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004. 石見の塔

ためらいがあったか もう 覚えていない。


僕は 塔の中に 足を踏み入れていて


もう 目の前に 光があった。



  あれほど この日を 楽しみにして


  ずいぶんと みんなで それぞれに どんな風にこの日を迎えるだろうかと


  たくさん 想像し 妄想したはずなのに


  現実に 訪れてしまうと それは とても あっけなく 目の前にある



僕の目の前に あまり意外でもない光景が 広がっていた。

たくさん話を聞いて、たくさん想像したイメージそのものだった。

むしろイメージより随分とくたびれていて現実的だった。


父に聞いていた。


「塔に 足を踏み入れると 突然 光を感じる。 

 踏み入れる前には 真っ暗に見えたのにも関わらず、な。


 さきほど、塔に足を踏み入れたばかりだというのに、なぜだか 塔の上の方にいるようなのだ。

 左側に、窓が一つあいていて、このイシュデンの領地が見渡せる・・・とても高いところから見る景色なのだよ。

 思わず、この父は振り返ってみた。 自分が今入ってきたところを。『ここは建物の一階のはずだ』と、な。


 ところがどうだー…」


僕は、父が昔そのようにしたように、後ろを振り返ってみた。

そこには、壁しかなかった。どこにも入り口はなかった。今さっき、通ったところなのに。


でも、僕は驚かなかった。

なぜって、それは全て話を聞いて知っていたことそのままだったからだ。


僕はなんだか変な気分になった。

どうも、昔から、話として聞いていた時の方が、面白かったような気がするー…。





いや、でもこれで良いんだ。

お陰で、僕は落ち着いてる。

変な状況に慌ててしまって、大切な言葉を聞き漏らすことも無い。ここのことを沢山質問したりして、無駄に時間を使うこともない。

僕はスムーズに運命の言葉を聞けるだろう。




僕は、どうするべきかを知っていた。 知っているというよりも、父や、たくさんの人たちがやってきたことと同じ事をした。


部屋の中にいる老婆に、静かに歩み寄ったのだ。


老婆は僕に向かって・・・・。





「・・・・」



僕はちょっとドギマギした。


塔の老婆が、僕に全く気付いていなかった。


これはー・・・・聞いていたのと違う!


声をかけるべきだろうか? そんな事ってありえたっけ?

そもそも、僕が来ることは、この老婆は知ってるはずじゃないのだろうか。

まさか、僕、来る日を間違えた?

いや、でも、今日は塔の扉は開いていたし・・・。

待って、もしかして、父は、僕に、時間を言うのを忘れていたんじゃないんだろうか?

いや、でも今日出かける時にも父とはこの話をしたし・・・・。


僕はどうすればいいのか、ヒントを見つけ出したくて、老婆の様子をじっと見た。


老婆は、もうとてもヨボヨボで、髪の毛はまだらに白くて、ボザボザで伸びっぱなしだった。

腰が曲がっていた。

年齢なんてさっぱり分からないけど、100歳は超えているんだろうと思った。

でも塔の老婆が何年生きているかなんて、誰も分からないような気もする。


僕がたどり着く前に、丁度椅子から立ち上がったところみたいだった。

立ち上がった今は、ゆっくりとゆっくりと、窓側の近くに歩み寄ろうとしている。

何かを探しに行く途中だろうか?


僕はどうしていいのか分からなくなって、自分が今ここに居て良いのかさえちょっとわからなくなった。

とにかく・・・気付いてもらおう。


「あの・・・」

僕は思い切って声をかけてみた。


全く老婆の様子は変わらない。聞こえていないみたいだ。

もしかして、お婆ちゃんだから、耳が遠いのかもしれない。


僕は、もっと、全てにおいて万能な、神様みたいな老婆を想像していたんだけれど・・・。

これじゃ、町で繕い物をする仕事をしている、耳の悪くなったヨリエお婆ちゃんと違いがないんじゃないんだろうか。


僕は勇気を出して、息を一度吸ってから、はっきりと言った。

「おはようございます、石見の塔の老婆さま!

 僕は、イシュデン=トータロス=アトロスです!

 今日は、僕の運命を聞きに、やってきました! 僕の運命を教えてください!!」


老婆が、ふと、顔を上げた。

僕ははっとした。

僕は老婆の呟くのを聞いた。

「おぉ・・・・? そうかね、そうか、お客さんが来ているのだね。どこに・・・ふむ、おぉ、ありがとうね」


僕はちょっと不思議に思った。

僕への返事じゃないみたいに思えた。

別の誰かと話しているみたいだ。

でも、ここには、僕たち以外に、誰もいない。


老婆は、窓へ歩み寄るのを止めて、ゆっくりゆっくり、振り返った。


僕は驚いた。その目が、真っ白だった。僕は怖くなった。

その目は何を見ているのだろうー…。

まるで全てを見ているような・・・まるで、見えちゃいけないものまでも見えているような・・・。

僕は声が出せなくなった。


老婆はゆっくりゆっくりと、時々、何かうなずいたような風に首をふりながら、僕に近づいてきた。

「こっちへ、おいでなさい」

老婆が言った。

「こっちへ・・・おいでなさい」


僕は・・・・恐る恐る、老婆に近づいた。


老婆は、両手を、宙に浮かして、ここに居るものを探した。

触られて良いものだろうか、と、僕は怖さで迷った。


でも・・・大丈夫、だって、僕は運命を聞きに来ただけであって・・・だから何も怖いことなんて起こらないはずだ・・・。

僕は両腕を老婆に向けて差し出した。


僕の義手を超えて、老婆は僕の上腕を掴んだ。

「おぉ」老婆は言った。「ここに居たんじゃな」


僕は混乱した。

老婆は目も悪いんだろうか。


老婆は、僕の腕を取り・・・まるで、「手」を取ろうとしたように、僕の上腕から手を滑らせて・・・肘のところの、木製の器具のあたりで違和感を感じたらしい。

そのスピードを落とし・・・ゆるゆると、木製の義手の部分に手を動かして、事実に気付いて・・・義手と、肘と、やや上腕を・・・老婆は、なんどか手を往復させた。

「あぁ」

老婆は呟いた。

「あなたは・・・イシュデン領主どののご子息・・・じゃな。えぇと・・・あぁ、そうじゃ、そうじゃな、アトロス様じゃ」


僕は、されるがままでいながら、不思議に思った。

僕がくることを、老婆は、知らなかったのだろうか? 今日は、僕…イシュデン=トータロス=アトロスの「運命の日」だ、という事を。


僕は思った。

“この人、本当に、石見の塔の、老婆?”


僕が眉をしかめて、確認しそうになった時ー・・・。


老婆は、僕の義手に、その額をつける仕草をした。

そうして、僕にこう言った。

「アナタハ セカイヲ スクウダロウ」


「え?」


老婆は、顔を上げて、その白い目で、僕の目をまっすぐに見た。

「アトロス様。あなたは、世界を救うでしょう。旅立ちなさい。今すぐに。あなたの行動が世界を救う、そのために」





何言ってんだろう、このお婆さんー・・・。


まるで時間が止まったように思った。


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