071. 運搬室
ゆらいだ視界は一瞬で戻った。
だが、その場の様子は一転していた。
ここは―
それでもアトは一瞬で判断した。
ここは2Fの運搬室だ。
1Fの台所でできた食事を、2Fの食堂に届けるための器械のある部屋。食堂とは小さな廊下を挟んで隣にある。
1Fの運搬室でレバーを引くと、受け皿ごとこの部屋にまで持ち上げられる。2Fのこの部屋からも、レバーを引くことで、受け皿を1Fに降ろせる。受け皿には、食事や、食器をのせる。
レバーを引くには案外力がいり、腕先の無いアト自身が使うことはまず無いが、面白さを感じて好きな部屋だった。
アトがもっと幼い頃には、マチルダさんや、調理も行う庭師のサルトについて、一緒にレバーを引かせて見せてもらった。
この部屋と、あの部屋が、繋がっているのだろうか?
「こちらだ」
父は、扉を引き開けた。
アトは混乱した。
運搬室に、見たことの無い扉が出現している。
運搬室には、扉のない出入り口が1つあるだけのはずだ。
アトの右側の壁に、馴染みの出入り口が見える。薄暗い廊下をはさんで、食堂への扉が見える。
では、父の開いた、正面の壁の扉は・・・何だ?
または、ここは、自分が思っている部屋ではないのだろうか?
父が、開けた扉に手をかけて、自分を振り返り見詰め、進むことを促していた。
扉の先に、暗い空間がぽっかり口をあけている。
自分はまだ、夢を見ているのだろうか?
どこか 変な世界に 迷い込んだまま―・・・
「階段だ。1F、中央階段の影に出る。
明りが無いから壁を触りながら降りなさい。
転げ落ちないように気を払うんだ」
父の声、存在が、この世界に現実味をもたらした。
アトは理解した。
隠し階段。隠し部屋。隠し通路・・・・。
偶然一つに入り込んだことで、他の場所へも誘われる。
多少呆れた。
世の中 秘密が多すぎる。




