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081. 老司祭と弟子と塔の扉

パンデフラデの司祭、ミト師は、領主の館への道の途中に、例の塔の様子を、弟子のアルパッサと一緒に見る事にした。


それは、領主の城の敷地のギリギリ中、すぐ横に小川が流れる場所に立っている。

先々々代の領主が、東の機械技術に秀でた町から技術を提供してもらって建てた風車の塔だ。


だが、このパンデフラデは、残念ながら、穏やかな気候ゆえ、風車が活用されるほどの風が吹かない。

結局は使用されない倉庫のような塔となった。

せっかくの風車の羽も、老朽化で落下の危険があるので、次の領主の代に外されてしまって塔の部分のみが残る。


そして今は―・・・。


「アルパッサ」

老司祭は、その塔の扉の前に立ち止まった。

まるで透かして見えているかのように、見えないはずの奥を見つめた。


アルパッサは、気後れして、数歩、離れたところで老司祭と塔を見守るようにしている。


「アルパッサ。何を怖がる事がある。こっちに来なさい。大事な話がある」


「ミト師、でもそこはー・・・」


「大丈夫じゃ! お前だって、プラム様にパンとお水を差し上げてくれてるだろうが」


それは、このミト師が続けていたお役目を、自分たちが継いだからに他ならなかった。

ただミト師を慕っての行いなのであって、この塔の存在自体は忌むべきものと思っているのに。


だが叱咤されたこともあって、アルパッサは勇気を出し、老司祭の傍に近づいていった。


「アルパッサ」

老司祭は、ゆっくりと弟子に微笑んで、その右手をその塔の汚れ果てた、鉄で補強された木の扉に当てた。


アルパッサは慌てて老司祭の腕を引き戻そうとした。

「いけません! 病がうつります!」


老司祭は、抑えられた右手の代わりに、今度は左手も、その塔の扉に当てた。

「病。アルパッサよ。本当に、病はうつるんじゃろうか?」


「ミト師・・・」

アルパッサが顔を青ざめさせた。

呟くように、呻くように、事実を、老司祭に再確認してもらいたくて、口にする。

「悪魔の病です。悪魔に取り付かれます・・・」


「悪魔の病。

 だがアルパッサよ。

 ワシも、やっと、気がついた。しかもこの早朝に。やっと、じゃよ。

 もし 病であったとしても、それが悪魔であったとしても。ここにいるプラム様は、我らと同じ、人間なのじゃよ。

 我らと全く同じ、人間じゃよ。」


アルパッサがたじろいだ。「えぇ・・・」

不安に襲われる。この師匠は何を言い出すのだろうか・・・。


「ワシはな、昔の元気だった頃のプラム様を覚えておる。

 花よりもそれに止まる虫が大変お気に入りでな。幼いのに虫を採るのがお上手じゃった。

 毛虫も素手で掴もうとするので周りがよく慌てておった。

 よく笑い、よく泣く、素敵なお子じゃ。

 もしも悪魔が見入るなら、神も見入ったに違いないよ」


アルパッサは、師匠のしようとしている事が、少し分かった気がした。

だからこそ、慌てた。

「しかし・・・! 今はもう・・・!」


「アルパッサ。ワシは、プラム様をずっと見ない振りをして過ごしてしまった。

 40年もの長い間じゃ。信じられるか? 40年。

 ワシなら耐えられん。一人こんなところに閉じ込められて。誰も近づかんようになった。

 もっと早く・・・、ワシには勇気が無かった。

 こんな老いぼれて、死を意識して、やっと、この扉に踏み込む勇気が出るなぞ、ワシは情けない。

 人に道徳を、神の世界を説きながら、ずっと見ない振りをして過ごしてしまった。

 ワシは、見たいところしか見ない馬鹿な人間じゃよ・・・」


老司祭は、自由になる左手で、扉を撫でた。


「しかし・・・!」

アルパッサは泣きそうになった。どうしたら師匠を止められるだろうかとそればかりが頭を占めた。

師匠までもが悪魔の病気になってしまう。

いやそればかりか―。

その先は、考えてはならない事だ。だが考えてしまった。

町に、大陸に、この病が広がり・・・・皆がバタバタと・・・・。


アルパッサは首を振ってその考えを振り払った。


この目の前の塔。

この塔に、このパンデフラデ領主の、兄に当たる「パンデフラデ・トータロス・プラム」様が隔離されている。


幼いころから。恐ろしい病のため。始めは、治癒するまでの隔離。病が人にうつらないように。広まらないように。


病になったのはプラム様が幼い時であり、もう40年ほど経っていると聞く。

その間に、領主は今の「ソラ」様に代替わりした。病さえなければ、プラム様が領主になっていただろう。


病はずっと治らない。治らないが、亡くなってもいない。プラム様はずっとこの塔で生き続けている。悪魔の病。悪魔が取り付いたのだ。


「アルパッサ。不思議に思わんか?

 プラム様の他に、誰も、一人も、この病になった者がおらん。

 パンとお水を運んでいるワシらもこの通り元気じゃ。

 お前は知っておるかしらんが、プラム様の排泄物は、その川の傍、草地に出るんじゃが、それを毎日掃除するよう雇われた者たちも、病気がうつったという噂も聞かんことだから、元気に無事に違いない。

 そりゃ、直接、お話したりお体に触れたわけじゃない。

 だがな、病にかかられた直後、周りでお世話した医者やお世話の者だって、全く無事じゃ。

 その後、湖に身を清めにいったり、ワシらもお払いしたりも、確かにしたがの。

 だが、他に誰も無い。

 不思議で仕方ない。

 これは、うつる病ではないのじゃないのかの。のぅ、お前はどう思う」


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