083. パンデフラデの祭壇
結局、ソラ様が、老司祭の願いを断る事は出来なかった。
そう、断る事の出来ない願いだった。
なぜなら、決して、領主が司祭の権力や持ち物を取り上げてはならなかった。
また逆に、司祭も、領主の仕事や象徴となるものを得てはいけなかった。
皇帝の代理人である領主と、教皇の代理人である司祭は、お互いの立場や権利を尊重する必要がある。
老司祭が、「司祭の持ち物の返還」を求めたなら、それは速やかに返されなければならない。
ソラ様は、実に苦苦しげに、古いさびた鍵を人に持ってこさせた。
「・・・これで開く。
だが、ミト師よ。
命を粗末にしてはならん、これはミト師が皆に言うべきセリフだがな、今、そっくりそのまま言わせてもらうぞ。
命を粗末にしてはならん。
ミト師を頼り慕うものがどれだけ多いか、パンデフラデ以外の者からも愛されておるか、自覚せよ。」
病がうつる危険性を、暗に示した。
それは、ソラ様の心からの言葉だと、アルパッサには思えた。
師匠と弟子とで、頭を下げた。
これで退出かと思ったが、驚いた。
頭をあげた師匠は、退出どころか、驚くべき事を言ったのだ。
内容に心底驚きながら、アルパッサは、やはり、表では、うんうん、と頷いて見せていた。
我ながら、「優秀」な弟子になったものだ。
***
「祭壇って、何ですか?」
帰り道、ようやく人気が無くなったのを見て、アルパッサは尋ねたくて仕方が無かった質問をやっと口にできた。
師匠であるミト師は、珍しく用心深く、「ふむ」と言ったまま、数歩そのまま歩いた。
その上で、周囲を見回した。ここはあの「塔」の近くで、寄るものは滅多にない。
誰にも聞かれる心配はなかった。
「祭壇というのは、司祭の道具の中で、もっとも重要なモノじゃ」
それにしては聞いたことが今まで無かった。
アルパッサの怪訝な表情に、ミト師は続けて話した。
「司祭は、祭壇を必ず持っておる。司祭の座を譲られる時は、祭壇が譲られるのじゃ。
が、ワシは、譲られておらん」
「えっ!! どういうことですか? 師匠、まだ司祭じゃなかった・・・」
「違うわ! それに、声が大きい!」
師匠もだ。
二人して慌てて息を飲んで、口に手を当てる。老司祭の方は、両手で口を覆った。
目できょろきょろ周囲を見回すが、やはり誰も居ない。安堵した。
「先に言っとくが、『祭壇』については、民には極秘じゃ。極秘って分かるかの、話したり見せたりしたらいかんってことじゃ」
「『極秘』の意味ぐらい知ってますよ」
「そうか。とにかく、人に聞かれたらマズイからの」
「だから秘密だったんですか? 今まで、私にも?」
ふぉふぉふぉふぉふぉ・・・
なんだかいつもより違うアヤシイ響きで老司祭は笑い声をもらした。
笑っているわけでなく、ただ「ふぉふぉふぉふぉふぉ」と発音しただけだった。
「アルパッサ。
使ったことがないからの、『祭壇』のことなど、さっぱり忘れておったのじゃ。
アルパッサよ。今な、『祭壇』は、プラム様のところにあるんじゃよ」
アルパッサは、非常に驚いた。
先刻の、ソラ様とミト師の会話から知った情報。それに照らし合わせて、ありえない内容に思えたからだった。




