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狼将軍と花

花と運命について

作者: aaa_rabit

シリーズもの第3弾。花のお嬢さんsideのお話。

 テュールローザ伯爵家は薔薇の花人を祖とする家系だ。外見は人と変わらないが、総じて見目麗しいことと、体臭が花のような芳香を発することから嘗ては権力者達によって手折られ、交配と称して色々なものと番わされたり、搾られた体液を香水として使用された過去もある。非人道的な研究によって命を落とした者も少なくない。非力で奪われるだけの彼等を救ったのが、イルペルス王国の初代国王だった。経緯こそ違えど虐げられた者達で作られた国は、数千年の時を経ても変わることはない安住の地である。


 一括りに花人とされていても、植物と同じく血統は何万種にも及ぶ。その中でも特に香り高いとされ、花人の代表とされるのが蘭、薔薇、百合の一族だ。必然花人の中で最も被害の大きかった3氏族だが、奇しくも人の手で管理されていたことで一族丸ごと救い出され、建国当初からその3氏族が大きな勢力を誇っており、花人の代表として爵位を受けることが出来た。様々な者と混ざることで独自の香りを発展させてきた彼等に血統の概念はあまり無く、アリアンジュの家族は花人である父の特徴を継いだ子供と、ネコ科の獣人である母の特徴を継いだ子供といる。一応、テュールローザ家は花人の一族なので、父方の血を濃く引く1番上の兄かアリアンジュが次代を担うことになるのだろう。


 花人は生涯、自分の花を大切に育てる風習を持っている。彼等にとって同じ名を持つ“自分の花”は自分の分身であり、親の花を株分けしてもらって自分と同じ香りと色を持つ花を、試行錯誤を重ねながら生涯をかけて完成させていくのだ。そのせいか花人の栽培技術は群を抜いており、薬草や毒の精製栽培に長けていることから、薬師を生業とする者が多い。テュールローザ家では代々薔薇を利用した商品を取り扱っており、王家に石鹸や香水を献上している。その他にも庭師の斡旋や派遣なんてこともしている。薔薇が長く人に愛されているからこその商売だ。


 彼等にとっての一人前は株分けしてもらった相手に、自分の花と認められ名付けを許されることだ。香りに敏感な彼等は個々の違いを明確に判断する。株分けした花に自分の香りがしていればそれはまだ未熟な証なのだ。自分だけの香りを生み出して漸く一人前の花人として認められる。


 アリアンジュが自分の花に名前を付けたのは14の誕生日を目前に控えた時だった。法律では13で成人とされているが、仮にも伯爵家の末娘が対外的な御披露目もなく、社交界へ姿を表すことも無かったのはこの為だ。父親として本音を言えば、実のところ13を迎える頃でも充分一人前として認めても良かったのだが、あまり早く独り立ちさせるのは寂しいといった事情もある。どの子供達も平等に可愛いが、どうしても子供の継いだ能力によって教育方針は変わってくるので必然色濃い片親と接することが多い。妻とは2男3女を設けたが、彼に似たのは長男と末娘だけだった。男親というのは総じて娘に弱い生き物である。


 御多分に洩れず彼は教え子である末娘を溺愛しており、このままではなんだかんだと理由を付けて当分認めないだろうと悟った長男が母に真実を告白、妻に説得されて泣く泣く一人前と認め、14歳の誕生会を大々的にすることとなったのだ。しかし、彼はこの時点で娘を手放すつもりは毛頭無かった。招待客は全て親族や既婚者、若しくはアリアンジュと同年代の娘達に限られていた。事実を知った長男や夫人は唖然としたが、彼の気持ちも分かるだけに強くは反対できず、末娘が本当の意味で独り立ちするのはまだ先になりそうだと苦笑するしかなかった。


 アリアンジュの情熱は、全て花々に注がれていた。2次成長期を迎えそろそろ異性を意識し始めても良い年頃だが、それよりも“自分の花”を完成させることに夢中だった。学院には通っていたが、空いた時間の殆どは庭に植えられた薔薇達の元か、専用の研究室に篭っている。将来は父の後を継いで家業を手伝っていくのを夢見ていた。


 14歳の誕生日当日。沢山のお客様の前に出るのだからと、朝早くから庭に出る間もなく身仕度の用意をさせられた。事前に御披露目も兼ねていることは教えられていたし、母や兄姉達の支度する光景を知ってはいたが、まさかこんなにも大変だとは思っていなかった。今まで半人前だった彼女は公の場に出ることは一度もなかったし、従姉妹達のような娘らしい憧れとも無縁だったのだ。


 時間が近づき、続々と客人達がやってくる。暫くは両親と共に挨拶をしていたのだが、途切れた隙を見てそっと会場を後にした。花人の成人は自分と自分の花の両方をお目見えする。だから御披露目前にもう一度自分の花の様子を確認したかったのだ。くれぐれも衣装を汚さないよう注意を受けた彼女は、慣れた足取りで花壇に向かい、先客の姿に足を止めた。


 綺麗な男の人だった。


 こちらに気付く様子もなく彼女の花に魅入られたように立ち尽くす姿に、なんだか誇らしいような擽ったいような不思議な感覚に囚われる。だってあの花は彼女なのだから。


 そう思った途端、羞恥心が湧き上がり逃げ出したい衝動にかられる。早まる鼓動に顔を赤らめつつ、息を吸い込んだ。


「その花がお気に召しましたか?」




 花人が自分の花を育てるのは自分を愛してくれる人を見つけるため。囚われていた嘗て、声にならない想いを託して花を育てた。私を見て、と願って。


こうして小さな花は美しい狼を魅了したのだ。

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