082. ソラ様
再び領主の館へ向かう道すがら、ミト師はアルパッサにこう言った。
「いいか、アルパッサ。とりあえず、ワシの言う事に、うんうん、と頷いとくんじゃぞ」
あまりの指示にポカンと間の抜けた顔を師匠に向けかけたが、すでに往来に人が多い道に出ていたので、アルパッサは追求をやめて、ただコクリと頷いた。
師匠との付き合いは、1・2歳の時からだから、アルパッサが若干14・5であるといっても、13・4年は経っている。師匠の人となり、モノゴトの運び方を、アルパッサはよく知っていた。
* * *
突然の訪問だったにも関わらず、領主・ソラ様は、バタバタと慌しい気配の中、謁見の間で二人に会ってくれた。
ソラ様は、痩せた頬に顎鬚を黒々と生やしている。ギラっと光っているように見える黒い眼が印象的で、何か怖い。
だがその様はむしろ、『ただものではない、さすがは、花の都 パンデフラデの領主』と、アルパッサに思わせる。
そんな印象とは裏腹に、民に声をかけたり、笑顔を見せたりと、優しさを覗かせる領主だ。
ソラ様はやや疲れたような様子だった。
「すまんな、昨日まで、クメド領主のご一行がお泊りだったものでな。知っているとは思うが。
まぁ明るいし楽しいしで大変良かったが、皆 若い衆でノリについていけん。何見ても『キャー』、どこ見ても『すごーい』だ。ワシは疲れたわ。
そんなわけで今日は久しぶりに寝坊してやった。」
花の都と呼び名の高いパンデフラデは、大陸、稀に大陸の北西にあるローヌ島からも、観光客がほぼ年中訪れる。
皇帝その人が周遊に来ることもあるし、教皇その人すらも訪れた事がある。東からも、騎馬に乗って団体がやってくる事もある。
町には宿屋が複数あるから、通常の観光客はそれらを利用するが、領主関係者、司祭関係者、皇帝、教皇はパンデフラデ領主の館に泊まっていただく。
そのため、パンデフラデの領主は、日々貴賓のおもてなしに忙しい。
フォッフォフォ、と、ミト師が笑った。
「ご子息とご息女に案内を任せればよいでしょうに」
ふん、と、ソラ様が鼻で笑った。
「このワシのな、ヒゲを、カッコイイと褒めてくれるのよ。ワシ自ら案内せずにいられようか」
ソラ様はニヤニヤして自らの顎鬚を撫でた。
思わず吹き出しかけたアルパッサに、ソラ様はイタズラっぽくウィンクして見せる。
まさか堂々と笑い出すわけにもいかず、アルパッサは思わず下を向いて笑わないよう口の端をかみ締めた。
「ん? どうした? 何か申してみよ」
ソラ様が、若い弟子をからかっている様子、なるほど、『若い衆』にも大変受けが良かっただろうの、と感心しつつ、そろそろ切り出し時だと、ミト師は用件を口にした。
「ソラ様、本日は、お願いに来ましたのじゃ」
ソラ様が瞬時に応えて、ミト師を見つめる。「おぅ、なんじゃ。こんな朝から。寝たきりだったはずだろう」
「先代の司祭が、ソラ様のお兄上のプラム様に、『祭壇』をお預けしたのを思い出しましてな。
もうワシも老い先短いし、ワシの生きてるうちに、引き取らせていただこうと思いましたのじゃ。
手元にないので、司祭の登録が、先代以来、放ったらかしになっておりますからの」
祭壇?
アルパッサには耳慣れない単語だった。
だが、ただ、「うん、うん」と頷いている自分が居た。
なぜなら、後で必ず、師匠は自分の考えを自分に聞かせてくれるのだから。
だが、ソラ様が、そのギラリと光る両眼をガッと見開いて、老司祭とその弟子を瞬時に見据えた。
明らかに、不快の意だった。




