軽く伸びをしながら答えた。
それから俺はしっかりと戸締まりを確認し、さっさと風呂に入り体を温め、早々に床についた。
正直なところ少し怖かった。
またこの家に帰ってこられるかどうかわからない。
俺達はもう既にガラクトスにダメージを与えられるほどになってきたのだから、それだけ敵に脅威となっていると考えてもおかしくはないだろう。だからこそあの魑魅魍魎を操れるというガドリニウムも手は一切抜いてこないだろう。俺達の命を完全に絶つつもりで向かってくるのは明らかだ。だからこそ俺達は全力で立ち向かわなくてはならない。絶対乗り越えてみせる!
タッタッタッタッ!
「やべえ・・・。完全に怒られるわ・・・。」
完全にしくじった。いつもよりは早く起き、万全を期して学校へと向かうはずだったのだが、俺が寝た後に、
「明日、7時30分に集合ということで」
とメールが届いていた。起きたときが7時10分だ。どう考えても間に合うはずがな・・・くはないな。つーか何で俺はこんなに焦ってたんだ?あるじゃねえか。ホログラムキーのテレポート機能が。今使わないでいつ使うってんだ。ここしかチャンスないだろう。
という訳で俺はかばんからホログラムキーを取り出すと、学校への行き先を思い浮かべながらスイッチを押した。
カチッ。
シュン!
作戦は成功・・・のはずだった。
「何だよ、遅いじゃねえか。」
時計を見てもまだ10分ちょっと前なのに、なぜか中濱と井伊が裏教室に待っていた。
「あれ?中濱はともかく、井伊は・・・?確かお前、ホログラムキー持ってなかったろ?」
俺は流石に動揺の色を隠せなかった。
「え?ああ、途中でこいつに会ったもんだから、ついでに便乗してきたってわけ。」
井伊は中濱を指さしながら言った。
「・・・そうかぁ。その手があったか。」
俺は肩を落とした。
「まあまあ、こんな小さな争いは反古にして、作戦を立てなくちゃな。」
中濱が学校の地図を取り出しながら言った。
「厳しいのは今回のルールが『学校全体』ってことなんだよな。それだけ狙いが付けにくいってことになるわけだからな。」
井伊が頭を抱えながら言った。
「そうか?一応『トイレ禁止』だから、大分限られると思うんだけど・・・?ここはないな。あるってことをまず知らないだろうな。」
俺はその意見に反論した。
「ふむ。すると校舎内で逃げ回れるところはもうほとんどないよな。」
井伊も俺が出したその意見を分かってくれたらしい。
「お前ら・・・、大事な『仲間』を一人忘れてないか?」
この討論の中で今まで一度も口を開いてこなかった中濱が遂に口を開いた。
「・・・あ!」
俺達二人は少し考えた後で、ほぼ同時に思い出した。そうである。ルルーである。
「そうか、ルルーか。でも発信機もなにも無しで逆探知なんて出来るのか?」
井伊が尋ねた。
「それはとりあえずルルーに聞いてみないと分からないけど、俺ら三人で作戦を遂行するよりよっぽど楽だと思うけど?」
中濱は笑顔で返した。キラースマイルのつもりらしいが、それではただの笑顔である。
「まあそうだな。一応彼女に尋ねてみるか。」
俺達は一応彼の提案を受け入れることにした。
いつものようにホログラムキーのテレパシー機能を使って彼女に連絡を取り始める。
ピリピリピリピリピリピリ・・・
ピリピリピリピリピリピリ・・・
「出ないな・・・」
P!
「ごめんなさい。今までお風呂入ってたの。」
彼女は漸く出てきた。
「あ、ごめんな。わざわざ呼び出して。実はちょっと頼みがあって。」
中濱が率先して事情を説明した。
「頼み?どうしたの、急に?」
「実は今日のうちにガドリニウムを仕留めて起きたいと思って・・・。それで逆探知を頼もうと思ったんだけど。発信機無しでできるか?」
中濱が尋ねた。
「分かったわ。任せなさい!」
彼女は意気揚々と答えた。
「よし、ありがとう。それで時間を指定したいんだ。亜空間に確実に引きずり込むために、クラスでやる手つなぎ鬼の時間を使いたいんだ。それが一番安全だからな。だから3時半から1時間。よろしく頼むぜ。」
井伊が続けた。
「ええ。了解したわ。それじゃあまた後でね。」
P!
「・・・どうやら何とかなりそうだな。」
俺は少し落ち着いてから言った。
「そうみたいだな。よし、今日が勝負だ!手つなぎ鬼の間で確実に仕留めるぞ!」
「おお!」
果たして、三人はガドリニウムを亜空間まで引きずり込むことが出来るのか!?
To be continued...




