私と彼女の完全犯罪計画
プロローグしかありません
私、行田舞にはここ最近悩みがあった。
誰にも相談できそうにない、とんでもない悩みである。
その元凶はというと、今現在私のベッドに優雅に腰掛けていらっしゃる。彼女は尊大な顔付きで腕を組み、何とも應庸な様子で口を開いた。
「貴女に拒否権などないの。お分かりかしら?」
どことなく威厳を感じさせる静かな声だ。頼み事をしているとは思えない態度である。私はニッコリと笑って無理です、と言った。
彼女、伊集院志摩子は伊集院財閥の一人娘にあたるお方だ。同じ学校に通っていると言えど零細企業の三女たる私とは、数日前まではまず関わることもないような遠い存在だった。が、何の因果かこうやって部屋の中で顔を引っ付き合わせるような事態に陥っている。
理由はただ一つ、私が幽霊を見えるからである。私は幼い頃から所謂゛見える゛人間だった。幽霊って奴は大体見える存在に寄ってくるもので、小さい頃はずっとそういった存在に怯える日々だった。しかも周りは誰も見える人はいなかったから理解者は誰一人いなかった。両親は共にのんびりした人達だったから子供特有の戯れ言としか受け取られなかったし、二人の姉達には嘘つきとからかわれていた。
だが年を重ねることで私は段々と見えていないふりが出来るようになっていき、今では突然驚かされでもしない限りは動揺もしなくなった。
しかし、だ。私はつい最近ドジを踏んでしまった。いや、正確にはドジを踏んだわけではない。私の見えないふりの演技は完璧だった。出会してしまったことこそが最大のミスだったのだ。
その結果が目の前に座っている彼女である。
彼女は私と出会って直ぐに幽霊が見えていることに気付いた。それから私は彼女に付きまとわれている。
付く、というか憑く、だが。
「それで、ことの経緯は理解なさって?」
「はあ、まあしましたけれども」
「では私が今どんな気持ちで、そして何を望んでいるかも分かるわね?」
「予想はできますけれども」
「なら、」
「無理です」
「なぜ」
「嫌です」
そういうと彼女は、ほうと一つ溜め息をついた。全く、それですら優雅に見えるから不思議なものである。それから彼女は私を見下したような顔を向けた。とても腑に落ちない。
「貴女、この事態が分かってらして?」
「はい。でもそれとこれとは話が別です」
「貴女に拒否権など無いわ」
「拒否権も何も私が従わなければ無意味でしょう」
段々と彼女が苛立っているのが分かるが、こちらとて引けない状況である。彼女はきっと私を睨み付けて、先程より低い声で脅しにかかる。
「そのようなことを言うなら取り憑きますわ」
「もう既にしてるでしょうに」
「呪ってやるわ」
「ものを触れないのに何を。というかそれができるなら私に頼まずとも良いでしょう」
この堂々巡りな言い合いはここ数日間ずっと続いている。事情を知って彼女の気持ちも分からなくはないが、如何せん頼みが大事過ぎるのだ。殺人、だなんて。流石に私も犯罪の片棒を担ぎたくはない。
彼女は数日前に死んだ。
死因は自殺。ついこの前彼女は幼い頃より決められた婚約者に婚約破棄をされた。彼女はその婚約者に恋心を抱いており、婚約破棄をされたショックで屋上から飛び降り自殺を図った。
というのが警察の調べである。
だが彼女が言うにはこれは自殺ではなく他殺。彼女はどうやら殺されたらしい。犯人は彼女の元婚約者の恋人である矢澤花梨。
因みに彼女は婚約者には何の感情も抱いてないらしい。勝手に親が決めた婚約で、未練は何も無かったそうだ。
それで、彼女の頼み事とはその犯人たる矢澤花梨のことである。当然のことだが、彼女は矢澤をとても恨んでいた。彼女の頼み事とは。矢澤花梨の殺人である。それも簡単には死なせず、ぎったぎたのめっためたにしての殺人である。本当は彼女自身がやりたいようだが、何しろ幽霊の身。何も触れられないらしいので私に頼んでいる次第だ。だがそんなことしたら私の人生が終わる。それにその前にそんなことはしたくない。私はスプラッタは苦手なのだ。
というわけでお断りしているのだが、彼女も流石に諦めきれないようだ。まあそうだよね、化けて出てくるくらいだし。余程の未練がなくては現世にこうやって幽霊として留まれないのだ。だが、それとこれとは話が別。諦めたまえ。
「計画はこの私が考えますわ。無論、貴女に罪がかからないように致します」
「そもそも罪になることしたくないですし」
「罪にはならないわ。そうなるよう尽力しますから」
「いや、普通に無理ですって」
「まあ、何て薄情なのかしら」
「誰だって断りますって」
夜も更けてきた。時計を見ると0時を回っている。私は面倒になってベッドにぼふりと倒れこむ。
まあ、はしたないわ!と言う彼女を無視して就寝。ここ数日のお決まりになっていた。
翌日も彼女は朝から熱心に勧誘をしてくる。
その真剣な瞳は不思議な威圧感があるがそれにころっとやられて頷きでもしたら大変である。はいはい無理無理と適当に交わしながら着替えをする。着替えをする時になると彼女は気を使ってか私に背を向ける。その間も口は止まることはないが。
別に、女同士なのになあ。妙な所で気遣いを見せてくる方だ。それよりも出来れば誘うのをやめる気遣いが欲しいものである。
着替えも終わり部屋から出ると彼女は私の隣に並んで歩く。その間も彼女は煩い。やれリボンが曲がってるだのスカートの端が折れているだのから始まり、果ては私の寝相の悪さについて語り出す。喧しいが、部屋を出れば誰に出会すか分からないので彼女に昨夜のように返答を返すことはしない。返事などしているところを見られたら直ぐにでも精神科に連れてかれてしまうからだ。端から見ると私一人で話しているように見えるからね。
いつものように朝食を終え、学校へと向かう。
我が家は財政状況が余り良くないため徒歩+電車通学である。
庶民って大変なのね。と感心したように横でそう言う彼女に心の中で私、一応社長令嬢なんですけど、と呟く。まあ零細なのでそんな感じではないけれど。意外も意外、彼女は何だかんだ文句を言いながらも私と一緒に徒歩と電車で学校に通っている。徒歩の部分は家から駅まで十五分、駅から学校まで二十分とそれぞれそれなりに距離がある。五分も経たない内に疲れたわとでも言いそうだと思っていたが実際は、こう見えて登山だってしたこともありますのよ、という言葉だった。お蔭でかなりの時間を彼女と共にしている。学校では彼女はふらふらと何処かに行くことも多いけれど、ちょくちょく私の所に戻ってくる。そして矢澤花梨の情報を話しつつ勧誘してみたり、ノートを覗き込んでダメ出しを言いつつ勉強を教えてきたりするのだった。
正直以前は彼女がこんな人だとは思わなかった。もっと優雅で気品があって落ち着いているイメージだった。確かに彼女には端々から品の良さを感じるけれど、何と言うか、忙しない。それに案外ストレートにものを言う。
万年ボッチ野郎だった私の生活はこの数日間で随分と変わってしまっていた。人が一人増えただけで随分と賑やかになるものだ。
小さい頃、まだ幽霊が見えることを上手く周りに隠せなかった私はそれが原因でいじめを受けた。いじめは陰口や無視くらいの軽いものだったけれど幼かった私には結構堪えた。家族もついぞ私の話す幽霊の話を信じてはくれはしなかった。私は軽い人間不振に陥り、それは今の今まで尾を引いている。
現在はクラスで一人はいるような読書が趣味な大人しい女の子を装っている。実際に本を読むのは嫌いではないし、人と関わるより余程楽だと思っていた。それ故人を自然自分から遠ざけていた。けれど、だからこそあれ程避けていた人との付き合いを半ば強制的とはいえするようになって数日、それ程自分が嫌悪感を抱いていないことに驚いていた。
彼女に情が芽生えたのだろうか。
だから私は今、こんな気の迷いみたいなことを思っているのかもしれない。
そう思ったきっかけは学校、たまたま彼女がいない時だった。
その時私は図書室に本を返すために階段を上っていた。図書室に続く階段は校舎の端に位置し、人通りは少なく、静かなものである。だからこそその声は余計以上に響いて聞こえた。
「これでやーっと全員手に入った。はあ、長かったー」
声のする方を見てみると階段の陰で電話をしているようだった。電話をしているのはあの矢澤花梨。彼女は矢澤にも憑いていない。一体何処に行っているのだろうか?
ちょうどこの位置からだとあっちからこっちまで死角になっていて見えないのか矢澤は私に気付くことなく会話を続けている。
「ほんとほんと。あの女最後まで邪魔だったわ。シナリオ通りに苛めてこないしどうしようかと思ったよ!お蔭で信康の攻略ほんと大変だったー。あのイベント通らないと逆ハーエンドにならないっていうのに!」
何の話をしているのかよく分からない。
そもそもギャクハーの言葉の意味が分からないし、シナリオって何?矢澤って演劇部にでも所属してただろうか?
「まあね。でも最後のあの顔、今思い出しても笑える。超無様だった~!婚約者取られて悪者にされてさあ。今学校でなんて言われてるか知ってる?信康に見限られた顔だけの最低女、だって!あははっ!」
そこまで聞いて、私の思考は一瞬、止まった。
信康、と呼ばれる人で一番に思い浮かぶのは有島信康、この学校の現生徒会会長だ。家柄、顔立ち、成績と何処を取っても素晴らしく、大層な自信家だがそれすらも一種のカリスマ性のように見えるこの学校屈指の有名人物だ。
その、婚約者。彼女、伊集院志摩子こそが有島生徒会会長の元婚約者だ。だが今や彼女は死んだ後すら悪い噂が飛び交っている始末。
矢澤は、もしかして彼女のことについて話している…?
だとしたら、本当にもしそうだとしたら、とんでもないことだ。
矢澤の言っていることはいまいちよく分からないけれど、彼女に何の罪悪感も抱いていないことが分かる。寧ろ彼女が死んだことを楽しんでいる。
意味が分からない。人が一人死んでるっていうのにどうしてそんなことが言えるのだろう。
図書室に行く気もすっかり失せてしまって教室に戻ると私より一足先に戻ってきていた彼女が何処に行っていたのかだとか次の授業の準備が授業の五分前なのにされていないだとか言ってくる。それが馬鹿みたいに普通で、私は急に悲しくなって泣いてしまった。
クラスの人達は突然ボロボロと泣き出した私に驚いた顔をしてこっちを見ていたし、彼女に至ってはいつものあの尊大な顔を崩しておろおろとしている。
何しろ私しか見えないし、本当のことだって分からないのだ。
私は彼女が生きていた頃のことなんて全然知らないけれど数日間彼女と関わって彼女が今ある噂のような悪い人じゃないと思っている。
それに復讐のためとはいえ私と積極的に関わろうとする人なんていなかった。彼女だけだ。
だから。
代わりに私が彼女の復讐、してあげる。
そうすることに、決めたのだ。
打算関係のためだけにお嬢様が自分の側にいると思っているボッチ主人公と、実は生前友達いなかった、主人公に親愛感じてるお嬢様が互いに擦れ違いつつ友情深めていく話が書きたかった
【1/21、追記】
矢澤花梨の会話の台詞を少しだけ修正しました。