表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

駄文集

唯一の救いを

作者: 川柳えむ
掲載日:2015/05/22

 ぽつり、ぽつりと、落とすように、彼女は呟いた。

「そう……だから、いらないの。私なんて…………」

 なにが辛くて、なにが悲しかったのか。

 それは、彼女にしかわからない。

 ただ、彼女は、もう抜け殻のような虚無感を覚え、表情からはなんの思考も読み取れなかった。

「息が……できないような……海の中に、いるような…………」

 ゆっくりと、言葉を作る。

「ふわりと、漂っている……思考が、自分でも、わからないの……」

 そう言って、目を伏した。

 その目の焦点は定まっておらず、どこを見ているのか……どこか、知らない遠い世界を見ているようだ。


 そう。そういえば、たしか……誰かに、必要とされたかっただけなのかもしれない。

 だって、彼女は「必要」じゃなかったから。

 いろいろ試行錯誤していくうちに気づいたのだ。

 ――あぁ、そうだ。もしかしたら、いなくなれば、初めて、誰かに気にかけてもらえるのかもしれない。

 そう思った。

 だから、彼女は、そんな真似をしたのだろう。

 ただ、誰かに、必要とされたくて――……。

 しかしながら、その選択は、なんとも切なく、愚かで、悲しいものだった。

 間違った答えを出した彼女は、OD――オーバードース、大量の薬剤を一気に飲んだのだ。

 一瞬、遠くへ飛んでいけそうな感覚に陥る。

 ――ねぇ? あの壁の向こうにある空には、飛べるんでしょ?

 うん。今からなら、きっと、飛んでいける。

 じゃあ行こうよ。飛ぶよ。きっと飛べるよ

 そう……失敗しなければいいよね――

 おかしな間隔に突き動かされ、千鳥足でベランダに出た。

 外はもう深夜。街頭がぽつぽつとわずかにあるだけで、ほとんど真っ暗だ。

 ここから、飛び降りれば……。

 ――飛べるか。死ぬか。

 もちろん、人間、飛べるわけなどないのだが、薬剤大量投与のせいで、感覚がおかしくなっていた。

 ――きっと飛べるよ! 万が一にでも、飛べなかったら……それはそれでいーし。

 誰もそこには止める人などおらず、彼女は、心のままに……。

 ……その向こう側へ身を投げ出した。


 それでいて、なにか得るものはあったのだろうか?

 結局、彼女は、それでも誰にも気づかれず――ようやく気づかれた翌朝に、通りがかりの人が救急車を呼んだ――これで、誰かに気にでもかけてもらえたと言うのだろうか?

 薄れていく景色の中で……彼女は、苦しそうに呟いた。

「ホラ……結局、誰にも必要と、されなくて……でも、それは、なお……死んでからも、同じみたいね…………」

 そして彼女が目覚めた瞬間には、どこからも隔離された部屋にいたのだ。

 精神病棟にでもぶち込まれたのだろうか。

 そこにいた人に、一つ一つ事情を説明していく。――ただし、ちゃんとした文章になっているかは定かではないが。

 たしかに、あの日から、なにかが壊れた。すべてに、もうすでに執着はなく。

 彼女が感じたのは、現実、生きていたとしても、「私の心は死んだ」それだった。

 ――ナゼ。他人はこんなにも私を生かそうとするのだろうか。

 ……自分が正義でも気取っていたいのだろうか? まぁ、いい――

 もう、彼女には生きる意志はない。だからといって、死のうということも、もうしない。したって無駄なだけだから。

 どうでもよかった、すべてが。

 ただ来るべきその日まで、無意味に生かされているようだった。

「だめです……」

「……誰か、身近に本気で支えになってあげられる人でもいれば……」

 隣で、白衣を着た男女がなにか小さく会話をしている。

 鬱陶しく煩わしい、けど、そうでもない。どうでもいい。

 ――『支え』? いるわけないじゃないか。こんな世界のどこに見つけられるのか、ぜひ教えてほしい。

 だいたい、そのすべてが夢、幻、ただの人間が抱いた妄想でしかないのに。

 ――私の支えになってくれる人、私が支えていく人。そんなものは存在しない。これからもずっと。

 彼女は心からそう思っていた。

 ――もし、なにかあるとしたなら、それは、私の中までなど触れられない、器に興味を持った者だけだろう。

 だから――……

「死なないです、から……しばらく独りきりに……放っておいてください…………」

 男女は振り返ると、少し困ったような顔を見合わせ、なにかを言って出て行った。


 本当は。

 もうなにもかも嫌で。

 生きているのも、誰かといるのも、死んだ先でなにが起きるのか考えるのも。

 すべてを放棄していた。

 突破口など、当然、探す気もなく。

 ただ、時間が過ぎて、日は昇り、落ちた。それを何度か繰り返した。


 白い壁に囲まれた部屋には、ときおり、白衣を着た人が中に入ってきて、そして、少し話をして、食事と薬を貰って、わずかに寝て、起きて。


 それをどれくらい、繰り返していたのだろう。

 そして、そのまま、死んでいくのだろうか。

 それでもいい。関係ない。なにがあろうとも、構わない。


 毎日そんなことを考えながら、過ぎていった日々が……。

 いつか、変えられるなんて、そんなこと、このときはまだ、どんなに思考を巡らせても――巡らそうとも思いはしなかったが――想像もできなかったのだから。


 今はまだ、遠くで誰かが祈ることしかできない。

 彼女に、たった一つでいい。生きる希望になるものを。

 しかし、それはきっと、いつしか来るであろう。時は動いて、世界は回って、この世は変わっていくのだから。

 いつしか、彼女のもとへ舞い降りる。


 ――唯一の救いを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ