037. 記憶
母は、アトをじっと見つめていた。
「アト・・・実はね・・・というか、昔話したけど忘れてると思う話なんだけど・・・」
「はい」
答えながら、アトは自分の記憶力にがっかりしていた。まさか自分がそんなに物覚えが悪かったとは。
「あなた・・・」
母は、天を仰いだ。「・・・まぁ良いか」
「え」
まぁ良いかとはどういうことだ。
「まぁ、とにかくあなたなら大丈夫! お願いするわね」
ここは勇気を出してしっかり確認しておいたほうが良い、と、アトは感じた。
「何か、必要なことが僕は分かっていないみたいなんですが」
「だって・・・どうせ、話してもまた忘れちゃうんだもの。
あ、でも、それはあなたのせいじゃないのよ。仕方の無い事だもの」
そのあたりからして良く分からない。
アトはため息をついた。
とにかく、すぐに旅に出る必要があるという事だけは分かったが―・・・。
ん?
アトは気がついた。
何かがおかしい。
「待ってください、母上。
僕は―・・・どこを探せば―・・・どこに行けば良いのですか」
母は真面目にアトの目を見つめた。「良い所に気がついたわね」
真面目にふざけているのだろうか、この母は。
「普通の人には、行きにくい場所があるのよ」
母は、真剣に、言っていた。
「でも―」
何故だか続きが分かった気がした。
「僕には、行ける、と―?」
「そう」母は頷いた。
まさか―・・・。
「まさか、この、腕が、それに関わっていますか?」
母は、頷いた。
「・・・まさか、思い出したの?」
「え・・・」
アトは自分自身が分からない気持ちになった。
色んな事を、自分はすでに知っている― いや、知っていたはず―・・・らしい。
「あなたに行ける場所があるのは本当よ。
そして、あなたが、それをしても良いと、選んだの」
「でも、僕は、覚えてないのですが― 母上」
「そうよ。でも、それも、あなたが選ぶ事になった原因の一つなのよ」
何だ。何か、堂々巡りで―・・・。
「でも、私が、ここにいるわ。あなたの支えになれるわ」
母が、全て分かっているように頷いてくれたが、アトにはさっぱり―・・・分からなかった。
仕方ないような気持ちで、アトは、自分の予定を確認する事にした。
「僕は、どこに行けば良いのです?」
「あそこから行けるわ。私たちが暮らしているところとは、全く違う場所よ」
母は、暖炉を目で指した。
「そのペンダント、失くさないように気をつけなさい。
私と、クリスティンが、あなたと会話をするのに必要だから」
「クリスティン?」
先ほど確認された名前だ。
知っているかと聞かれたが―そんな子、クラスには居ない―。別の学年にしても・・・。
「居なくなった女の子と親しい子よ」
アトと母は暖炉―のように見える―の前まで歩み寄った。
「普通は行けない世界に、女の子が迷い込んでしまったみたいなの。
もしかして、今すぐに向かえば、ウロウロオロオロしているその子を見つけられるかもしれないわ。
人助けよ、アトロス」
「・・・」
アトは気がついた。これは、明日、明日の朝に出立、とか言うレベルの「今すぐ」ではないのだと。
とりあえず、行って、見てこようー・・・。すぐに動いたほうが、良い様子だ。




