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ユグドラシルの樹の下で

作者: 清水遥華
掲載日:2015/10/10

生を授かって初めて見た景色、それは深緑に染まる大地であった。

鼻を擽る葉っぱの先と、青空に浮かぶパステルカラーの雲が印象的だった。


それも自分が成長してくるにつれて、無味乾燥した風景となってしまった。しかし、私は緑の森や豊かな大地を愛している。私を育ててくれた親だから。


「今日は少し寒いかもしれない...」


私は身震いをしてから樹洞に戻っていった。私は幼い頃、親に捨てられて森に育てられた。森は私と話し、私を守ってくれる。面白いことに、私は私以外の人間を見たことがなかった。親に捨てられたというのも、森から聞いたのだ。


「はぁ...」


私が溜息をつくと、憂鬱な気分を察してくれたのか、水溜草が水を木のコップに注いでくれた。水溜草は茎の部分が薄い皮膚のようになっていて、水を溜めて膨らませている。


「ありがと...どうもダメね。冬に近づくとナイーヴになるわ」


育て親がいないのに、なぜ言語を話せているか。森が教えてくれたのだ。昔、森には沢山の人が訪れていたらしい。その時の会話を、森は聞いていたのだ。


「少し、外に出てみたいの。森じゃなくて、もっと外の世界」


...ダメか。森は私が外に行くことを拒む。外は危険が伴うからダメとのことだ。いつかは行ってみたい、外の世界には何があるのだろう。


暫く木の葉の上で昼寝をしていると、何やら自分が話しているのと同じような言語が聞こえてきた。


「何これ...もしかして、私と同じ人間?」


12年間で初めての来客だ。私は好奇心と興奮に身体を支配され、またひとつ身震いをした。木の階段を登り、高い位置から外を見る。


私と同じくらいの身長の人間と、もう1人、私の2倍くらい大きい人間が歩いていた。

私はその人達の声に耳を傾けた。


「この辺にも動物はいないね」


「とても綺麗な森なんだがなぁ...食える物がねぇ。今年も村は貧しいままか...帰るぞエリフ」


「もっと奥に行かないの?」


「いいかエリフ。この森を良く見てみな。人がいた気配すら残していない...きっと、こう...言葉にはできないが神聖な何かが取り巻いているんだ」


「へぇ〜」


髪は私と違って短く、色も私と違って鮮やかなブラウン、肌の色は同じで白。大きな人には口元と顎に毛を生やしていた。髪も真っ白だ。


もしかすると、似ているだけで私と違う生物ではないか?

私は緊張しながら、木の穴から彼らを観察していた。



その刹那、


「あ!」


私と同じくらいの大きさの人が、私に気づいた。私は咄嗟に顔を引っ込めて口に手をやる。驚きで心臓が潰れそうだった。


青い瞳が私を捉えていたかもしれない。


「今木の中に女の子が!」


「寝ぼけてねぇで帰るぞ、きっとそりゃ森の精だ」


「ほ、ほんとうなんだってぇ...」


暫く息を殺してから、もう一度外を見る。彼らは帰ったようだ。


一体何だったんだろう。森の精?もしかして、彼らにも棲家があるのだろうか。


その夜、私は眠れなかった。あの人の青い瞳がずっと脳裏に焼き付いているのだ。


「綺麗...」



___翌朝


私が外の池で花を観察していると、誰かの足音が近づいてきた。


反射的に立ち上がって後ろを振り返ると、例の人が立っていた。今度は1人だ。


「き...君。ここで何してるの...?」


彼は私にそう言った。とても難解な質問だ。


「私はここにいるだけ。あなたは何をしているの」


「僕は...僕は昨日君を見たから、見間違いじゃないかなって思って確かめに来たんだ」


彼は少し焦ったような顔つきだった。茶色のベストに紺色のズボン。産まれてからずっとシルクでできたワンピースを着ている私にとって、それらは興味深い衣装だった。


「あなた...人間?」


「あ、当たり前じゃないか!君、どこに住んでいるの?」


「ここよ」


私を樹洞に入れてあげた。彼は初めて見たのか、青い瞳を輝かせていた。


「と、とてもいい場所だ!!何この植物!!」


水溜草に驚いている。水をかけられている。森は彼をおちょくっているようだ。


「あなたは、どこに住んでいるの?」


「僕?僕は森の外にある村だよ。今度案内してあげるよ」


「...無理よ。森がそれを許さない」


「森...君、もしかして本当に森の精霊なのかい」


「?」


森の精霊?森は森。私は私。そこに仲介する存在なんてないはずだけれど。

私は彼に水を差し出し、色々と質問することにした。


「私とあなたは、同じ人間なのに違う所が沢山ある...」


「そりゃあ君が女の子で、僕は男の子だからさ」


「おんな...のこ?」


彼は私の無知ぶりに驚いたのか、聖書の話を混じえて、男と女について教えてくれた。森はこんなこと教えてくれなかったな...人間なら知ってて当然の筈だし、何故だろう。


「そうなんだ...同じなのに違う。でも、あなたの青い瞳はとても綺麗。私も男の子に産まれたらよかったかも...」


「何を言ってるんだい。君もとても綺麗な青い瞳をもっているじゃないか」


驚いた。水面にうつる私の姿は、影で目が黒くなっていたが、本当は彼と同じ色をしているらしい。それでも、自分で自分の瞳を見れないのは少し残念だ。


「それじゃあ、もう遅いから帰るね。また来ていいかな?」



「あ...うん」


「そうだ。もうすぐ冬が来るのにその格好じゃ寒いよ。このベストあげる」


そう言って彼は枯葉色のベストを私に羽織ってくれた。温かい。今まで感じた温もりとは、また別の温かさ。


人の温もりとは、こんなにも心地よいのか。


「私、人に産まれて良かったかもしれない...だってこんなに暖かいもの...」



それから毎日、彼は私のもとを訪れた。彼は、外の世界のことを沢山教えてくれた。私はその度に行きたいと言っては森に止められる。


そんな朗らかな毎日が過ぎていった。


「ねぇ、今頃聞くのもあれなんだけどさぁ」


「どうしたの」


冬が近づいてきたある冷えた日。

私は無意識に彼の肩に寄りかかっていた。


どうやら人肌の温もりが好きになってしまったらしい。よく頬が赤いとエリフに笑われる。


「君の名前...教えてくれない?」


「名前...?」


「うん。僕はエリフ。もしかして名前無いのかい?」


「そうだ...草にも生き物にも名前は

あるのに。私は名前がない」


なぜなら私を呼んでくれる人がいないから。名前は必要なかった。


「それは大変だ...!!今決めよう」


「どうしたらいい?木の中の人とかは?」


「ふふっ、それはそのまま過ぎるよ」


エリフが失笑したのを見て私は恥ずかしくなったのか、薄ら紅に頬を染めた。


「ブルー、なんてどうかな?君の瞳にちなんで」


「それならエリフもブルー。エリフブルー」


「う〜ん。じゃあシャーロット」


「どういう意味?」


「いや、頭にぽかんと浮かんだ名前さ」


「私、それがいい...」


語感や意味はどうでもいい、直感的にその名前を気に入ってしまった。

シャーロット。良い名前だ。


「あらためて、シャーロット。よろしくね」


「うん。エリフ...ふふ、何だか変ね」


今まで名前もわからずに喋っていたと思うと、変な笑いが込み上げてきた。



たとえ外は寒くても、家の中はとても温かく、森が私たちを守ってくれているように思えた。


ここはもう、私たちの家なのかな。




ある日、いつもの時間にエリフが来なかった。


「エリフ...どうしたのかな」


不思議な気持ちが溢れてくる。胸がぞわぞわする。気持ち悪い。


何時間だろう。池にうつる黒い瞳の私を見ていると、いつもより急いでエリフが走ってきた。


私は笑顔で迎えたが、エリフの格好と表情を見て、笑みは消えた。


煤にまみれた顔、焦げた服。嗅いだことのない酷い臭い。


「エリフ!!どうしたの!!」


私はすぐにエリフを家に連れて行き、木の葉の上に寝かせた。

水を染み込ませた海綿草で顔を拭き、水溜草の水を飲ませる。


「逃げて...火をもった人間が僕らの村を襲ったんだ...ここにももうすぐ奴らが来る...君だけでも」


「ダメだよ!!!エリフも一緒にここに隠れていよう。森が守ってくれるはず!!」


「エリフ...君は、どうして森と話せるんだい」


「それは...産まれた時から森に育てられて...」


「エリフ...僕はね、産まれた時、家が火事になったんだ。お母さんはそのせいで死んだけど、僕だけが助かった」


エリフは力のない口調だったが、顔は真剣だった。


「だからずっといると思っていたんだ。火の精霊が。森の精霊が...さっきも村を焼き払われたけど、なぜか僕の周りには火がつかなかった」


「エリフ...」


「僕なら奴らを止められるかもしれない。君は逃げて...」


突如、大きな怒号のような声が森に響く。


「何だこの森はぁ!!!」


「ったく。さっきの村にもたいした物はなかったぜ」


「糞が!!!」


外を見ると、盗賊のような格好をした男達が松明を持って集まってきていた。その数は100人以上。恐らく、各地を練り歩いて他民族から物資を奪っている部族だろう。


「どうしよう...」






「森を焼き払え!!!動物を逃がすな!!!」


「はい!!!」


次々と、木に松明を当てて火をつける。木は悲鳴をあげてメキメキと倒れた。


このままでは皆死んでしまう。奴らは女子供も容赦はしないだろう。


ふと見ると、エリフの姿がない。

彼は男達の前に出向いていた。


「エリフ!!!」


私は喉が擦り切れるくらい叫んだが、彼の耳には届かなかった。


「なんだこの糞ガキ...さっきの生き残りか?まぁいい、殺して鍋にしてやろう」


松明をもった男がエリフに殴りかかった。


その瞬間、松明の火は絡みつくように男の身体を包む。


「うわぁ...!!!何だこれはぁ!!!」


まるで火がじゃれているように、男の皮膚を徐々に焼いていく。


「わかってない。火に焼かれるのは火との距離を弁えていないからさ...人間は火に近づきすぎた」


男は暴れ狂い、痛みに悶える。



エリフは振り返って、私にこう言った。


「シャーロット。僕のお母さんは死んだって言ったけれど、本当のお母さんじゃないんだ。人間のお母さんだったんだ」


【人間のお母さん】

その言葉は、私に激しい違和感を覚えさせた。

それじゃあまるで、彼は人間じゃないかのようではないか。


「シャーロット。僕は言ったよね。君は森の精霊じゃないの?って。精霊は自然の代弁者なんだ」


「このガキ!!何喋ってやがる」


他の大男がエリフに掴みかかった。

だが、次の瞬間には、その大男の身体も業火に包まれていた。


「自然は今、憤怒している。立場を弁えない人間に」


エリフの身体に、火が纏った。

生きているかのように、他者を威嚇するかのように、その火は轟々と燃えている。


エリフが両手を前に出すと、火は玉状になって人間達を襲い始めた。


「何だこれは!!火が付きまとってきやがるっ...!!」


いくつもの火の玉に別れ、罪深き人間に制裁を下していく。元々、自然は人間を拒んでいたのではないか?


私が人間の子として産まれた。それ自体が勘違いだったのではないか?



「矢を射れ!!奴に近づくな!!」


無数に放たれた矢は、エリフの身体を貫いた。


「くっ...!!」


エリフの小さな身体は、力なくその場に倒れ、動かなくなった。


「...やっぱりそうだ。あなたたちみたいな野蛮人が、エリフと同じ種族の筈がない。私たちが人間な訳ない...」


私はゆっくりと樹洞から出て、エリフの遺体へと歩み寄った。

彼の身体は燃え、消し炭のようになっていた。


私は、そっとその灰に触れた。苔がそれを覆い、新たな芽が息吹く。

そこで私は悟った。



私は自然なんだと。



人間は持っているのだろうか。消えてしまった彼に、涙を流す心が。


「エリフ...」


彼はずっと仲間を探していた。火の精霊として生まれ、人と生き、私に出会った。


ならば、私と共に自然に帰ろう。


「何だ...こいつは...」


「人間が、この深緑の大地を歩むことを禁ずる。それがこの森の言葉」


自然を愛せぬ者が、どうして人を愛せようか


瞳から涙が零れ落ち、新芽にぶつかってはじけた。


それを合図に、巨大樹が私の下から、私と同化して出現した。


巨大樹は天を貫き空を覆った。人間達は、巨大樹の伸びゆく根と、溢れかえる土に溺れ、全滅した。


巨大樹はその成長を止めることなく、大地を覆い、空を覆い、世界そのものとなった。


「この巨大樹を何て言うんだっけ?」



エリフが教えてくれた気がする。



そう。その巨大樹は私自身。自然そのもの。全ての生物は私に飲まれ、土に帰る。

そして全ては、神が人間を作る前へと遡る。



エリフ。欲を言えば、もう少しあなたの隣に座っていたかった。


今は私があなたを覆うから、安らかに眠って...




ユグドラシルの樹の下で...




幼い頃、人間の親に捨てられたと思っていたシャーロットは実は森の精霊で、森と共に産まれた。そんな彼女が出会った男の子は火の精霊エリフ。人間といえども、家族を殺してしまったエリフは火の精霊であることを嫌っていた。


しかし、シャーロットと出会って火の温かさに気づく。最期は、彼女を守るために火を使った。


シャーロットはたった1人の友達を殺されてしまい。人間の愚かさを知った。彼女は自然の意図を汲み、全てを自然に帰すことを決意。それは、彼女自身がユグドラシルとなって、自然に帰る方法だった。

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