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童話

押し入れに眠るクマさん

作者: 純白米

 ある病院で 一人の女の子が生を授かりました。

それは それは 可愛い女の子で 誰もが大喜びでした。


その子のお父さんは、素敵な子に育ってね という願いを込めて

生まれたての彼女に クマのぬいぐるみをプレゼントしました。

生まれたての彼女よりも 一回り大きいぬいぐるみです。



 生まれたての彼女は ぬいぐるみの手を握りしめます。

強く 強く 小さな手で ずっと握りしめていました。


少し大きくなった彼女は ぬいぐるみをよく噛むようになりました。

止めても 止めても どうしても 噛むことをやめません。


立って歩けるようになった彼女は ぬいぐるみを抱きしめるようになりました。

強く 強く 無くさないようにと 抱きしめるようになりました。


喋れるようになった彼女は ぬいぐるみをクマさんと呼ぶようになりました。

何度も 何度も 楽しそうに クマさんと呼ぶようになりました。


クマさんと遊ぶとき彼女は しっぽをつかんで持ち運びます。

ぶらん ぶらんと しっぽをつかんで どこにでも持って行きます。


そうして遊んでいくうちに彼女は クマさんを椅子に座らせるようになりました。

いい子だね いい子だね そう言いながら 大事そうに椅子に座らせるようになりました。


お出かけをするとき彼女は クマさんを一緒に連れて歩くようになりました。

いつでも どこでも ずっとずっと クマさんと一緒です。


気付けば彼女はどんなことでも クマさんにお話するようになっていました。

楽しいことも 辛いことも 全部全部 クマさんにお話しします。


「今日ね、学校でお友達が 私の誕生日をお祝いしてくれたんだ!すっごく嬉しかったよ!」

「仲良しの友達と喧嘩しちゃった。ねえ、クマさん。どうやって謝ったらいいのかなぁ?」

「テストで100点とったんだよ!どう?私、すごいでしょう?」

「欲しいものがあるんだけど、ママが買ったらダメだって。大人は何でも買うクセに。

 早く大人になりたいよ。」



 彼女とぬいぐるみのクマさんは とっても仲良しだったけど

彼女もいつしか大人になり クマさんは押し入れの奥に しまわれてしまいました。

次第に彼女はクマさんのことを忘れていき クマさんは暗い押し入れで眠ったまま……。




 月日が流れ、すっかり大人の女性になった彼女は 看護師さんになっていました。

ずっとやりたかったお仕事です。毎日楽しくお仕事をします。

けれども、楽しいだけがお仕事ではなく 辛いこともたくさんあります。


彼女はお仕事で失敗をたくさんして 自分が看護師さんに向いていないのではと思うようになりました。

来る日も 来る日も お家で一人 泣くようになりました。


そんなときです。

押し入れの奥から、ずいぶん汚れたぬいぐるみを見つけました。

子どもの頃、大事にしていたクマさんです。


「ああ……。クマさん。懐かしいな。あの頃は楽しかったね。

 今はね、お仕事でたくさん失敗しちゃって 辛いことばっかりなんだ。

 クマさんと一緒に遊んでいた、子どもの頃に戻りたいよ。」


クマさんにそう話しながら彼女は涙を流しました。

彼女の涙がぬいぐるみの体に ポツリと一粒落ちました。


すると、驚くことに ぬいぐるみが動き出しました。


「やあ、久しぶり。ひどく落ち込んでいるみたいだね。」


彼女は驚きました。ぬいぐるみが自分に話しかけてきたのです。


「君は今、子どもの頃に戻りたいとボクに言ったね。

 でも、君が子どもの頃にボクになんて言ったか覚えているかい?」


彼女は覚えていないと答えました。


「君は、早く大人になりたい と言ったはずだよ。

 子どものときは 大人になりたいと言う。

 大人になったら 子どもに戻りたいと言う。

 いつになったら 今の自分を楽しむの?


 大丈夫、今は失敗ばかりでも 君は立派な看護師さんにきっとなれるよ。

 ボクは君が何故 看護師さんを目指そうと思ったのかを知っているし

 君が看護師さんに必要な 優しい心を持っていることも知っているから。」


その言葉で 彼女があることを思い出します。


「それって、もしかして……――」



 ――それは、まだ彼女がお出かけするときに クマさんを一緒に連れて歩いていたときの出来事です。


 彼女がクマさんを持って電車に乗ったとき、クマさんをどこかに引っかけて破いてしまったことがあります。

クマさんの腕からは 綿がはみ出てしまっています。彼女は泣いてしまいました。

お母さんがお家に帰ったら直してあげるねと言っても聞きません。

お母さんは困ってしまいました。


そんなとき、知らない女性が寄ってきて 泣いている彼女に話しかけます。


「そんなに泣いて、どうしたの?」

「クマさんがね、怪我しちゃったの。」

「どれ、少し貸してごらん。私は、看護師さんだから。」


女性は、持っていた鞄から包帯を取り出して、それをクマさんに巻き始めました。


「はい、これで大丈夫だよ。だからもう、泣かなくていいよ。」

「うん!ありがとう!!」



楽しそうな未来も 懐かしい過去も

全部全部 今の自分と繋がっている。


今の自分を大切にすることは 未来も過去も大切にするということ。

過去と未来を大切にするには 今を大切にしないといけない。


「クマさん、ありがとう。私、頑張るね。」


彼女はそう言うと クマさんを抱きしめました。

小さい頃より もっと強く。

強く 強く 抱きしめました。


「ああ、また ボクを抱きしめてくれた。

 しかも こんなにも力強く

 うれしい、うれしいなぁ……。」


彼女はクマさんを抱いたまま すっかり眠ってしまいました。

目が覚めると、クマさんはただのぬいぐるみに戻っていました。


「夢 だったのかな……。」


でも、彼女はクマさんを見て こう思いました。


「……あ、やっぱり夢じゃない。」


彼女はクマさんを押し入れには戻さずに

自分のベッドの枕元に 大事そうに座らせました。

枕元に座るクマさんの目は ほんの少し 濡れていました。


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