第58章:長年の勘(前編)
前章でトルム会長に報告を済ませ、特訓を受ける井伊を応接間に残し、俺と中濱はルルーの部屋に向かっていた。しかしあと少しというところで中濱はリオ爺に呼び出され、三つ奥の小さな部屋に呼ばれていった。
※ここからしばらく中濱の視点でお楽しみください。
ガチャッ。
「さあ、こちらにございます。」
リオ爺は部屋の扉を開け、俺に中に入るよう促した。
「あ、はい。失礼します。」
俺は彼の言う通りに部屋の中に入っていった。
部屋の中は随分綺麗に片付いていた。ベッドのシーツまで至る所に気を配っているのが分かった。
「あの・・・ここは?」
俺はリオ爺に尋ねた。
「はい。ここは私の部屋でございます。汚いところですが、どうぞおくつろぎください。」
彼はソファーに俺を座らせた。
「それではこちらを頂きながらお話をすると致しましょう。」
そう言って彼は紅茶とおいしそうなクッキー、それから砂糖の入ってそうな壷をもってきた。俺は紅茶は正直飲み慣れていなかったので、なかなか手をつけにくかったが、せっかく出して頂いたものを断る訳にもいかないので、ゆっくりとお茶をすすった。
「さて、今日はこんな所に呼んでしまい、非常に申し訳なく思っています。」
リオ爺はまず深く頭を下げた。
「あ、いえいえ・・・。とんでもないですよ。」
俺はいつも以上の彼の腰の低さに思わずこちらも申し訳なく感じてしまった。
「でもこうでもしない限り、貴方様とはお話できない気が致したからでございます。」
彼はソファーに腰を降ろした。
「それで今日ここに・・・?」
「左様にございます。実はルルーお嬢様とトルム会長様についてのお話をしましょうと思いまして・・・。」
彼のその一言に俺は驚いた。
「はあ・・・。でもそれだったらあいつを一緒に連れて来ても構わなかったのでは・・・?」
俺は頭の中にでてきた言葉を無理矢理繋げた。
「はい。でもこのお話は決して口外を許されていない話でございまして、あまり余計な方に知って頂いた方が困りますので・・・。」
彼はいつものような低姿勢で答えた。
「はあ・・・。でも、そんな話を何故俺に?」
俺は不思議だった。そんな口外してはいけないような話を、ましてや部外者の俺に話すなんて。一体この老人は何を考えているんだ?
「貴方様は、ルルーお嬢様から何か言われませんでしたか?」
リオ爺はうっすらと笑みを浮かべて尋ねた。
「んなっ・・・!いきなり何を・・・!」
突然の一言に俺は思わずあくせくしてしまった。
「ほっほっほっ。図星の様でございますな。だからこそ貴方には口外しようと思ったのでございます。」
「だからこそ・・・ですか?」
俺はその言葉の意味がよく分からなかった。
「左様にございます。ルルーお嬢様はもう貴方にホの字でございましてなあ。もう貴方の名前を出しただけで顔が真っ赤になりまして、調子が芳しくない時にうっかり申し上げてしまいますと、そのまま卒倒してしまうこともあるのですよ。」
彼は笑いながら答えた。
「い、いやそんな・・・。」
俺は照れを隠せなかった。
「このままいけば貴方達は二人仲良く結び付いてそのままゴールインなんてことも・・・」
「わー、わー!そんなこといわないで下さいよ!」
俺はそれ以上彼がしゃべりそうなのを全力で阻止した。全く、こんなに喋る人だとは思いもしなかったぜ。
「ほっほっほっ。その話は置いときまして・・・。今日話すお話は誰にも口外しない、とお約束願えますでしょうか?」
リオ爺は再び真剣な顔になって言った。
「・・・はい。もちろんです。」
俺もその顔に応えられるように答えた。
「・・・分かりました。随分驚かれると思いますが、何卒最後まで聞いていて下さい。」
そう言って立ち上がると、彼は重い口を開いた・・・。
−まず始めに、ルルーお嬢様はトルム会長様の実のひ孫ではございませんのです。このことはまだお嬢様にも教えておりません。
ルルーお嬢様は、私達オニキスの組織が出来上がったばかりの時に、街のど真ん中に一人ぼっちで捨てられておりました。正確に言いますと、その街はもう既にガラクトス一味の手によって焼き払われて、お嬢様一人しか残っていなかった、と言った方が正しいことなのかもしれませんが・・・。
それを最初に見つけたのは私でございました。お嬢様はもう痩衰えていて、今にも命の灯が消えそうになっておりました。そしてお嬢様の包まっている毛布の中には、一枚の手紙が入っていました。
「この街はガラクトス一味の手によって、もう終わりを告げようとしています。この子は私達の子供ですが、私達ももう限界です。ですから誰かこの街を通り掛かってくれたのなら、どうかこの子を大切に育ててあげてください。この子は私達の、この街の希望です。」
手紙にはそう書かれておりました。私はそれを見て非常にいたたまれない気持ちになりました。どうしてこんな小さな子が生まれてすぐに両親と死に別れてしまわなければならないのでしょうか。どうしてそんな惨たらしいことを、ガラクトス一味の連中はいとも簡単にやってのけるのか。私にはそれが悔しくて悔しくて堪らなくなりました。
ですからその時私は心に決めました。私は絶対この子を連れて帰って、彼女の大好きな人にお嫁として送り出してやろう、と。
私は物凄い大声で泣き続けるお嬢様を抱き上げると、そのまま船へと戻りました。船に戻るとトルム会長は私の連れてきたルルーお嬢様を見て驚いた様子でした。
「何でこの赤ん坊を連れて来たんだ!」
会長はかなりお怒りの御様子でした。それもそのはず、実際このようなケースはいくらでもありましたので、あくまでガラクトス一味の討伐が目標の私達組織にとって、そのような温情は一切捨てていなければならなかったのでございます。
私にもそのようなことは十分承知していました。それでも私には無理でした。生まれて間もない命の灯をみすみす放っておくということは・・・。だから私は一生懸命トルム会長に頭を下げました。床に頭を擦りつけさえもしました。自分のプライドなんてもうかなぐり捨てていました。私はただその小さな命を救いたかったのです。
すると会長は最初は頑固に首を横に振り続けていましたが、段々心が柔らかになってこられたのか、最後は会長が折れてくださいました。
「・・・仕方ない。いいだろう。ただし条件がある。この赤ん坊が捨て子であるというのをこの組織に広めてしまうと、後々成長した時に可哀相だし、規則違反を俺が許可してしまったことになってしまうからな。この赤ん坊を俺の『ひ孫』ということにして、お前に養育係を任せようと思う。これなら規則違反にならないだろう?」
私は涙が止まりませんでした。いくら止めようとしても、決壊した堤防を突き破るが如く溢れ出してきました。私はまた再び床に頭を擦りつけて、
「・・・ありがとうございます・・・。」
の一言をやっとのことで申し上げました。
こうして私は慣れない手つきでおむつを替えてやったり、ミルクを飲ませてやったりし始めました。途中立ち寄った街で育児の本を買いあさり、片っ端から読み始めました。
「えっと・・・人肌くらいの温かさ・・・。このくらいか。」
「オギャア、オギャア!」
「ああ、はいはいはいはい。」
お嬢様はなかなか泣き止まないこともありまして、いつもいつも私の手を焼かせてばかりでありました。それでも私はめげずに、目の前にある命の灯を絶やさないように努力をし続けました。それだけが私ができる、唯一の会長への恩返しだと思っております。
今はあんなわがままでろくにいうことを聞かないやんちゃなお嬢様ですが、あの化学技術の知識を学んだのは6歳の時でございました。
ある日突然工具がたくさん置いてある部屋に忍び込んだかと思うと、突然何かに取り憑かれたかのようにそこら辺から工具を引っ張り出して、何やら作り始めたらしいのでございます。たまたま通り掛かった会員が止めようとしたらしいのですが、聞く耳を持たずに一気に小さな拡声器を作り上げてしまったのです。しかもちゃんと稼動するものでした。
私は驚きました。何しろ私は何もそのようなことは教えたことがなかったからです。まさか会員が実際に作っているのを見て覚えた訳でもあるまいし・・・。
そこで私はその拡声器を持って会長のところに伺いました。会長も物凄く驚いておられました。それからお嬢様にはこつこつと色んな工具を与えては何かを作らせて、できたらまたお嬢様の好きなように他のものを作る・・・。
こうして月日が経つに連れて、段々複雑なものを作れるようになりました。最初は計算機程度の簡単なものでしたが、計算機が簡易式の逆探知装置になり、それが盗聴器になり、さらにそれがしまいには大きな戦闘機まで作れるようになっておりました。
それでも私は止めました。戦闘機だけは絶対に作らせないように・・・!そんな戦争の道具だけはお嬢様に作って欲しくなかった・・・。
しかしお嬢様がそのようなものを作れると分かった途端、色んな星の防衛軍から作り方のデータが欲しいという要望がどこからともなく集まってきました。私は憤慨して全部却下しました。
「あなたたちは小さな女の子に頼ってまで戦争をしたいんですか!?」
と。
結局彼らは全員諦めてくださいました。それは非常に嬉しく思っております。
しかしそんな状況を崩したのがガラクトス一味でございます。略奪の限りを尽くし、様々な星を壊滅させていきました。
そのことをお嬢様は非常に悔やんでおりました。全部自分のせいだ、と考えて、全部髪の毛を剃り落としたこともありました。荒れてた時期もありました。お嬢様は結局物凄くふさぎ込んでしまっていたのでございます。
しかしそんな時に現れたのが、貴方のもう一人のお連れの方でございました。彼はたまたま不時着したBOXNo.102536と出会い、次々とガラクトス一味の連中を蹴散らしてくださいました。そのことがお嬢様に勇気と希望を与えてくださいました。そうしてお嬢様は段々と機械を作ることに再び意欲を出すようになったのでございます。
それから貴方が新たに戦いに加わり、貴方のひたむきな戦い方に心を打たれたようでございます。だからこそお嬢様は貴方に恋に落ちたのではないでしょうか?まあ、そこは長年の勘、でございますけどね。
私はお嬢様に出会えたこと、会長が与えてくださった温情、そしてあなたたちが戦いに加わってくださったことを非常に嬉しく思っております。何しろこれでトルム会長も長きにわたる因縁に決着を付けることが出来るでしょうから・・・−
「ですから、お嬢様、いえ、私達にはあなたたち三人の力が必要なのでございます。どうか、最後まで力を貸して下され・・・!」
リオ爺はふと立ち上がると、俺の手を掴んだ。
俺は最後まで一言も喋らずに聞いていた。正確に言うと、喋ることができなかった。しかし俺はその手をしっかりと握り返すと、
「・・・当たり前じゃないですか。俺達がきっとこの世界の平和を守り抜いて見せますよ。それから・・・ルルーも・・・ね。」
と答えた。確かな決意の中での答えだった。
「しかし・・・リオ爺さん?」
俺はやっと質問ができそうな雰囲気になってきたので、彼に尋ねてみることにした。
「?何でございましょうか?」
彼は再びいつもの低姿勢で答えた。
「さっき話の最後の方で、『トルム会長の長きにわたる因縁』って言ってたじゃないですか?それって、一体何なんですか?」
ここまで口に出して、俺は一瞬まずかったかな、と思った。
「あ、お気になられますか。それではそのことについてもお話致しましょう。」
しかし彼は何にも動ずることなくソファーに座り直すと、再びいつもの重い口調で語り始めた−
果たして、リオ爺の口から放たれる、
「長きにわたる因縁」とは!?
To be continued...




