087. 司書 マーゼ
マーゼはミト師よりも老人で、だが静かに健康で、昔からずっとこの館の司書をしている。
図書室の出入り口にあるカウンターの中に座って、ときどき、レース編みをしていたりする。
細い金色の丸メガネをかけた上品な老婦人だ。
(見つかった!)
アルパッサは焦った。
マーゼは悲しげに、アルパッサを、その丸メガネの奥から小さな細い眼で見詰めていた。
明らかに動揺を隠せないアルパッサに、マーゼは静かにゆっくりと人差し指を口にあてた。(静かに)
緊張で体が震えそうになるアルパッサの横で、マーゼはゆっくりと図書室を眺めた。
図書室には数人利用者が居たが、皆、明るい、出入り口に近い方の席に座っていた。
マーゼは、アルパッサにそっと顔を近づけた。
「昨日、プラム様の声を聞いたの。すごい声だったわ・・・」
マーゼはそれから、アルパッサが身を乗り出して読んでいた本に目を落とし、それからアルパッサを静かにゆっくり見た。
「ミト師も声を聞かれたのね・・・。
あなたは祭壇の事を?」
見つかったショックで、アルパッサは思わず首を横に振っていた。
マーゼは静かに肩をすくめて見せ、静かに息を溜息のように吐いた。
マーゼはゆっくりと、まだ開かれたままの日記の文字をなぞった。
そこは塗りつぶされている部分だった。
「・・・・」
マーゼはしばらくそのまま黙っていたが、静かに口を開いた。
小さな涙声だった。
「プラム様を助けてあげてください。私もミト師のお力になりたいわ・・・。
ずっと長くご病気でね・・・
この町は観光客が多いでしょ。
町の人たちにも、来る人たちにも、病を広めてはいけないでしょ。
お屋敷にも高貴な方がお泊りになられるから。
プラム様は、風車の塔に、たったお一人うつされたの。
それでも、先代のご領主は治ると信じておられたわ。努めて信じておられたわ。
でも、ソラ様は・・・・」
マーゼはポケットからレースで縁取った上品なハンカチを取り出して、メガネの下、浮かぶ涙をそっと抑えた。
「祭壇ってね、司祭じゃない人が使うと、この世から消えてしまうのよね。」
アルパッサは驚いた。
極秘のはずなのに。マーゼは司祭でも、その見習いでもないのに! どうしてそんな事を知っているのか。
「ソラ様が領主を引き継がれてね、でも、兄のプラム様もおられるでしょう?
パンデフラデは、兄が領主を継いできた町だもの。ご不安だったのかしら・・・。
ダート司祭の時に、ソラ様が来られて祭壇を持って帰られた、と知ったとき、この館の皆はこっそり囁いたの。
ソラ様は、プラム様を、この世から消してしまうおつもりだ、って。
もう消えたと思って確認に行ったら、プラム様がまだおられて、その時とてもソラ様は怒ったって。
いなくなるはずなのに、なんでだって。」
そんなまさか、と、アルパッサは思った。
驚いて、マーゼの様子と、小さく語られる内容に目を見開いていた。
あの、ソラ様が?
「ミト師に、わたくしにできることなら、何でもと、こっそりお伝えしてもらえるかしら・・・・?」
アルパッサは、驚きのあまり、口をあけっぱなしで、小さく首を横にふるふると振り、それから縦に振り、どうしてよいのか分からずまた横に振った。
マーゼも、ミト師も。
老いた方々は決して只者ではない、と、どこかで感じた。




