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091. スミカの床

有翼人種のトートセンクは、再び床に現れたセフィリアオンデスの元に舞い降り立ち、左腕を掴んだ。


セフィリアオンデスは意識をほぼ失っていた。


左腕を掴んだまま持ち上げる。セフィリアオンデスはぐったりとしている。全身に、冷たいヴェールがまとわりついていた。



さすがに、「ゲスト」にここで力尽きてもらうのは後味が悪い。

青い宝石を手に入れる条件が、この異世界の住人をゲストとして自分のスミカに招き、茶を振舞う、というものだった。

スミカには招いたが、まだ「茶を振舞う」という契約を果たしていない。

果たさないまま事切れてもらっては、自分の手にある青い宝石も、手に入れたというのには中途半端な状態になる。そんな事は許しがたい。



トートセンクは、セフィリアオンデスの左腕を掴んだそのままで、宙にふわりと舞い上がった。



このスミカのこの床には、仕掛けが設けられていた。

この場所に降り立ったものの状態を測定し、必要があれば、床を開く。


床の下について、先達は「浄化装置」と呼んでいた。

床が開けば、先達はふわりとそこに降りていき、しばらくしてまた浮かんで戻ってきた。


ある人はトートセンクにこう教えて聞かせた。

「あの床の下には、清らかな水がたたえられています。

 外から持ち込んだ疲れや穢れを、私たちはそこで落とし、癒すのです。

 ですから、トートセンク。今度、床が開いたときがあれば見てごらんなさい。

 下に降りる前と、昇ってきた後では、私たちの体が持つ『響き』が異なっているのが分かるでしょう。

 昇ってきた後、私たちの体が、繊細で、高い、美しい響きを持っていると知るでしょう」


トートセンク自身は、その浄化装置を使用したことは無い。

通常は、この仕掛けは作動しない。

有翼人種は気高く強い。余程の事がないと、自分の『響き』を狂わせない。


だが、先達は、次第に皆がこの浄化装置を使って帰ってくるようになった。

そして、開かれた床の下からまた昇ってきた後、トートセンクを見て、安心させる笑顔で言うのだ。

「あぁ、さっぱりした。もう元気になったぞ」



一方で、非常に有能な事に、この床とその下の「水」は、有翼人種以外のモノへのトラップの役割も果たしていた。


有翼人種以外のモノが、スミカに強硬に侵入した事が幾度とあった。

通常は外壁が阻むが、こちらの力量を上回る力を持って突き破られる事が幾度も起こった。


だが、この床がそれらを下に落とした。

有翼人種の『響き』でないとして、床が開いたのだ。


全てのモノの足元が消え、全てのモノが下に落ちた。

決して一度も床の上に戻らなかった。


つまり、有翼人種とそのモノたちは、決して相容れる事ができないぐらい、『響き』が異なっていたのだ。



そんな機能があることを、トートセンクは忘れていた。

「茶」にあたるものを用意するべく、別室にいたトートセンクは、セフィリアオンデスの気配がスミカから消えては現れるのを感知した。一体何をしているのかと疑わしく思った。

そうしてこの場所に来てみれば、セフィリアオンデスは「床からの落下と浮上」を繰り返していた。


有翼人種は世界のどこにだれがいるのかを把握することができるが、この床の下は把握できない。なるほど、気配が消えたり現れたりするわけだ。


何度も何度も、床が開いては現れて、トートセンクは知らず微笑んでいた。


トートセンクは知る由もない。

翼を持って優雅に床の下に降り、翼を使って己のペースで床の上に戻ってこられる有翼人種とは違い、床から強制的に落下させられ、また戻され、また落下・・・その繰り返しがどれほど翼を持たない者にとって酷な状態であるか。

トートセンクは、気付く由もない。



だから、ただ、嬉しかった。


スミカが、今なお、きちんと機能していたということが。


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