008. 宣託と選択
ごく 稀に ふと 自分は誰なのだろう と 考えるような 気持ちがする
そういう考えは
あまりにも 自分の心の奥から湧き上がってくるので
誰かと そんな話をしてみたいと思うのだけれど
なぜだか そんな話には 独特の雰囲気があって
そういう気持ちの時に 口に出すことなど 滅多に無い
僕の周りで たくさんの人が
僕のためにと
パタパタ(特にメチルが)動き回っている
父が「いつ行くのだ」と 珍しく 不安そうな顔をする
僕はなんと答えれば良いのか 困る
僕は 旅にでないといけないのだろうか
「旅に出る」なんて
そんな意思 僕は今まで持ったことが無かったように思うのに。
「まだ すぐには出ません」
僕の 自分の心と 今の周りのバタバタとの温度差を埋めることができるような言葉を
僕はかろうじて答えにできた。
父はなんだか 少し ほっとしたようだった。
僕は 僕の旅立ちのためにバタバタ動き回り出した僕の周りから抜け出して
庭のフォエルゥを探しに戻った。
「フォエルゥー!!!」
ゴフゥッ!!
フォエルゥは庭の中から勢いよく現れた。
僕は、すっかり着替えた衣類を着た体で、フォエルゥを受け止めた。
フォエルゥは、僕が転ばないような力加減をよく知っている。
そんなフォエルゥを、僕はまたなでることができない。僕の木製の義手はきっちりと洗うために取り外された。
「ねぇ、フォエルゥ、塔の話で何を言われたか、キミにはちゃんと僕から言ってあげるね」
フォエルゥは僕の瞳をじっとみていた。
「僕は世界を救うんだって。だから、すぐに旅に出ないといけないんだって」
優しいフォエルゥは僕を見守るように見ていた。
「フォエルゥ、でも、そんなこと、一体誰が決めたんだろう?」
「石見の塔の老婆様の言う事は正しく本当の事ですよ」
僕とフォエルゥは横からの声に振り返った。居たのは、メチルのお母さんだった。
「アトさま、体のサイズを測らせてください。旅のために服を作りましょう」
言われたままに僕は採寸をしてもらう。
僕はメチルが、メチルの祖母がまだ一度も石見の塔に行っていないと言った話を思い出した。
確認すると、メチルのお母さん―マチルダは「そうですよ。だからきっとお婆ちゃんは長生きするんです。石見の塔に行く前に旅立つことはありませんからね。・・・・あ、早く運命を聞くと早死にするって言ってるんじゃないですよ」
「うん・・・」
僕は、そういえば、メチルの祖母の事を、石見の塔の老婆に聞くことも忘れていた、と思い出した。
でも、塔の中、そんな話をする余裕など、僕は与えてもらえなかった。とても腹立たしいほどに。
仕事のために館に戻っていったマチルダさんの姿が消えてから、僕はフォエルゥに言った。
「旅っていうより、むしろ、なんだか、家出をしたい気分だよ」
どこでも一緒にいるよ、と、フォエルゥは、言ってくれたように僕は思った。