007. 庭と庭師と散水機
「臭ぇ! 臭ぇぞ!!」
玄関を正面に見て、けれど玄関には入らず、右手の方に進むと、奥に庭園への入り口がある。
声に気付いた僕とフォエルウが見つめるなか、鼻を押さえながら庭師のデルボがそこから現れた。
「んん? アトさまか! おーい、アトさまだぞー!」
デルボは振り返って庭園に呼びかけた。もう一人の庭師、サルトも庭にいるんだろう。
僕はちょっと不快に思った。そんなに大声で臭がらなくても・・・。臭いのだろうけど。
自分で鼻を動かしてみたが、相変わらず自分ではさっぱり分からない。
デルボは大柄な体を広げながら、ドシドシと僕たちに向かって歩いてきつつ、大声で呼びかけた。
「アトさま、こっちにおいでなさい! ものすげー臭いですぜ!」
「うん・・・」
僕は、たぶん着替えを取りにいっただろうメチルが来ないかちょっと玄関を気にしたけれど、まだやってくる気配は感じられない。
僕とフォエルゥはデルボに呼ばれるまま、庭に向かった。
* * *
「いやぁ、臭いな!」
庭で、デルボはとても大きく笑った。鼻をつまんだままだ。
「あははは」
デルボに比べるとやせているサルトも、鼻を押さえて笑っている。
サルトは、手押し車に、たくさんの灰を持ってきた。
「アトさま、これを塗ってください。こぼしていいです。飛び込むように体につけてください」
「うん・・・ねぇ、僕、自分で臭いのが分からないんだけど。そんなに酷いの?」
「あはははは」
サルトはとても愉快そうに、僕とはちょっと距離を取りつつ、鼻も押さえつつ、余る片手で鼻付近をあおぎつつ、笑った。
「アトさま、鼻が利かなくなってるんですよ。相当です。食虫花の女王にも勝てる。キングです、アトさま」
サルトの最後のセリフの意味が良く分からないながらも、
僕は大人しく、灰に顔をつけたり、足や手を突っ込んだり、義手で体にふりかけたりした。
「たっぷりつけたほうが良いですぜ! その方がペロリと落ちる!」
「つけたら、その、草がはげてるところに立ってください」
僕は言われたまま、言われた場所に立った。丁度、踏まれすぎて土が露になっている場所がある。
デルボは散水機に乗っていた。
デルボが乗ると大分小さいけれど、僕たちが持ち抱えるには大きな箱―散水機には、両側には足で回すための車輪がついていて、正面にはホースがついている。ホースには長い棒がついていて、庭師はこれを足でこぎつつ、棒でホースの先を動かして、庭の沢山の樹木に水遣りをするのだ。
「じゃあ水かけますぜ」
「アトさま、上の服脱いで、それで顔と体ぬぐったら良い」
ザァっと雨のように、僕に水が降り注いだ。
デルボがこいでいるから勢いが強い。
僕はサルトに言われたように、上の服を脱いで、義手にぐるぐる巻いて顔やズボンやらを擦った。
そうでなくても、灰と混ざったカエルの体液は水の勢いでベシャベシャと落ちていった。
ゴゥフ、ゴフッ、とフォエルゥがはしゃいで、僕を超えて降る雨と戯れている。
「そろそろ前は良いんじゃないですかぃ、次、後ろ向いてくださいよ」とデルボ。
僕は言われるままに、後ろを向いた。
背中にザァっと水の粒が降り注ぐ。
「そういえば」と、灰を元の場所に移動させ終わったサルトが言った。「今日、運命の日だったんでしょう。行く前にカエルにやられて帰ってきたんですか」
僕は、雨の中からサルトに言った。「カエルは帰りに踏んじゃったんだよ…」
「あぁ、じゃあ、運命は聞いたんですね。どうでしたか?」
「さぞ良い運命でしょうな!」
サルトとデルボがワクワクしたように言った。
僕は思いっきり顔をしかめた。「なんか最悪だったよ」
二人は顔を見合わせた。
心配そうに、サルトが聞いた。「・・・と、言いますと・・・」
「良かったら話してください」とデルボ。
「あ、えぇと、心配しないで。僕の運命の方は、よく分からないんだ。
あれ、本当に石見の塔の老婆だったのかなぁ・・・」
二人は、また、顔を見合わせた。
「何を言われたんです?」とはデルボ。散水機をこぐのを止めてしまった。でも、もうほとんど流れ落ちたみたいだ。
僕は二人に向き直って、「言われたのは・・・」
僕は、『世界を救うだろう』なんて言う事を迷った。
僕はちょっと迷って、「なんか、すぐに旅立てって言われた」
「えぇ!? 大変じゃないですかー!! アト様!!!」
僕たち男三人はびっくりして、庭の入り口を振り返った。
そこには口を開けたまま(アトさま、の「ま」の形のまま)で、僕の着替えを持って突っ立ってるメチルが居た。
僕たちの方が、びっくりして動きを止めてしまった。
メチルの方が動き出すのが早かった。
「旅に出るんですね!! よ、用意しなくちゃですね!
あっ、イングス様(※僕の父だ)にもご報告しなくちゃですよ!!」
「わー、カエル臭、取れたんですね、良かったー! あのままじゃお城に入れないぐらい臭かったですもの!
デルボさん、サルトさん、ありがとうございます!
これ着替えです。あっ、タオル持ってくるの忘れちゃいました!」
勢いに押されながらも、「あ、タオル、これ使え・・・」
デルボは自分の首にかけていたタオルを、一番近くにいるサルトに渡した。
サルトも、それでスイッチが入ったみたいに、デルボのタオルを受け取り・・・「ん?」とその臭いをちょっと嗅いだ後、自分が腰のベルトからぶらさげてタオルも合わせて・・・。すでに傍に寄ってきていたメチルに渡した。
「ありがとうございますー!!
さっ、じゃあ、アトさま、歩きながらいきましょう!!! 旅の準備なんて大変ですよねー…」
しゃべりながらも、何を準備したら良いか考え始め、それでも僕の背中を押し始めたメチルに、
僕は、まだ水をしたたらせながら、
デルボとサルトに、「ありがとうね、またね」と何とか声をかけた。
二人はまだ、ポカンとした様子で、僕たちを見守るように見送っていた。
フォエルゥでさえ、ポカンとした時間の中に取り残されているようだった。